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~現実(5)~

~現実(5)~


 久しぶりにきたイオンモールは照明がかわったのか雰囲気が暗くなったように感じた。いや、中に入っているテナントが変わったのだ。そういえば、イオンモールの近くにもう一つ新しい何か商業ビルが出来ていた。


 みんなそっちに流れて行ったみたいだ。人がまず少ないのだ。それをすごく感じた。でも、おかげで助かった。人ごみに私は酔うからだ。いや、大勢の人がいると気になるのだ。あの視線が、話しているだろう会話が私のことなのではないかと不安になる。


 そう思うと動悸が止まらない。世界がぐにゃりと曲がっていきそうになる。気が付くと私は美紀の腕にしがみついていた。


 映画館がある階はそれでも人が多くいた。それだけで少し気持ち悪くなりそうだ。


「あ、これ見たかったんだよね。なんかド派手なアクションとかあってすかっとしそうじゃない?」


 きららがそう言って指差したのはハリウッド映画のアクション物みたいだ。あまりこの手の派手な映画を公世は観たがらなかった。どちらかというと繊細だったり、トリックがあったり映像にこだわっていたりセリフにこだわっていたりするものが多かった。


 あんなにサッカーばかりやっていたのに映画が好きというのにびっくりした。まあ、映画館で見ることは少なかった。部屋で見ることが多かったからだ。それも、あの時を境にだ。だって、私たちはただ二人でいたかっただけだから。


 ふと、どこか公世を探してしまう。それは仕方がないことなのかもしれない。多分、私を構成するものを分布で出したらかなりの部分を公世が占めているだろう。


 思い出したのは因数分解だ。私と言う存在を因数分解したら何が残るのだろう。


あの部屋の片隅にある缶は残りそうだ。でも、あれだっていやだけれど今の私を構成する一部だ。公世という存在を私から取り除く。残るものなんて何もないのかもしれない。


 動きたくないと思っていたけど、美紀の腕にしがみついているから私の意思とは関係なく前に進んでいく。


 いつから私はこんなに弱くなったのだろう。この足は地面を歩くためにあるはずなのに、私は地面を歩きたがっていない。行き場を失ってしまったのだ。いや、目的なのかもしれない。私自身なのかもしれない。色んなものを失ったのだ。


 存在しないエメラルドシティーやカンザスシティーを目指している。どこだっていい。ここじゃないとこに連れて行ってくれたらいいのに。いっそう私というものが何も残らないくらい因数分解されたらいいのに。


 そうしたら再構築できるのかもしれない。なんかそんなことを思っていたら映画館の椅子に座っていた。


 横にはポップコーンを持ってコーラを手に持っている美紀がいる。私の手にもコーラをわたす。


 私はそう言えばこのコーラが好きじゃなかったのだ。いつから飲めるようになったのだろう。


 ああ、そうか。公世に誘われてコークハイを飲んだ時だ。何をしても私の中に公世がいる。そりゃそうだ。私はそれだけ公世を好きになってしまったのだから。


 世界が暗くなっていく。このまま私もこの闇に溶け込めて違う存在になれたらいいのに。光のない世界に。私が闇に解けていく。心まで闇に。そう、思っていたら美紀が「楽しみだね」って言ってきた。


「うん、そうだね」


 そう言ったけれど、私の中の楽しみは闇に溶け込むことだった。


 目の前が明るくなる。映画泥棒が出てくる。私の心は誰に盗まれたのだろう。そして、どこにあるのだろう。


 気が付いたら、自分のものだったはずの心がどこかに行ってしまったみたいだ。


 ああ、そうか。心のないブリキマンだ。私はドロシーじゃなかったんだ。心のないブリキマン。いや、どこかに心を失くしてしまったのだ。


 何も考えずに映画を見よう。私はそう思った。


 画面では、刑事役の男性が入りまわっている。どうしてあそこまで真剣になって追いかけることができるのだろう。


 世の中に刑事は彼だけではないし、誰か他の人に任せてしまってもいいはずなのに、それでも走り回っている。


 信用していた人間に裏切られ、一人になって、それでも戦っている。意味不明だ。


 走り回って、血だらけになって。世界が真っ赤になっていく。


 血、血、血。


 世界が真っ赤に変わっていく。あの時のように。世界が赤く染まっていく。むせ返る匂い。気持ち悪い。


 気が付いたら私は走っていた。トイレに行く。戻してしまう。


 呼吸が定まらない。肩で息をする。大丈夫と何度言い聞かせても何も変わらない。


「大丈夫?」


 美紀がいつの間にか後ろにいた。背中を優しく撫でてくれる。


「大丈夫」


 そう言ったけれど、その言葉に信ぴょう性がないのは私が一番知っている。だって、本当は大丈夫なんかじゃないから。でも、つい口にしてしまう言葉だ。大丈夫じゃなくても。


 だから、私はまだ引きこもっているんだ。いや、いつこうなるかわからない。いや、本当はわかっている。だから、私は色んな物を避けているんだ。


「うん、大丈夫だからね」


 美紀のそのセリフに泣きそうになった。


 根拠なんてない。でも、一人じゃないから落ちつけてきている。優しく撫でてくるその手が暖かかった。でも、どうしようもない。過呼吸は落ち着かないし、世界は相変わらずぐるぐる回っている。


