移転先を各国へ打診
「掃除を始めようとする時に、すまないな」
などと、ジャスリン達に笑顔を向ける余裕さえ見せたほどだ。
「本当にごめんなさいね」
いつのまにか、他の神官達と語り合っていたベアトリスも、同じく謝罪した。
「とんでもありませんわっ」
ジャスリンが興味津々の顔で言う。
「もし差し支えなければ、我々にはお構いなく、どうぞお二人でお話の続きを」
お愛想ではなく、もちろん本気だろう。
ベアトリスの急な訪問理由が、気に掛かるわけだ。
ロワールはしばらく考え、頷いた。
黄金神官の急用とはいえ、今この場にいる高位神官達にまで、隠さねばならぬ内容ではあるまい。彼女達はみんな、身内も同然なのだから。
「そうか。では、そうさせてもらおう。……レティシア!」
早速、得た知識を利用して、ロワールは第5位神官の名前を呼ぶ。
「はいっ」
元気よく声を上げた緑髪の少女に、頼んだ。
「私とベアトリスに、コーヒーを頼む」
この世界にもコーヒーがあるのを知った上で注文し、さらにサービスで言った。
「それと、おまえを含めて、ここにいる他の神官達にも、飲み物を用意しなさい。コーヒーに限らず、それぞれ好きなものを飲むといい」
「は、はいっ」
感激した表情でレティシアが一礼した。
掃除当番の子達がレティシアに注文をお願いしている間に、ロワールはリビングのような部屋の片隅にあったテーブルに、ベアトリスと向き合って座った。
「さて、急用というのは?」
「はい。実は昨日、ロワールさまのご命令に従い、大陸各国へ問い合わせの電報を出したのですが、その返信についてです」
「ふむ。素早いな!」
ロワールはわざと感心したように頷いた。
ちなみに、この世界の文明は想像以上に進んでいるくせに、どこかバランスが悪い。魔導で動く空中戦艦などがある割には、真っ当な文明手段はさして進んでいないのだった。
ロワールが昨日命じたのは、「ロワールブランジュの総本山を移転する故、自治領の用意を条件に、万一希望する国があれば、申し出て欲しい――そのように各国に伝えてくれ」というものだった。
「それで、返事はどうだった?」
「現在、大陸内に存在する五十以上の国家のうち、半数の国が『適切な広さの領土を割譲して献上しますから、ぜひ我らの国へどうぞ!』と応答がありました」
ベアトリスが破顔して言った。
「さらに、残った五割のうち、三カ国ほど、『領地を献上するほどの余裕はありませんが、他のもので代替できるなら、ぜひ我が国へ』と申し出ております。それと破格の例外が一国ありました」
「ほう! 意外にみんな、好意的だったな」
「ロワール様のご威光は当然ですが――」
途中、レティシアが現れ、邪魔にならないようにそっとコーヒーを置いていってくれたが、二人とも、話に集中している。
少しためらった後、ベアトリスは思い切ったように教えてくれた。
「今のロワールさまなら、おうお分かりかと存じますが、我らロワールブランジュの総資産は、大陸中を見ても、比肩する国家がございません。もはや退去予定のこのグランヴェール帝国にも、三十年前から継続して財政協力していましたし、同様の期待をする国も多いかと推察しますわ」
「うん、もちろんそうだろうな」
ロワールは苦笑した。
普通は、なんらかの利がなければ動かないのが国家だし、それは当然だろう。王や貴族の立場から見れば、信徒でもないのに、ロハで領土割譲まではしたくないというのが本音のはず。
「今後も、そういう冷静な視点で報告を頼む」
「はいっ」
嬉しそうに白い歯を見せたベアトリスに、ロワールは思わず見とれてしまった。
元より、神官達は信仰心も強く、さらに美貌の持ち主が多いのだが、ベアトリスは格別かもしれない。
昨日と違い、今日は彼女もブレザー制服みたいな格好だし、腰まであるさらさらの銀髪や、真っ白な肌、それに大きな瞳を見ていると、「神が不公平にも、この子だけ念入りに創造してないか?」とさえ思える。
……この場合、その神がロワールだとすれば、実際に有り得る話なのが、なんとも言えない。
ロワール・ブランジュは戦神であると同時に、創造の神でもあるからだ。
「あの……ロワールさま?」
ふと気付けば、ロワールが碧眼を瞬いて小首を傾げていて、ロワールは「なんでもない」と微笑した。
「それでは次に、移転する国を決めるとするか」
途端に、ベアトリスの顔が引き締まった。
「はいっ。既に簡単に利点と欠点をまとめてあります」
即座にポケットから、資料となるメモ書きを出す。
(有能かつ極めつけの美人で、さらに心優しく気立てもいいとか、パーフェクトだな。きっとスタイルもいいんだろうなぁ)
途端に、現金にも透視のことをまた思い出し、ロワールは慌てて意識を逸らした。




