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みはらし山の鬼

作者: 門外不出

 みはらし山には鬼がいる。ずっと昔からそう言われている。マコトはそれが本当だと知っているし、もういないことも知っている。


「おーい鬼、いるんなら出てこいよー。」

 何も出てこないので、マコトは道からはずれて森の方へ歩いていきました。しばらく行くと急な坂があり、木の根につかまりながらのぼっていくとどこからか声がしました。

「こっから先は危ねぇから帰れ。」

 声のした方を見ても誰もいません。気のせいだと思って、またのぼり始めました。

「そこ、すべるから危ねぇぞ。」

 上の方から声がしたので見てみると、鬼が木の上にいてマコトをにらんでいました。

「うわー、鬼だー。」

 マコトはあわてて立ち上がるとすべってしまい、坂をころがりおちはじめました。

「だから言わんこっちゃねぇ。」

 鬼はそう言うとかるがると飛び、マコトをかかえたまま木の上にもどりました。マコトは頭をぶつけて、気を失っていました。


 気がつくとマコトは柔らかい草の上にいました。半月が空のまん中に浮かんでいます。起き上がると、大きな声で呼びかけました。

「助けてくれてありがとー。お願いがあるんだー、僕を神かくしにしてくれないかー。」

 マコトの声だけがひびいています。

「鬼ー、すごい力があるんだろー。僕をどこかへさらってくれよー。」

 マコトの声は、泣き声になっていました。

「オラ、そんな力は持ってねぇぞ。」

 ふり返ると、さっきの鬼がいました。人よりも大きな身体で、とっても怖い顔をしていました。でも、怖くはありませんでした。

「おめぇ、オラが怖くねぇのか?」

 鬼が怖い顔のまま、聞きました。

「だって、さっき助けてくれたから。」

「ああ、まあな。ホントに怖くねぇのか?」

「うん。」

「そりゃ、こまった。」

「何で?」

「この山にはな、危ねぇとこや動物がいるから入って欲しくねぇとこがあるんだ。そういうとこへ人が来たら、おどかしたり怖がらせて帰ってもらうんだよ。」

「どうやって?」

「当たらねぇように石を落としたり、おめぇにしたように声だけ聞かせるのさ。」

「鬼は力持ちだから、無理やり追い返せばいいじゃないか。」

「力をそんなことには使わねぇ。」

 鬼はマコトの顔をじっと見た。

「オラは、神かくしもおめぇをさらうこともできねぇぞ。そんな力は持ってねぇ。」

「…できないの。」

「オラはこの山を守っているだけだ。ここはオラの家だからな。」

「この山が家?」

「そうだ。鬼はオラ一人しかいねぇけど、山のみんなが家族だ。」

「…僕もその家族に入れてよ。」

「おめぇが? 人の家族があるだろ。人の子ども一人では、山で生きられねぇぞ。」

「助けてくれないの?」

「自分で生きられねぇのまで、助けてはやれねぇ。困っている時は助けるけどな。」

 鬼の顔が怖くなくなってきました。

「オラ、人とこんなに話したのは初めてだ。いつもおどかしてばっかりだったもんでな。…話をするってぇのは楽しいもんだな。」

 鬼の顔は人と同じように笑っていました。

「おめぇ、名は何ていうんだ。」

「マコト。鬼、…鬼さんの名前は?」

「オラに名なんてねぇよ、さんもいらねぇから鬼でええ。…なあ、マコト。」

「何?」

「何でおめぇ、いなくなりてぇんだ?」

「…居場所がないんだ。」

「居場所? なんだそりゃ。」

「僕、遠くから引っ越してきたんだ。新しい学校ではみんなに無視されてる。家に帰っても仕事が忙しいって誰もいないし、ご飯も一人で食べているんだ。僕がいなくなっても誰も気がつかないし、誰も気にしないよ。」

