武器を捨てて降伏する者はよし、それ以外は討て!
「……いつのまに部下に命じたんだ?」
伝令を見送った後、ロワールはにこやかにミレーヌを見た。
親衛隊には整列の指示を出していないのに、既に中庭に整列していたので、少し驚いたのである。
「コトあれば、すぐに戦闘準備に入れと、常々部下には言い含めておりますので」
「なるほど」
ロワールは頷き、前方へ視線を戻して呟いた。
「ならば、次は私が動く番だな」
平静な表情を保ち、顎を撫でたが、内心ではひどく緊張していた。
自分が既に以前には持っていなかった神力を備えていることには、とうに気付いている。あの瞑想部屋ならぬ落書き小屋は、少なくとも部屋自体が備える効能においては、インチキ要素は皆無だったのだ。
問題があるとすれば、力を振るう側の心構えが出来ているか否かである。
(なんにでも初めてはある……今、俺が神力を振るうのだって、その初めてが来たってだけだ)
自分ではそう言い聞かせているが、ロワールは密かに自分の欺瞞にも気付いてはいる。
実は問題はそんなところにはない。
ロワールが――そして本来の恭平が気にする唯一最大の問題点は、「俺はこれから人殺しをすることになる」という一点なのだ。
殺さずに済ませることもできるかもしれないが、一度そんな風に逃げれば、今後二度と敵を殺す勇気など出ないだろう。
やはり、信徒を率いる責任者としては、自らが示しを付けないといけないのだ。
「ロワール様、そろそろ敵軍の射程に入りますっ」
ミレーヌが鋭い声で警告してくれた。
確かに、騎馬兵より前へ出た銃兵が、馬上から魔導銃を構えている。
もはや考え込んでいる場合ではなかった。
「やむを得ないなっ」
ロワールは自分を鼓舞するように声を張り上げると、視覚的に効果がありそうな攻撃を選択し、放った。
「――雷光よ、我が怒りを示せっ」
そんな必要はどこにもないが、せっかく目立つ場所に立っているのだから、両手を天に向け、周辺地域全域に響き渡る声で叫ぶ。
効果は絶大だった。
言下に、雲一つなかった蒼天に幾百もの雷鳴が轟き、目が眩むばかりの落雷が一度に軍勢を襲った。
自然世界では有り得ないようなことであり、ロワール自身がコントロールすることで、公平にもまんべんなく軍勢の端から端まで降り注ぐ。
陽光を凌駕するまばゆい光が次々に炸裂し、そして幾重にも重なる雷鳴が天と地を揺るがせる。落雷が脳天から直撃した者達は、まだ幸せだったはずだ。
苦痛も感じずに、真っ黒に炭化して果てたのだから。
すぐに死が訪れなかった者達こそ、地獄だったろう。ロワールとしてはかなり手加減したのだが、それでも威力は絶大だった。
「ぎゃあああああっ」
「た、助けてくれぇえええっ」
「嫌だっ、もう嫌だっ」
「神よ、お救いくださいっ」
悲鳴と叫び声はそれぞれ違ったが、少なくとも恐怖に打ち勝って向かって来る者だけは、皆無だった。
二千を数える軍勢の内、その三割がその場で即死し、残りも三割ほどが重傷や軽傷を負っていた。動揺したというのも馬鹿らしいほどの浮き足立ちぶりであり、全軍が総崩の有様だった。
自分の役割は済んだと思い、ロワールはミレーヌに頷き、そして自ら声を張り上げ、命令を待つレオンに叫んだ。
「武器を捨てて降伏する者はよし、それ以外は討て!」
『ははあっ』
ロワールの命令に従い、天を揺るがす喊声が湧き起こり、まず神聖騎士団が門を飛び出していく。馬蹄が大地を蹴る音が轟く間に、ロワールはミレーヌにも言ってやった。
「おまえも戦いたいだろう? ここはいいから、行きなさい」
「はっ。有り難き幸せにございます!」
うずうずしていたミレーヌは、あっという間に駆け去った。




