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未定  作者: 星川 ちな
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夏のあの日に

夏の夕方。少し切なくて、少し懐かしい感じ。そんな物語が書きたいと思っています。書きながらどんな風に主人公たちが動いてくれるのか、私にもわかりませんが、どうぞよろしくお願いします。

プロローグ


 ジャーン…ジャ、ジャーン…

 つたないアコースティックギターの音が部屋に鳴り響いている。

 「はあ…」



 何をやっても長続きしない俺に、今年も長い長い夏休みがやってきて、今年も何もしない夏休みが始まって、いつの間にか終わるはずだったんだ。



 柊真(しゅうま)は熱い風の入ってくる、クーラーも無い6畳間に1人住んでいた。廊下に面したキッチンはというと、とうの昔に物置台へと姿を変えていた。扇風機の音に、沢山の排気ガスを排出していく車たちの音、遠くの方でセミの必死な鳴き声が耳にけたたましく入ってくる。

 ピンポーン

 「誰だ…。こんな暑い日に…。」

寝返りを打ち、『俺はいません。』と心の中でそっとつぶやく。

 ピンポーン

 「くそっ…なんだよ…。」

柊真はベトベトの体をうざがりながら、のっそりと起き上がり玄関に向かう。

 ピンポーン

ドアが目の前にあるというのに、すかさずもう一度呼び出し音を鳴らされ、少しイラつきながらも、のぞき穴から外を見る。

 ・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・

そこには川瀬(かわせ) (しおり)が、まだかまだかと口元をぎゅっとかみしめ、笑いをこらえるアホ面がドンっと見えた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ・・・

 ガチャ

鍵を開ける音と同時にドアノブが回され、白いきれいな指がドアを勢いよく開けた。

 「しゅーちゃん!あーそーぼ!」


 そうだった。毎年こいつがなにかと騒がしかったっけ…。


暑い夏の日、時計はまだ10時を過ぎた頃。日に焼けていない、いつまでも小学生のような笑顔を見せるこの女に、柊真は『やっぱり寝たふりをすればよかった』と心の中でつぶやいたことをよく覚えている。

 

 あの時、何か変えられたのだろうか?





第1章  醤油の染みは魚のかたち




 「しゅーちゃん。こんな暑い部屋にいたら熱中症になるってば!早くエアコン買いなよ!」

ガリガリ君のコンポタ味をシャクシャクと食べながら話すこの女は、川瀬(かわせ) (しおり)。小学校の頃からの幼馴染で、柊真(しゅうま)が大学に入って1人暮らしを始めてからも、なにかと家に入り浸っている。いい年の女と男のはずなのだが、2人にそんな空気はゼロである。

 1人でぺちゃくちゃと話す栞の声を遠くの方で聞きながら、ソーダ味のガリガリ君の袋を開ける。カラカラに乾いた喉に爽やかなソーダの汁がいきわたり、喉の渇きを思い出していた。

 「しゅーちゃん、聞いてる?」

 「ん?」

不意に現実に引き戻され、栞の方を見るとなにやら呆れた顔でこちらを見ていた。

 「だから、ここじゃ暑くていられないから、図書館でも行こうって話!もう、いっつもぼーっとしてるんだからー。」

いつの間にそんな話になったのだろう。この話になるまで栞は、この夏休みのダイエット計画や行きたいところリスト、課題の多さについて散々話していたのだが、柊真には特に気に止まらなかったようだ。

 「行くまでも暑いし俺は別にいいんだけど…。」

と、柊真のそんな声はお構いなしに腕をつかんで強引に外へ引っ張っていく。このか細い腕のどこにそんな力が眠っているのか…。栞には抵抗しても無駄。そのことはもう何年も前から分かっていることなので、体が抵抗する気力もなく、引っ張られながらもケータイと財布をサッと拾い上げ、いつまでも口の中にいたガリガリ君の棒はハズレを確認して慣れた手つきでゴミ箱に投げ入れた。こんなことは日常茶飯事なのだ。


 駅へ行くまでも栞の話は止まらない。バケツパフェに挑戦した話や、今日の最高気温の話、昨日の夕飯はそうめんだった話まで。どうでもいい話が栞の口から水道水のようにあふれ出る。こいつの蛇口は一体どこにあるのかと考えながら、『黙っていればかわいいのに』とこれまた何年も前から心の中でつぶやいてきた言葉を繰り返し考える。そこへ前からコツ、コツとヒールの音を響かせ、長い髪をなびかせながら歩いてくる人がいる。柊真の胸の音が少し早くなり、とっさに白いTシャツの右下の醤油染みを隠す。

 「あら、柊真君っ。」

右手を挙げて小走りでかけてくるその女性は倉田(くらた) 麻衣(まい)。柊真のバイト先の先輩で、大学の先輩でもある。

 「彼女さん?こんにちは。」

にこやかに挨拶をする麻衣に、少し嫉妬の混じった声で挨拶をし返す栞を見ながらハッとする。

 「いや!全然違います!彼女じゃないですから!本当に!幼馴染でっそのっ」

 「ふふっ。そうなんだっ。ごめんね。」

必死で否定する柊真の顔を見てほほ笑む麻衣。その顔にまた嫉妬の混じった声で

 「これから一緒に図書館に行くんです。」

と栞が口をはさんだ。

 「そうなんだ。いいわね、仲良しで。それじゃあね。」

栞の邪険そうな言葉にも優しい声色で返す麻衣に申し訳なさそうに返事をする。

 「すみませんっ。それじゃあまた、バーベキューの日に!」

颯爽と手を振り去っていく麻衣をしばらくの間見つめていると、ガッと両腕を掴んで栞が言葉の弾丸を打ちまくる。

 「あの人しゅーちゃんの何?バーベキューって?いつするの?誰とするの?まさか2人でじゃないよね?」

 「はあ…」

 「なによ!そのため息は~!」

ポコポコと腕を叩いて怒る栞に

 「ただの大学の先輩だよ。今度ゼミでバーベキューするんだ。」

と、本心の半分を、さもそれが全てですと言わんばかりの顔で説明する。栞はいつもこれで「なーんだ」とその言葉を信じ、何にもなかったかのように違う話を始めるのだ。


でも今日は違った。柊真の本心をずばり当ててしまった。


 「しゅーちゃん、あの人のこと好きなの?」


その言葉に驚き、一瞬ためらった柊真の顔を栞は見逃さなかった。

 「やっぱり、そーなんだ!ダメー!」

柊真はこの後、栞の言葉の嵐が続くことを考えると悪夢のようだった。また本心の半分を栞に伝える。現実を自分に突き付けながら。

 「確かに好きだけど、あの人はアイドルみたいなもんだから!みんなあの人のこと好きなのっ。俺なんか相手にされるわけないだろっ。」

言って後悔した。悲しい現実に、醤油の染みがさらに、今の麻衣との関係の遠さを物語っている。

 「釣り合わねえよ…。」

最後の言葉は栞に聞こえたかは分からないが、その言葉を最後にどこかにあった栞の蛇口が閉まったらしい。

 電車に乗って隣の駅で降り、図書館までの道のり。栞は閉まりきっていなかった蛇口から出る言葉をいくつか柊真に浴びせたが、柊真にはへでもなかった。


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