「あんなに大勢いるのに、おめぇに誰も気がつかねぇなんてことがあるんか? もしそうなら、人っていうのは大変だなぁ。」

 マコトは自然に涙がこぼれてきました。

「誰か一人でいいから、僕のことを気にして欲しいんだ。僕がここにいるって、ここにいていいんだって。」

「…じゃあ、オラがなってやるよ。」

「え、何に?」

「友達ってやつだ。オラがマコトと友達になる。おめぇはいつだってここに来ていいし、ここにいていい。でも住むのはダメだぞ。」

「ホントに友達になってくれるの?」

「ああ。…一つだけ約束してくれるか。」

「約束? どんなこと?」

「オラのことは内緒にしてくれ。オラは怖い鬼じゃなきゃならねぇ。マコトの友達じゃ誰も逃げてきゃしねぇだろ。」

「うんわかった。約束する。」


 その日の夜遅くにマコトは家に帰りましたが、両親には何も気がつかれませんでした。マコトは少し悲しくなりましたが、鬼のことを思い出すとなぐさめられました。


 マコトは毎日のようにみはらし山に行き、鬼と話をしたり遊んだりしました。鬼は動物や植物のこと、山の歩き方や危ない場所の見つけ方を教えてくれました。鬼はマコトが話す人の世界の話を聞くと、いつも『オラは鬼で良かった』と言うのでした。


 遠足でみはらし山にやってきました。頂上への山歩きで、先生が道端の植物の名前をみんなに聞き、マコトは全部答えられました。お弁当の時間にいつも通り一人で食べ始めたマコトのところに先生がやってきました。

「マコト君、君は植物の名前をよく知っているね。珍しい植物もあったんだよ。」

「この山が好きでよく来るんです。」

「それにしてもすごいよ。この山が大好きなんだね。…じゃあ、残念だなぁ。」

「何ですか、先生?」

「この山はもうすぐ半分くらい削られてしまうんだよ。高速道路が作られるんだ。」

「え、そうなんですか?」

「ああ。だから今回ここに来たんだよ。」

 先生が行ってしまうといろいろな子がマコトのところに来て、手にした植物の名前を聞きにきました。マコトはそれに答えながら、さっきのことばかり考えていました。


 マコトは遠足から帰ると、すぐにもう一度みはらし山に向かいました。

「おーい、鬼ー。」

「マコトか。」

 鬼は元気がありませんでした。

「山が半分くらいになっちゃうって。道路にしちゃうんだって。」

「やっぱりか。」

「やっぱり?」

「ああ、人間がいろいろやっているんだ。おどかしても逃げねぇし、石を落としてもダメだ。動物達はほとんど逃げ出したよ。」

 鬼はとても悲しそうだった。

「マコト。」

「何?」

「山が死んでしまったら、オラもここにはいられねぇ。どこか遠くの山に行くよ。」

「イヤだ。せっかく友達になれたのに。」

「オラも悲しいよ。山のみんなは家族だったけど、オラに話しかけてくれるのはマコトだけだったからな。…なぁ、マコト。」

「何?」

「オラのこと、…覚えていてくれるか? オラはマコトのこと忘れねぇよ。オラの初めての友達だからな。」

「忘れないよ。僕を助けてくれて、友達になってくれたんだ。絶対に忘れないよ。」

「その言葉だけでオラは遠くの山でも元気にやっていける。…マコトは大丈夫か?」

 鬼は心配そうにマコトを見た。

「大丈夫! 今日なんか遠足でクラスの子からいっぱい話しかけられたんだから。」

 マコトは涙をこらえて言いました。

「安心したよ、マコトが心配だったんだ。」

「いつ行くの?」

「明日。明日はマコトと出会った半月だ。」

「お別れに来てもいい?」

「今日で最後にしよう。明日半月が空のまん中に来たとき、この山を見ていてくれ。その時オラは旅に出るよ。」

「うん、わかった。…今日でお別れだね。」

「ああ。元気でな、マコト。」

「…うん。鬼も元気でね。」

「鬼はいつでも元気だ。…少しだけ寂しくなるだけだ。」

 鬼はそう言うとマコトの手をギュッと握りしめ、笑いながら涙をこぼした。

「さよならだ、マコト。」

「さよなら、鬼。」

 鬼は手を離すと消えていき、マコトは少しだけそこにいて、家に帰っていった。


 翌日の夕方、みはらし山の頂上で小さな光が輝いた。その光は半月に向かって空に上ると、北の方角に飛び去っていった。

 マコトはいつまでも見続けていた。光が向かって行った、はるかかなたの空を。


 みはらし山は半分くらいに削られて、森もなくなった。山には鬼がいると言われているが、本当にいるのかはわからない。


 半月の下で、マコトが友達と笑って歩いている。鬼は遠くの山で月を見上げている。


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