これも奉仕の一環らしい
「結構、無茶苦茶だな、しかし。まあ、俺の世界の宗教団体だって、まともなところばかりじゃないが」
ロワールは飛ばし読みしたノートを箱の中に戻し、ため息をつく。
ノートはまだ山のようにあるので、そのうち暇を見つけて、他の代の教祖が書いたものも読もう。……あと、壁の落書きも。
たまたま、座った正面の壁に書かれてあった、「清らかな神官達ばかりだけど、別に彼女達に手を出してもいいんだと、ようやくわかった。そういうことは早めに教えてくれよ、やっほー」というトンマな文章を読み、ロワールは眉をひそめる。
こいつら、本当に俺か!?
俺、そこまで軽い性格じゃないんだが……ていうかこれ、万一を考えて一部、もしくは大部分を消した方がよくないか?
俺以外の奴が見たら、権威失墜どころじゃないぞっ。
やや不満だったが、とにかくロワールはいい加減にしてベッドに横になった。
なによりもまず、教祖に必要な知識と神力を得なければならない。
予想に反して、ロワールはどうやら、爆睡したらしい。
途中、なにかひどい悪夢を見た気がするが、目覚めた時にはすっかり忘れていた。
そして、目を擦って上半身を起こした時点で、ロワールは気付いた。
自分が……眠る前には知らなかった知識を持っていることに。
十分とは言えない気がするが、少なくとも教団の内情や主立った者の名前、それにこの世界の文明度などは、もはや理解できている……不思議なことに。
(成功だっ!)
内心でガッツポーズを取ると同時に、どくんと鼓動が跳ね上がる。
このメディテーションルームならぬ、落書き部屋で読んだノートの中に『ここで一晩眠るだけで、おまえが想像する以上のものが己のものとなる』と書いた先人がいたが……今こそロワールは理解した。
全く意識もしないうちに、なぜか己のうちに巨大な力が宿ったと知ることは、想像したより遥かに不気味で、畏怖すべきことだった。
この力が全て転生前の俺のものだというなら……戦神の転生であるという黄金神官の言葉は、誤りではなかったかもしれない。
どんな独裁者だって、ここまでの力は望まない気がする。
ロワールは、ようやく自分が本物の戦神であることを、ほぼ信じた。
「しかし……俺の意識は相変わらず、鷹崎恭平そのままだというのが、難儀だな」
頭を振ってベッドから出る。
どうせなら、人格も神の次元に戻して欲しいものだが、転生して受肉した関係か、それは無理らしい。
どれほどの力を得ようと、中身は煩悩まみれの就職浪人のままだ。
それでも多少はほっとして、ロワールは昨晩脱いだ紋章入りの服をまた着込み、入るのとは逆の手順で落書き部屋を出た。
出る前に、振り返ってぐるっと壮絶な落書きの数々を見やる。
「……ちょくちょく来ることになると思う。またよろしく頼むよ、先輩方」
先輩というか、理屈で言えば、その全員が転生を繰り返した、己自身なのだが!
使わなかった寝室に戻ると、なにやら外――というか隣室に人の気配を感じた。
それも大勢。これも、今のロワールなら察しがつく。
……神官達が、教祖の寝室を掃除しようと、控えているわけだ。
相手が相手だけに、無理に叩き起こすなどということは、しないようだ。
神力でこそっと会話を盗み聞くことも可能だが、ロワールはあえてそうせず、抜き足差し足で両開きのドアの前に佇み、耳をつけて外の様子を探ってみた。
とても教祖のやることではないが、中身はまだ全然恭平のままなので仕方ない。その点、もはやロワールは開き直ることにした。
「ジャスリン様ぁ、ジャスリン様は、もうお目通りしたのですかぁ」
若い神官の声がした。
「いいえ」
落ち着いた女性の声がこれに答える。
「昨晩、ご挨拶しようと思ったけれど、早めにお休みになられたようなので、本格的な挨拶はこれからよ」
するとまた誰かの声が「とうとうあたし達、空っぽの部屋じゃなくて、きちんとロワール様がお使いになるお部屋を掃除することになるんですね!」と、うっとりした声で言った。
同意の声があちこちからしたが、全員女性である。
基本的に、ロワールの世話をするのは、女性神官のみなのだ。メイドという概念は教団にはなく、メイドがやるような役目も、全て女性神官がこなす。
これも奉仕の一環らしい。
(その辺りも改革すべきかもしれないが……ちょっと様子を見よう)
きゃぴきゃぴした声を聞いているうちに、ロワールの最初の決意は、脆くも崩れた。
若い女性の影響力は、半端ない。
盗み聞きに満足したので、わざとらしく咳払いして、自らドアを開けた。
部屋でそれぞれ休憩しながら待っていたのかと思いきや、なんと十名ほどいた女性神官達は、全員がその場で片膝をついて控えていた。
まさか、こんなきっちりした拝謁ポーズで、雑談までこなしていたとは。
(それだと、疲れるだろに?)
ロワールは内心で苦笑した。