瞑想の部屋という名の、落書きの部屋2(終) ついにあの子に手を出してしまった
さらに、部屋の片隅には小さなベッドと、同じく小型の丸テーブル、そして椅子が一脚だけ置かれている。
その反対側には大型の木製箱があり、開けるとノートの山が入っていた。
「なんだぁ?」
ロワールは今の時点で、既に言語変換の魔法をかけてもらっている。
従って、普通に何語だろうと読めるが、ぎっちり詰まったノートの山のてっぺんに、なんと日本語で綴られたノートがあった。
表紙には、力強い字でこうある。
「第98代転生教祖、これを記す。新たな教祖、新たな神の化身よ、おまえは俺で、俺はおまえだ。教祖は同一人物が転生しまくってるってのは、マジだ。まずこのことを信じるといい」
よくわからないが多分、「転生しているだけで、俺達は同一人物なのだ」と言いたいのかもしれない。
それにしても、確かアパートでの説明で、自分は百代目の記念すべき転生だと聞いた覚えがある。すると、このノートの主は二代前なわけだ。
何年前のことか知らないが、まさか二代前の教祖が同じ日本人とは!
なるほど、白人っぽい人種だらけの中で、ロワールの「黒髪黒瞳、モロ黄色人種」の姿を見ても、誰も驚かないはずである。
さらに読み進めると、なにやら古風な漢字を多用した文章で、こう書かれてあった。
「それと、ここだ、このメディテーションルームだ! 驚いただろうが、実体は瞑想部屋なんかじゃないぞ。歴代教祖の誰かが、かっこつけてそうフカしただけだ。真実はアレだ……名の知れた駅の待合室や、有名な観光所にある旅館とかに、『旅のノート』なんてのが置いてあるだろ? 周囲の落書きやこれを始めとするノートの山は、まさにそれだ。な、なんてことないよな?」
「おいおいっ」
ロワールは脱力すると同時に、少しほっとした。
なるほど、壁の謎文章の羅列や、このノートの山は、そういうことなのかと。
だとすれば、ベアトリスが「我々信徒は、わたしを含め、この部屋に入ることを一切許されておりません」と述べたのも、当然である。
こんなもの、見せられたものではないだろうとも!
というか、ひょっとしてここは全部が「旅のノート」も同然で、神力も必要な知識も、手に入らないってことか!
そこに思い至り、ロワールは慌てて先人のノートを調べたが、幸い、ちゃんとそのことにも触れられていた。
「知識は最低限、神力は一部戻ります、なんてことを、美少女な黄金神官に言われたろう? アレも本当だ。多分、ここで一晩眠るだけで、おまえが想像する以上のものが己のものとなる。冗談みたいな場所だが、この笑える石部屋が秘めた聖なる力は、本物だった! 実のところ、これを書いているのはここへ来た二日目の夜だが……一晩ここで過ごして、俺は心底、怯えている。神よ、俺と世界を守りたまえっ。まあ、ここじゃ俺が神なんだがなっ。未来の俺、とにかく覚悟はしとけっ」
ひどく乱れた字でそう書いてあった。
どうも期待した以上のものが手に入るようで、ロワールは怯えるより先にほっとした。
いくらなんでも、元の就職浪人の知識と力では、教祖など務まる気がしない。
それに、この日本語ノートの主も、ノートの後ろの方へ行くに従って、書き込みが日記みたいになり、一年が経つ頃には、だいぶ赤裸々なことも書かれていた。
幾つか抜き出すと、以下のごとくだ。
「やべぇ……ついにあの子に手を出してしまった……つまり、黄金神官に。神力で透視して、裸見たりしてたのが、まずかったらしい。一年辛抱しただけでも、大した自制心だったと思うね。それに、向こうも俺にぞっこんだったしなあ……胸は痛むが、今日は幸せな日だった。でも、裸を透かし見したりするのは、やめられそうにない。あと、毎日可愛がるのも。だってこの子、最後は俺の死に付き合って殉死しちゃうんだからな……そりゃ情も湧くさ」
駄目だこいつ……早くなんとか……て、もう亡くなってるか。
しかし、神力で透視ができるとな!?
余計なことを教えてくれたものである。自分も煩悩に弱いというのに。
ロワールは戦慄した。
「……とりあえず、殉死の風潮は俺の代で止めてやるぞ」
密かに呟き、先を読む。
しかし、だいたいは日記調の文章で、時折、後に来る者のための忠告があった。
ロワールは、主にそういうのを探して読んでいった。
……結論として、「ロワールブランジュの信徒は、よほどの例外を除いて、信じるに足る」ということと、「側近達は前の教祖が亡くなると、次の転生教祖を探す黄金神官以外、全員が殉死するので、前任者に気兼ねする必要はない。全て新たな側近達となるからだ」などの注意書きが目を引いた。
「転生者を探す黄金神官以外、例外なく全員が殉死!? マジかっ」
これも自分の代で禁止した方がいいような気がするが、本質が宗教団体だけに、そう簡単にはいかないかもしれない。
なにより、ロワール自身については、既に手遅れである。
道理で、あの甲冑戦士は若かったはずだ。