~高校時代(4)~
~高校時代(4)~
はじめて学校に行くのを嫌だと思った。まず上履きが見つからないのだ。佇んでいると美紀が声をかけてくれた。
「おはよう。みさきどうしたの?」
そう言われて私は上履きがなくなったことを告げた。
「マジで。そういうのって漫画とか携帯小説の中だけじゃないんだね。そんな子どもっぽいことを高校生にもなってするんだ。あ、そうそう、そこに来客用スリッパがあるからさ。それ履いて職員室に行こうよ」
そう言われて私は美紀が差し出してくれた来客用スリッパを履いた。職員室に向かってリノリウムの床を歩く。来客用スリッパだと余計にひんやり感が伝わってくる。ペタン、ペタンと音を立てながら歩いていく。なんかこれはこれで面白いかも知れない。
職員室につくと美紀はためらわずに扉をあける。そういえば、美紀は担任のなんとかという先生とも気さくに話をしている。私は興味すらないので名前もちゃんと覚えていなかった。
「浦辺先生。いいですか?ちょっと美紀の上履きが朝来たらなくなっていたんです。変質者が出たんですよ。上履き泥棒なんて気持ち悪くないですか?」
なんか美紀が話しを捏造しだした。多分だけれど犯人はわかっている。あのおでこ会長だ。実際証拠なんてないし、あのおでこ会長が指示をしたのかわからないけれど、確実に変質者の仕業ではない。というか、この学校にそんな不審者がいると思えない。だが、浦辺先生は違った。
「それは問題だな。さっそくHRでその話しをするか」
ぼさぼさの頭をかきながらそう話す。もうちょっとちゃんとすればこの浦辺先生もかっこいいのかもしれない。けれど、いかんせんやる気がいつもないのだ。マイペースに教科書を読み続ける。怒らない人なんだけれど、淡々としているのだ。つかみどころのない先生としか思えない。
「じゃあ、浦辺先生よろしくお願いしますね。後この話しってクラスだけじゃなく学校でするんですよね」
そう美紀は周りの先生を見渡す。
「だって、変質者に何かされた後だと問題になっちゃいますものね」
なんだかちょっとだけ美紀が怖いと思った。でも、助かったと思った。でも、全然助かってもいなかった。
HRではキチンと浦辺先生は変質者に注意という話しをしてくれた。上履きはなぜか焼却炉の中にあったのを用務員の人が火をつける前に発見してくれた。あんな端までわざわざ誰かが持って行ったんだ。
そう思っていたら1時間目終わったら教室に何人か女の子がやってきた。中央にあのおでこ会長がいる。でもおでこ会長は何もいわず両手を組んで私を見ている。
何なんだろう、この人。そう思っていたら横にいた女の子が何か言ってきた。
「はい?なんですか?」
実際早口すぎて全然聞き取れなかったのだ。なんか叫んでいるけれどまったく聞き取れない。
英語の授業だってまだこれより聞き取れる自信がある。ということは、これは日本語じゃないんだ。一体この子は何語で話しているんだろう。
私はよく漫画とかで見かけるように首をすこし傾けてぽかんとした表情をしていたはずだ。
まったく状況が飲み込めていない。そう思っていたらいきなり肩をこつかれた。
「痛い、何するのよ」
そういったら他の子も私の肩をこついてくる。まるでピンボールのボールになった気分だ。視線の先でおでこ会長が笑っている。どうして笑えるんだろう。意味わかんない。
というか、なんで私ピンボールのボールになっているんだろう。進路相談に間違えてピンボールのボールになりたいって書いたことあったかなとか思ってしまった。
でも、そんなに長い時間でもなかった。いきなり机を大きくたたく音がしたかと思うと教室の後ろからこう言った人がいたんだ。
私はびっくりした。その相手が想像してない人物だったからだ。
「ちょっと、教室に来て何をしているのかしら?じゃまだから出て行ってくれない?」
そういったのは、背丈もあり真っ黒な髪の女性、凛としたその姿勢は相手を威圧している。そう圀府寺さゆりだ。しかも、その周りに取り巻きもいる。すでにおでこ会長は萎縮している。
「ねえ、教室でこんなことされたら皆迷惑だよね」
圀府寺さゆりはおっとりとした口調だけれど、そう言ってきた。見ている先は教室の前のほうだ。そこには立野結衣がいる。立野結衣が言う。
「そうね、知らない人が入ってきて騒いでいるのは好きじゃないわ」
立野結衣はそう言って立ち上がった。周りにいた子も同じように動く。
「覚えていらっしゃい」
おでこ会長はそう言って教室を飛び出していった。他の子もつられて一緒に出て行く。ぽかんとして私はそれを見ていた。圀府寺さゆりが近づいてきてこう言った。
「大丈夫?私あんな野蛮なの嫌いなのよね」
そう言って私の肩に手を置いた。ふんわりとした優しい匂いがした。何の香水だろう。その匂いで私は頭の中は花畑の中にいる気になった。立野結衣も言う。
「まあ、教室は静かなほうがいいわね」
そう言ってもう教室の前の席、いつもの特等席に戻っている。私は「ありがとうございます」と言って頭を下げた。はじめてだ。この教室がこんなに温かい場所だって知ったのは。
でも、この時私はまだ知らなかった。あのおでこ会長が何を考えているのかなんて。
その日、体育の授業があった。更衣室で着替えて教室に戻ってきたらまず窓が割られていた。
次に床には色んなものが散乱していた。机の中がぶちまけられていて、中にはノートが破かれている人もいた。ロッカーも無理やりこじ開けてあって、ひどい子のロッカーは牛乳がまかれてあった。
