これは、壮大なイジメか?2(終) 唯一絶対の法であり、神聖不可侵の存在
「さあ、ロワールさま。我ら信徒一同に、御身の復活をお示しくださいませ」
潤んだ瞳でベアトリスが跪き、そして数万の信徒が集うこの場を、静寂が帳となって覆う。
実はこれ、壮大なイジメではないのかっと恭平は喚きたかったが、ベアトリスの瞳に湧き出る歓喜の涙は、とても計算された悪意には見えない。
本気で恭平を、神の化身だと信じている証拠である。
ならば、今更逃げることもできない。
もはやこの場で、中央に進む以上のどんな選択肢があるというのか。
気が強いわけでもないのに、とことん見栄っ張りな自分に、恭平は地団駄踏みたい気分だった。駄目だ……やはり、逃げたりできない。
恭平は最後に、傍らに跪いたベアトリスの見事な銀髪を見やり、少女の色香に釣られてこんなところまで出向いたことを、ちょっとだけ後悔した。
(ええいっ、どうせ人間、一度は死ぬんだっ)
覚悟を決めた恭平は、遁走する代わりに深呼吸をして、とうとう進み始めた。
中央までは二百メートルほどだったが、恭平にはまさに数キロの距離に感じられた。そして見た目にも青く染まっている領域の手前で、一瞬だけ立ち止まる。
まあいいか……どうせ、両親はもう亡い。義妹はしっかりしてるし、問題あるまい。
結局、振り向くことはせず、そのまま前へ進んだ。不気味な手が掴む、聖刀とやらを目指して。
生まれてから二十二年、鷹崎恭平の最大の賭けだった。
後から考えても、恭平――いや、今後はロワールとなってしまったが、とにかくロワールは、自分がなぜ、嫌々ながらではあっても、得体の知れない聖刀を手に取る度胸があったのか、不思議でならなかった。
大方、大群衆の目の前でもあり、それとベアトリスが見ているということもあって、後に引けなくなったのが原因だろうとは思うが、とにかくなぜか……そう、なぜかロワールは、この一世一代の賭けに勝った。
なにかの間違いである! と信じていたのに、見事に不気味な手が握っていた聖刀を、手から横取りできたのである。
ちなみに、地面から生えていたキモい手は、ロワールが聖刀を引ったくったと同時に消えてしまい、後には熱狂する大群衆と、泣きじゃくって両手で顔を覆うベアトリスと、歓喜に満ちた側近達が残された。
そして今、ロワールはベアトリスに案内され、ロワールブランジュが所有する大教会の地下にいる。
ここは教祖が信徒達に会うための、いわば謁見の間らしく、純白の石材で作られた広間は、これも嫌になるほど広かった。
さらに特筆すべきは、奥の壁際には数段の石段が作られ、一番上には立派な玉座が設えてあったことだろう。
玉座より石段を一段下りた場所に立つベアトリスも、今はワンピース姿から、純白のチュニック(丈が長めの上衣)姿となっている。腰の少し上でウエストリボンをベルト代わりに着けているので、まあミニスカート風のワンピースにも見えないことはない。
両足には黒いストッキングを穿いていて、ロワールの目にはひどく眩しく映った。
付け加えると、彼女が動く度になぜか微かに胸が揺れるので、もしかしたらブラを着けてないかもしれない。
元恭平たるロワールの煩悩はともかく、右手に錫杖にも似た銀色の長い杖を持つ彼女は、清楚な姿と相まって、教祖に仕える黄金神官にふさわしい姿だった。
ロワール自身も、もう元の服は脱いで着替えている。
胸に銀糸で象ったロワールブランジュの紋章がある、黒いチュニック姿だが、自分がちゃんと教祖に見えるかどうか、全く自信はない。
「ロワールさま、お疲れ様でした」
ベアトリスは潤んだ瞳のまま低頭し、石段を下りた謁見の間に集う大勢をざっと手で示した。
「ロワールブランジュの幹部達も、ロワールさまの十年ぶりの復活を、嬉しく思っています」
ベアトリスの説明を聞いていたのか、幹部達がさらに頭を低く垂れた。
「そ、そう……それにしても、多いな」
ベアトリスにしか聞こえないように、ロワールはそっと呟いた。
さすがに、先程のスタジアム風の場所ほどではないが、ここだって広い。
眼前には百人近くも控えていて、その全員が片膝をついて頭を垂れていた。
この者達が幹部というか、側近らしい。
「彼らの挨拶もございますが、まずは、皇帝レグニクス殿のご挨拶を先にしたいと思います。よろしいでしょうか」
誰それ!? つか、皇帝かよっとロワールは焦りかけたものの、ベアトリスがちゃんと、小声で説明してくれた。
『我らロワールブランジュの教会は大陸全土にありますが、ここ三十年ほど、この本部教会は中原の強国である、このグランヴェール帝国内にあります。帝都アトランタ内に教会の自治領があり、この本部教会もそこに建っているのです』
何食わぬ顔で、ロワールは頷いた。
要するに、イタ○アに自治領がある、某宗教の総本山のようなものだろう。
「よくわかった。で、そこの皇帝が挨拶したいってことだな? ただ、そんなに立場が強いのか?」
「と仰いますと?」
不思議そうな顔でベアトリスが首を傾げ、長い銀髪がさらさらと流れた。
「いや、つまり……我々の立場だが」
ロワールが重ねて小声で尋ねると、ベアトリスは誇らしげに何度も頷いた。
「もちろんでございます! この本部教会も自治領にありますし、帝国にはなんの義理もございません。ロワールさまは世俗の権威や身分を超越しておられます。神の化身なのですから、当然ですが。従って皇帝といえども、ロワールさまの前に跪く存在に過ぎません。ロワールさまこそが唯一絶対の法であり、神聖不可侵の存在なのです!」
本当にそんな立場になったら、俺はひどい悪者になっちまいそうで、心配だ。
……ロワールは密かにそう思った。