~高校時代(3)~
~高校時代(3)~
介護施設で1回だけあのスーツ女を見ただけだった。でも1回だけでも衝撃だった。どうして私が泣いたのかわからない。とりあえず得体のしれない胸の重みは気にしないようにした。
校外学習も終わったし、またいつもの日常に戻った。クラスでは相変わらず圀府寺さゆりと立野結衣が中心だ。だが、この前少し事件があったのだ。
教室の端と端で人が集まっているのが普通だ。だが、その日立野がやってきた時びしょ濡れだった。道路に散水をしている人が見誤って思いっきり水をかけたらしい。
大きな声でそう話していた。いつもはふわっとしたパーマをしているのだが、今日は水でべったりしている。
確かにそろそろプールの季節だし、そのあたりは気合いをいれるのだろうけれど、そんな用意もしていないみたいだ。
だからタオルで顔を拭いている。そういえばはじめて立野のすっぴんを見たような気がする。
なんだかいつもよりかわいい気がする。化粧をして目を大きく見せようとしているのかつりあがった感じに見えるのだ。
すっぴんの方が親しみやすそう。私はそう思っていた。だが、立野の周りは違ったみたいだ。いつもおしゃれに力を入れている集団だ。なんだか少しだけぎこちない。立野もその空気を感じたのだろう。
すると教室の端にいつもいる圀府寺さゆりがゆっくり立野に歩いて行ったのだ。圀府寺さゆりが言う。
「立野さん、ちょっといいかしら。そこに座って」
周りが何事かと思って見守っていた。すると圀府寺小百合はドライヤーとブラシを取り出して乾かしだした。そして、ポーチからかわいいヘアピンを取り出した。確実にあんなヘアピンは圀府寺さゆりには似合わない。
というかびっくりした。この二人って今まで話している所を見たことがない。何が起こったのか周りが見守っている。
「これでどう?」
圀府寺さゆりがそう言って鏡を立野に差し出す。びっくりするくらいきれいに髪がまとめっている。しかもそのかわいいと思っていたヘアピンがものすごく似合っているのだ。どちらかというと圀府寺さゆりが身に着けるより立野が付けるのに似合っている。かわいらしい感じなのだ。
「ありがとう」
立野がそう言った。そう、この日から何度か圀府寺さゆりと立野が二人で話すようになったのだ。
これは本人より周りが戸惑っていた。まあ、実際そんなにべったり二人がいるわけじゃないけれど、グループのトップ同士が話しをするのだ。その周りにいるものも戸惑いながらお互い話しをするようになってきたのだ。
実際だから助かったこともある。そう、クラスがこういう雰囲気じゃなかったら多分私はもっと悲惨なことになっていたはずだ。
そう、もう一つ事件が起きたのだ。事件と言っても私にとっての事件だ。
もう梅雨の時期になろうかという時だった。朝は曇りだったのに帰るころには雨が降り出していた。そんな時に限って掃除当番でしかもゴミ捨てにじゃんけんで負けるという不運。もうサイテーって感じ。ゴミ捨て場って結構端にあるし、まあ、屋根があるからぬれずに行けるからいいけれど、それにグラウンドも見える。
そう思って歩いていたら雨のためサッカー部の練習は切り上げていた。雨でも試合はするのに練習はしないんだと思った。別に公世を見たかったわけじゃないんだけれど、ちょっと気になったと言うかどうせグラウンドの近くを通るのだからちょっと見ようかななんて思っただけなんだけれどね。
だからサッカー部が練習を取りやめているのを見て悲しくなった。あ、違う。廊下を走っている。あんなところで走っているだ。帰りにちょっと寄って行こうかな。
そう、思っていたけれどその廊下の遠くに公世親衛隊が陣取っているのを見てやめようと思った。
雨でも関係なく公世ファンクラブはいる。あそこまでの熱意は私にはない。まあ、遠くからでも公世はわかる。なんか違うのだ。王様という感じ。ただ単に廊下を走っているだけなのに何か違うのだ。