そんな中、唯一被害にあっていないのが私だけだった。幸運。いや、そんな気分になれない。どうして私だけ。気持ち悪い。というか、周りの目が痛い。美紀が言う。
「まったくひどい嫌がらせね。みさきだけ何もしないなんてクラスで孤立でも狙ったのかしら。でも、このクラスというか、この学年でも敵にまわしたくない二人を敵にするなんてバカな子たちよね」
なんか美紀の言葉は小声だったけれどよくわかる。圀府寺さゆりの表情はまったく変わっていない。というか無表情だ。立野結衣は顔を真っ赤にして怒っている。対照的だけれど私には圀府寺さゆりの方が怖いと思った。圀府寺さゆりが私の方に向かってきた。
「気にしなくていいわ。事故みたいなものだから」
そう言った顔は一瞬だけ口元が笑っていた。戦慄が走る。正直その笑みが怖かった。
それからクラス対抗の暗躍合戦がはじまった。誰かを陥れる。誰かが何かをする。その繰り返し。倒れていくドミノみたいにすごい状態になった。でも、その中心になぜか私がいた。
でも、私が一番の部外者であるようにも感じた。圀府寺さゆりはいつも不敵に笑っているし、立野結衣は顔を真っ赤にしている。そして、男子は遠くから見守っている。
男子にはわからないのだ。これは女子の戦い。プライドをかけた戦いなのだ。なんていうことを美紀がつぶやいていた。
私は笑ってしまった。だって、渦中の私がそんなことに何もこだわっていないのだ。平穏に過ごすのが一番。そう思っていた。
実際は平穏どころか不穏な空気がただようクラスだし学校だった。誰がいつどこで何を仕掛けてくるかわからない。まるで戦場だ。
なので私は放課後すぐに学校を出るようになった。逃げているのだ。家はお姉ちゃんが勉強をしているから空気が重い。ふざけたり軽い気持ちになれないのだ。だから私は色んなところを歩いていた。
よくいたのがイオンモールだ。人も多いのであのおでこ会長もちょっかいをかけにくい。
一度かけてきたのだが、私は派手にこけて「痛い」と叫んだらこういう人気の多い所では何もしてこなくなった。まあ、実際痛かったわけじゃなくびっくりした時にたまたま「痛い」って声が出ただけなんだけれどね。でも、帰る時は気を付けないといけない。
どこで何をされるかわからないからだ。美紀は心配をしてくれたけれど、そんなそこまでひどいことをしてくるなんて思っていない。
だって、考えてみてよ。そもそも私と公世が何かあるとかないし。ちょっと考えたらわかるようなものなのに。実際今はもうそんなことはどうでもよくなんかたまったストレスをどこかに吐き出したいだけなのかもしれない。変なの。
「おい」
なんか変な声が聞こえる。どこかで聞いたことある声だ。でも、イオンモールで誰かと会う予定なんかない。多分私には関係なく誰かが誰かを呼んでいるのだろう。
だってさ、この世の中には私の友達や知りやいより顔も名前も知らない誰かが大半を占めているんだもの。
「おい、聞こえてないのか?」
そう言って肩をつかまれた。
「きゃ」
思わず声が出た。まさか、こんなところで何か仕掛けてくるなんて思っていなかった。そう思ったら目の前に居たのは公世だった。
「公世?何してるの?」
そこにはなんかいつもと違ってちょっとくすんだ顔をした公世がいた。
「ああ、ちょっとそこに用事があってな」
そう言って、指をさしていた所はスポーツ売り場だ。
「あれ?自分で購入するの?」
「いや、しない。というかスポンサーがついている。こんな俺にもな。それもまあ覚悟の一つだ」
「ってか、練習はいいの?」
私はそう思った。だって、この時間絶対公世は練習をしている。というか、睡眠と食事と授業以外をサッカーに費やしているとばかり思っていた。公世が言う。
「お前、本当に何も知らないんだな。俺なちょっとこの前怪我して今はそのリハビリ中なんだ。だから練習はなし。おかげで暇なんだ。ちょっと付き合えよ」
そう言って、公世は私の手首をつかんだ。一体公世はどこを怪我したのだろう。どこを見ても怪我をしているように見えない。いや、よく見るとなんか歩き方が変だ。まあ、でもたいしたことないんだろう。そう思っていた。
連れて行かれたのはイオンモールにある映画館だ。
「公世って映画見るの?なんだか意外だわ」
「なんだ、お前。俺をひょっとしてサッカーしかしてないやつだと思ってたりしていないか?」
「違うの?」
「バカ。そんなわけないだろう。俺だって趣味はある。映画を見ることが趣味なんだ。なんだおかしいのか?」
私は気が付いたら笑っていた。だって、ずっとサッカー漬けなのに何を言っているのだろう。気が付いたら笑っていた。
「んで、これ見るけどいいか?」
それは「アメリ」という映画だった。映画を見た感想はこんな映画を公世が見るのかと思った。それくらい似合っていなかったのだ。
だが、映画館を出て笑いながら歩いていた時に出会ったのは美紀だった。美紀が言う。
「ねえ、これ。どういうこと?」
美紀はそう言って走り去って行った。私は何も言えなかった。横にいた公世は頭をかいてこう言った。
「大丈夫。誤解なんてすぐ解けるから」
だが、その笑顔に私は安心することはなかった。そして、もう一つ。翌日から予想道理の展開になったのだ。
そう、私は本当に一人ぼっちになってしまったのだ。