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ロワール(恭平)陣頭に立つ

 ちなみに、ベアトリスの警報を聞いたからといって、教団の武を代表する二人は動じることなどなかった。


 さすがに反応が素早く、特に姉のミレーヌが早速「ロワール様っ、教会本部へ戻りましょう。後は弟が防ぎますっ」と低頭して告げた。


 彼女は親衛隊隊長なので、当然、ロワールの身辺警護に張り付くつもりだろう。


 しかしロワールは首を振って逆のことを命じた。





「私は防壁の正門へ向かう」

「正門、でございますか?」


 レオンが戸惑ったように尋ねた。


「うん。私自身で直接、敵軍を迎え撃つつもりだ。ミレーヌは役目もあるだろうから、私と同行するといい。レオンはベアトリスの命令通り、神聖騎士団を中庭に整列させておいてくれ。それと――」

 たまたま拝礼して通り過ぎようとした信徒に、ロワールはいきなり声をかけた。


「ええと、おまえも信徒の一人だったな? 確か、デギウス?」

「は、はいっ。私などの名を覚えて頂き、光栄でございますっ」


「当然のことだ。……それより、悪いが教会本部へ赴き、黄金神官に伝えてくれ。私はこの総本山を囲む防壁に向かう。具体的にはまず正門だ。直接敵を迎え撃つから、おまえは非戦闘員の避難をまず確認してほしい、と」


 そこでもう一つ思いつき、重ねて頼んだ。


「それから、ベアトリスの神聖魔法で、自治領全土にもう一度、放送してくれ。これは私からの命令だ。……帝国軍に立ち向かおうとせず、そのままこの教会の正門まで通すようにと。あとは、私が対処する」

「ははあっ。ベアトリス様に、ただちにお知らせしてきます」


 なぜか一瞬、感動の表情でロワールを見た後、年若い彼はすっ飛んでいった。


 同時に、ようやく立ち上がった姉弟のうち、弟のレオンが目を輝かせ、「ご命令、承りました。ただちに、部隊を集結させますっ」と敬礼し、駆け足で去った。





「ロワール様」


 弟を見送ったミレーヌが、柔らかい声で尋ねる。


「ご命令とあれば、私も否やはありませんが……ロワール様自ら陣頭に立たれるのは、畏れ多いことです。弟か私にご命令くだされば、帝国軍など蹴散らしてくれましょうっ」


 凜とした表情の中にも怒りと戦意をみなぎらせ、言ってくれた。


「うん、頼もしいことだ。もちろん、おまえ達の戦闘力は非常に期待している」


 ロワールは本気でそう述べてから、自分の考えを伝えた。


「でもまあ、今回は私も多少の力を見せた方がいい気がするんだよ。特に、宣戦布告もナシに攻めてきた、年若い皇帝に」


 さりげなく「俺も腹を立ててるんだぜ?」的なことを教えてやると、ミレーヌの厳しく引き締まった顔が、ふいにとろけた。

 とろけたというのは正確な表現ではないかもしれないが、とにかく弟そっくりに碧眼を輝かせ、満面の微笑を讃えたのだ。


 どういう思いがその胸に去来したのか、彼女は恭しく低頭した。


「ロワール様の深遠なお考え、よくわかりました。では、このミレーヌ・ルグランに、御身を護衛する栄誉をお与えください」


 ……これは多分、「一緒にいきますっ」と言いたいのだろう判断し、ロワールは華奢な肩をそっと叩いた。

 びくっと相手が震えたので、やり過ぎたのかもしれないが。


「もちろん、親衛隊の隊長を追い払うほど、私も傲慢じゃないさ。……ともに行こう、ミレーヌ」

「ははっ」


 喜色満面かつ歓喜の声音に、ロワールはそのまま歩き出す。

 教祖の演技にだいぶ疲れていたが、とにかく今のところはなにもトチってない――はずである。


 自分が命じた通り、ベアトリスの再度の放送が聞こえてきて、いよいよ正念場が始まるだろう。

 教祖の命令を無視する者はいないだろうから、おそらく敵軍は邪魔されることなく、総本山を囲む防壁の正門までやってくるはずだ。





 グランヴェール帝国の帝都アトランタのすぐ東側が、現在のロワールブランジュの自治領となっている。自治領とはいえ意外と広く、東京都の半分くらいの面積はあるだろうか。


 その本質は教団であるとはいえ、受肉した戦神ロワール・ブランジュを支配者とする、いわば独裁政治を敷いている国家ともいえる。


 大陸全土に散らばる全ての教会は、総本山の指示、言い換えればロワールの命令によって運営されるし、一度「戦え!」との命令が来れば、全ての信徒が聖戦を戦う戦士に早変わりする。


 従って、実はその総兵力は決して小さくはない。


 全土の兵力を集結させれば、おそらくは大陸中のどの国よりも膨大な兵力となるだろう。

 ただ、今回ロワールは、外から兵力を集めたりせず、この自治領内に現存する兵力と――自分の力で帝国の挑戦を退けるつもりだった。


 最初が肝心だろうから、思い切って自ら表に出ることを決意したわけだが、これはどうやら、適切な判断だったようだ。

 背後にミレーヌを従えたロワールが、悠然と中庭を歩み、防壁の方へ向かうのを見た信徒達が、それぞれ「おお、ロワール様」と畏怖の声を上げ、次々とその場で片膝をついて見送った。


避難する途中の者達まで同じように拝礼しようとしたので、ロワールは苦笑して声をかけてやったほどだ。



「避難中の者は、私など気にせず、早く教会本部へ向かうといい。万事、ベアトリスが手配してくれているはずだから」


 これで、やっと名残り惜しそうに皆が動き出す始末で、ロワールが教会の正面に位置する正門に着くまで、何度か同じ光景が繰り返された。

 

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