 そう思っていたら後ろから抱きしめられた。美紀の身体が私のここにとどめてくれるみたいだ。


「ごめんね、こんなに苦しんでいるのに、わかってあげられなくて」


 わかってもらおうなんて思っていなかった。誰も私に何が起きたのかなんてちゃんと知らない。誰にもちゃんと伝えられてない。誰も何を言っても聞いてもくれない。


だって、報道されているから。でも、あんな報道はウソだらけだ。私は好機の目にたださらされただけだ。そう、多くの人の日常に吹き抜けた風みたいなものだ。


 でも、渦中の私は違う。嵐の中にいて、苦しんで、心無い人たちに踏みにじられボロボロにされた。


 傷口を広げられ、さげすまれ、触れられたくないものに触れられ、知らない専門家がよく知りも知らないのに勝手に色々決めつけて話していく。


 その固定観念が広がり、真実とは違うものが広まっていく。でも、それを誰もどうすることもできなかった。


 ただ、嵐が通り過ぎるのを待つように私は家の中で震えることしかできなかった。


 メディアが次の面白いネタを見つめるまでの間、まるで台風が早く過ぎ去ってくれたらいいのにと願っていた時と同じような気持ちになった。


 ただ、台風と違うのは長いこと滞留したことと、残した爪痕がひどすぎたということだ。


 誰もが加害者だというのに、その自覚すらない。その噂一つ、心無いつぶやきひとつがどれだけ傷つけているのかを知りもしない。


 そういう積み重ねが私を壊していったんだ。


 だから、私は携帯を見たくない。ニュースもイヤ。新聞を見るのもまだ怖い。もう世間が忘れたと言っても私は忘れていない。


 そう、私は決めたんだ。心を捨てようと。だからブリキマンにあこがれたのかもしれない。いや、虹の彼方のどこかを夢見たドロシーと同じように私もここではないどこかを目指したかったのかもしれない。


 でも、どこにも行けなかった。ドロシーと同じように家が一番いいと思ったから戻ってきたのだ。


 違う、そこにしか戻る場所がなかったのだ。どこかで新しい私に生まれ変わって、新しくはじめたかったのかもしれない。


 でも、私にはそんな勇気がなかった。そう、勇気がないライオンみたいなものだ。


 色んなことを思っていたら少しだけましになってきた。気が付くと私の口にはビニール袋が当てられていた。


 少しだけ落ち着いた。もう大丈夫。私は振り向いて美紀を見た。


「もう、落ち着いたから。ありがとう」


 そう言った時の美紀の顔はなき崩れていた。ひどい顔だ。多分私もひどい顔をしているはずだ。


 泣き崩れてひどい顔をした私たちは抱きしめあっていた。傍から見たらどう映っていたのだろう。


 なんかそんなことを考えたらおかしくて笑ってしまった。


「ちょっと、何わらっているのよ」


「うん、美紀の顔がひどすぎて」


「あんたのほうがひどい顔しているわよ」


 立ち上がって二人して鏡を見た。想像以上にひどい顔をしていた。


「もう、これみさきのせいだからね」


 そう言って美紀はメイクを治し始めた。私は顔を拭いただけで外に出ようとしたら腕をつかまれた。


「みさき、まさかそのまま出るつもり?」


「うん、というかもう家に帰りたい」


 本音だった。映画の続きを見ることはできないと思った。また、同じようになりそうだからだ。


「まあ、それは止めないけど、その顔のまま外に出るのは止めるからね」


 そう言って美紀にメイクをされた。



 しばらくすると鏡の前に知らない人がいるみたいだった。


「ほら、元はいいんだから化粧をすればみさきは変わるんだから」


 目元が変わるだけでこんなに変わるのだと思った。しかも肌もすごくきれいに見える。


「これが私?」


「そう、私の手にかかればこんなものよ。まあ、実際メイクの仕方はネットで覚えたんだけれどね。最近すごいのよ。男性なのにメイクをして美少女に生まれ変わっている人もいるんだから。男性だって美少女になれるのだから私だってそりゃなれるでしょう」


 美紀がそう言って胸を張っている。


「でも、私は、もう帰る」


 足元ががくがくしている。限界だ。多分頑張りすぎたんだ。


「そう。まあ、無理は言わないから。でも、またあんたを引きずり出すからね」


 そう笑う美紀はいつもと同じ、いやあの頃と同じように見えた。


 戻ることなんてできないのはわかっている。それにいいことばかりじゃなかった。あの時は。


 まだ、本当の絶望を知らなかったあの頃は、あれを絶望だと思っていたのだから。




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