少女神官が、就職浪人の俺を迎えに来た!
「ついに見つけました……貴方こそが、我がロワールブランジュ教の転生教祖様であらせられます」
呼び鈴が鳴ってドアを開けた途端、白ワンピの女の子にこんなこと言われたら、どう思うだろうか?
鷹崎恭平は単純に絶句した。
そもそも彼女がなに言ってるのか、今一つわからなかった。
教祖って、宗教のアレか? しかし、転生がくっつくと、途端に意味不明だ。
「――ええと」
困惑した恭平は、黄金色のコンパスを両手に大事にそうに持った、清楚そうな女の子を見やる。
正直、就活に失敗した二十二歳の就職浪人としては、まだ少女の年頃の子は、花束の固まりを見るようで、気後れしすぎる。
おまけにこの子、銀髪碧眼の外人さんなのだ。
そんな輝く存在に対し、恭平はプチ・コミュ障の上、 今は就職浪人という名のフリーターである。そこで、目を逸らしてどう答えるか考え、ふと視線を戻すと、女の子が片膝ついていて、びびった。
「うわっ。なんですか!」
「教祖さま……どうか我らロワールブランジュの信徒、三百七十万人をお導きください」
「そ、その人数は――」
ちょっとフカしすぎじゃね? と恭平は眉をひそめる。
そこまで信徒多かったら、俺だって教団名を聞いたことがあるはずだろ?
「このベアトリス、教祖様の戸惑いはよく理解できます。そこで、この場を借りて、少しご説明致したく存じます」
そのまますぐに説明を始めようとしたので、恭平は慌てて、「いや、まず立ってください」とお願いした。
その上で、さらにリビングに上がってもらった。
普段なら知らない相手にそんな対応しないが、相手が相手である。
でもまさかこれ、新手の客引きじゃないよな? ネットでよくある、クリックしたら「おめでとうございますっ。iPhoneが当たりました!」みたいなのと同じで。
恭平はまだ内心で疑っていた。
――そして半時間後、恭平は一つのことだけ、完璧に理解した。
この子は物売りとか勧誘の類いではない……大マジだ……度し難いほどマジだ。
彼女の説明はひどく長きに渡るが、要点だけまとめると、以下の通りである。
正式名称ロワールブランジュ教とは、通常はロワール教と呼ばれ、異世界(!)アルファンヴェールにおける最大宗教であり、実に五千年の歴史がある。
戦神ロワール・ブランジュという、かつての古代神を崇める教団だが、教祖はそのロワール神の化身とされる。
この宗教の大きな特徴は幾つかあるが、そのうちの一つは、教団を率いる教祖が転生を繰り返し、常に同じ人物であることらしい。
この理屈で言うなら、恭平は転生を繰り返す、戦神ロワール・ブランジュの化身ということになってしまう!
(ただし、ベアトリスの話によれば、戦神自身も己の修行のため、転生した当初は、普通の人間と同じく、前世の記憶は消えているそうな)
教祖の代弁者であるロワール教団の黄金神官(神官達を束ねる第一位神官)は、当世の教祖が亡くなると同時に独自の秘技を使い、生まれ変わるはずの転生教祖を見つけ出す。
ただし、ここで問題となるのは、現在の教祖が死亡=即どこかで赤ん坊転生、とはならないことだ。
探し出すまで、時間が開く場合がままある。
さらに、教祖はしばしば「地球」という異世界に転生を果たし、そのため、両方の世界の時間軸のズレもあって、余計にすぐに見つからない。
現に数百年前、当時の転生教祖を神官が見つけるまで、八十年もの月日が過ぎた例もあるとか。今回も見つけるまでに、ベアトリスの前任者である母の代を含め、十年もかかったとのこと。
(恭平の、実際の年齢とズレているのは、世界間を越えた時のズレらしい)
お陰で、ついにこの地球もロワールブランジュの布教地域に指定され、今や全世界合わせて二万人近い信者がいる。
以上、聞けば聞くほどに、普通人である恭平が信じ難い話だった。
正直、有り得んと思う……黄金神官を名乗る女の子は、笑えないほど真剣だが。
全部聞いた恭平は、頭を抱えたい気分で、行儀よくテーブルに着くベアトリスを見た。
「あのさ、何かの間違いじゃないかな?」
「違います!」
おお、即答かー。
「教祖様を探すのに、今回は我が母とわたしの、二代にわたってしまいましたが、ようやくこの神器であるコンパスが、道を示してくれたのです」
ベアトリスは、大事そうに抱えていたコンパスを、恭平に見せてくれた。
……このコンパスしかし、どうもマジで黄金で出来ているらしい。重厚感が半端ない。あと、針が二つあって、赤い針は二つある白と黒の○印のうち、黒い方を示し、白い針はなぜか……そう、なぜかびたっと恭平を指している。
不思議なので、恭平は彼女からコンパスを借りて、いろいろを動かしてみたが、結果は同じだった。
こいつ、なにをどうしようが、びたっと俺を指すぞ!
「このように、戦神ロワールの神器は貴方様を示していますし、わたしがメディテーション(瞑想)で得た幻視もまた、同じく貴方様のお姿を提示していました。これで、おわかり頂けたでしょうか」
「いや、そんなどっかの番組みたいなことを言われても、これだけじゃ――」
言いかけ、恭平は「ちょっと待て俺」と思った。
否定する前に、よく考えろ? 今の俺の身分はなにか? それこそ、肩身の狭いフリーターにすぎない。
しかし……異世界だろうか宇宙だろうが、とにかく見知らぬ場所から来たこの神官さんは、曲がりなりにも俺を必要としてくれているらしいのだ。
ならば、断る意味がどこかにあるか?
『いや、あるだろっ。お前自身、教祖の生まれ変わりとか、信じてないじゃん!』
……というもっともな反論はどこからも聞こえず、恭平は明らかにさっきと違う気分で神官さん――つまり、ベアトリスを見た。
さっき聞いたところでは、なんとこの子は、まだ十五歳らしい。
七つも年下だが、(当たり前だが)別に付き合うわけじゃなくてサポート役だと思えば、抵抗感などない。
むしろ、頼りない自分の導き手としては、しっかりした年下くらいがちょうど良いかもしれない。
それに見よ! この子は年齢からして、まだ生意気盛りの女子中学生の世代だと思うのに、もう溢れんばかりの尊敬の眼差しで、俺を見てくれるではないか!
コレはちょっと……心が動くのも無理はないだろう。
こんな子と仕事? ができるなら、悪くないなと。いや、教祖とやらがなにをするのか、よくわからないが。
「……それで、仮に君についていったとして、右も左もわからない俺を、よく補佐してくれるんだろうか?」
君がな! という部分はあえて伏して恭平が尋ねると、嬉しいことに、ベアトリスは力強く頷いてくれたじゃないかっ。
「もちろんでございます!」
座したまま、彼女は深々と頭を下げた。
「万事、このベアトリスにお任せください」
この瞬間、恭平の心は決まった。
……宗教の教祖になる動機としては、かなり不純であることは、疑い得ないが。
なにしろ就職浪人中のフリーターだけに、破れかぶれの決心がついてしまったのである。
いつも通り、最初に長さは決めずにおきます。
予定では、中編~長編くらい。
お話しとしては、いきなり生き神様にされた主人公が、
教祖として世界を相手にする話……の予定です。
よろしくお願いします。