この者の無礼、目に余ります!
「なるほど、道理だな」
今考えたことなどおくびにも出さず、ロワールは平然と頷く。
覚悟さえ決まれば、元々ポーカーフェイスは得意な方だ。
「では、会おうじゃないか、その皇帝に」
「ははっ」
恭しく低頭した後、ベアトリスは銀色の杖でドンッと足元を叩き、声を張り上げた。
「衛兵達っ! ロワールさまのお許しが出ました。レグニクス・ド・グランヴェールの拝謁を許可しますっ」
おわっ。玉座で仰け反りそうになったロワールである。
そ、そんな高飛車に出ていいのかあああっとぎょっとなったが、意地でも顔色は変えなかった。
せっかくここまで綱渡りが上手く行ってるのに、ここで庶民的なボロを出すわけにはいかない。だいたい、驚いているのは玉座のロワールだけで、正面奥の両開きの扉に控える衛兵達は、当たり前のような顔である。
すぐに「はっ」と答え、左右の扉を二人して開けた。
途端に、金糸銀糸で飾り立てた軍服を着た、金髪碧眼の偉丈夫が現れた。
白マントまで着けた立派な若者であり、ロワールより年下に見えるのはともかく、腕っ節では比較にならない気がする。
彼は、当然のように玉座の前にある石段近くまでズカズカ歩み寄ろうとしたが、途中でベアトリスが声を張り上げた。
「そこまでっ。それ以上近付くのは不敬です!」
ベアトリスが容赦なく叱声を飛ばし、皇帝レグニクスとやらは、はっとしたように足を止め、片膝をついた。表情がいささか癪に障ったように見えたのは、ロワールの気のせいではあるまい。
この小娘があっ、と内心で思っていそうな感じである。
「おほん。ロワール様のご復活、このレグニクスも祭典で拝見しました」
それでも彼はたちまち表情を眩まし、なめらかに話し始めた。
「ロワールブランジュが再び主君を得たことで、我らの関係も益々深まることでしょう」
その刹那、なぜかむっとしたようにこの広間に集う教団幹部達が面を上げた。
レグニクスの言い草に、どういう理由でか、かちんときたらしい。
ベアトリスも例外ではなく、厳しく眉をひそめたまま、レグニクスを見下ろしていた。
「レグニクス殿、貴方の仰りようは対等の立場の者が交わす挨拶のようですね? しかし、ロワールさまと貴方は対等ではありません。十年の時が過ぎたことで、そして初めて拝謁したことで、貴方はそれをお忘れになりましたか?」
口調は丁寧だが、厳しい物言いで皇帝を見据えていた。
「失礼ながら、神官最上位の黄金神官殿。十年前は確か父の時代でしたが、その父も今は亡く、これこの通り、息子である私の時代となった。時代が移れば、ルールが変わってもおかしくはなかろう? どうでしょう、一つ新たな教祖として着任なさった現ロワール様のご意見を伺いたいものだが?」
一瞬ではあるが、自信たっぷりに話すレグニクスの碧眼に侮蔑の色が掠めたのを、ロワールは見逃さない。
ははあ? こいつも俺と同じく、ロワールブランジュの権威に疑問を抱く立場か? と思った。むしろ、初めてそういう奴が出てきて、逆に安心したほどだ。
そうか、やはりこんなのもいるかと。
そもそもロワールは、コトの最初から自分が神の化身だなどとは欠片も信じていない。
皇帝レグニクスも、おそらく似た疑いを持っているようだ。
だが当然、ポーカーフェイスのロワールは、別のことも考えている。
他人の皇帝より、身内のベアトリスや、教団幹部……要するにこの謁見の間にいる他の全員の方が、今の自分にとってはより大事だということだ。
彼らはさっきの祭典を経て、ロワールが十年ぶりに降臨した神の化身だと信じている。
ベアトリスはもちろんのこと、他の幹部達がちらちらとこちらを見る崇拝の目つきで、そうと察しがつくのだ。
であるなら……この場面は、降臨したばかりの神の化身にとっての、最初の運命分岐点だと言っても過言ではないはず。
皇帝に対する返事一つで、幹部達の今後の印象が変わるだろう。
万一ここで、ロワールがヘコヘコ頭など下げた日には、せっかくの好印象が爆下げである。
そこでロワールは、またしても賭けに出ることにした。未だに右も左もわからない身ではあるが、思い切って本物の神の化身として振る舞うことにしたのである。
ひどく際どい賭けではあるが、皇帝の身になってフレンドリーに振る舞うよりは、勝算は高いはずだ!
「少し、頭を冷やすがよい、レグニクス」
穏やかに発言した途端、皇帝はぎょっとした顔で息を吸い込み、ベアトリスや大勢の幹部達が喜色満面となった。期待していた対応を見せたロワールを、称賛しまくる目つきである。
明らかに、ロワールの推測が正しかったのだ。
「我が忠実な神官も述べた通り、私と貴公は対等ではないし、対等であるはずもない。この旨、最初にはっきり断っておこう。今日のことは忘れる故、以後は謹んでもらいたい。正式な挨拶は後日聞くから、本日は引き上げるがよかろう」
「ロワール様っ、最初からそのような喧嘩腰で互いの理解が深まるはずが――」
憤然としてレグニクスが立ち上がりかけた途端、周囲の幹部達が全員、一斉に立ち上がった。
中でも、甲冑姿の若者がひどく素早かった。
「ロワール様、この者の無礼、目に余ります! お許しを頂ければ、私がこの場で手打ちにしますが?」
大真面目に玉座に向かって尋ね、ロワールを内心で青ざめさせたが、皇帝自身もかなり顔色が悪くなった。彼が本気だと悟ったのだ。
(おいおい……頼むぜ)