おかしい。私は別に公世なんてなんとも思っていないのだ。あんないけすかないヤツ、年上の彼女がいるヤツなんてどうだっていいのに、なぜか目で追いかけてしまう。
まあ、美紀が好意を持っている相手としか思っていないはず。そうだ。私には関係ないんだから。そう、美紀が言っていたからだよ。
私はそう言いながらゴミを焼却所に捨てた。
「あ~すっきりした」
口に出したほどじゃないけれど、口に出した分すっきりした気がした。気になった。
教室に戻るために歩いていると廊下を走っていたはずのサッカー部がいなくなっていた。でも、良く考えたら「廊下を走るな!」と小学生の時に言われているのに、部活動では走っている。それを誰も変なことだと思うことがない。まあ、私は走りたいと思うこともないけれど。
それに、そんなに運動神経だってよくない。
教室に戻ると当たり前だけれど誰もいなかった。傘を取って帰ろうとしたらまさか、傘タテからお気に入りの傘がなくなっているし。もう、最悪。誰か間違えて持って帰ったのかしら。
仕方がない。ぬれないように歩いて帰らないと。
外はそこまで激しくはないけれど雨が規則正しく降り注いでいる。なんだろう。傘がないだけでこんなにもイヤな気分になるなんて。
とりあえず、門の近くまではトタン屋根があるからいいか。そこから少し歩くと店が連なっている。
もうすでにつぶれてしまっているのかシャッターがずっと閉まっている店もあるけれど、ひさしがある。
だから少しはましだろう。大きさもバラバラ。でも、そこまではいけそうだ。
あ、そうだ。そこから先はちょっと面倒だ。どこにも屋根がない。とりあえず歩いていくと、丁度近くに神社があったのを思い出した。石の階段の奥に建屋があったはず。
そこで雨宿りをしよう。私はそう思い、歩いたり、小走りになりながら進んでいった。
まあ、ちょっと体というか頭もだけれどぬれたけれど、まだなんとかなりそうだ。だが、神社に着いたとたん一気に雨足が強くなった。どしゃぶりだよ。
屋根のあるところまで走っていった。ちょっと全力疾走したらもう息も切れ切れ。しゃがみこんでいたら、いきなり頭からタオルをかけられた。
「何?」
タオルを取って前をみたらそこに「公正」がいた。一体何が起きたのかと思った。ってか、このタオルって。私がタオルを見て匂いをかいだのをみたのが面白いのかわらっている。公正が言う。
「そのタオルまだ使ってないよ。なんか毎日タオル持ってきてくれる子がいるんだけれど、今日はこの天気だからさ。汗かいてないし。まあ、びしょぬれだから使えばいいんじゃない。俺のじゃないし。あ、でも、一応それ返さないといけないから明日返してね」
そう言って、公正は横に座りだす。良く見ると公正もびしょぬれだ。
「ちょっと、あんたはいいの?ぬれてるじゃない?」
「はあ?俺はいいの。あのね試合になったら雨だろうと雪だろうと関係ないの。だから俺はね、これくらいなら問題ない」
そう言って笑っている。何こいつ。かっこつけているの。なんだかこのキメ顔がきもいとか思ってしまった。多分、こうやって美紀も恋に落としたのか。私は落ちないぞ。断じて落ちない。こういう軽薄な男って絶対好きになったら不幸になるんだから。
「まあ、ありがとう。タオル借りとくよ」
なんか、気がついたら口から変なセリフが出ていた。なんか心臓が痛い。風邪でも引いたかな。雨が全然止んでくれない。公正が言う。
「ああ、明日返してくれたらいよ。ってか、そのタオル俺のでもないけれどな。まあ、でも、それも含め俺の覚悟なんだ」
「覚悟?」
何言っているんだろう。意味わかんない。タオルが覚悟って聞き間違えかな。うん、きっとそうだ。公正が続ける。
「俺の家ってすんごい貧乏なんだ。というか、親父は怪我して働けなくなったし、おかんのパートだけじゃ喰っていくのが精一杯なんだ。
んで、俺もバイトとか手伝いとかをしていたんだけれど、なんかサッカーしていたら少年サッカーチームから誘いが来て。本当ならば会費やら送迎やらいっぱい色んな負担がつくんだけれど、俺はそれを免除してでも着て欲しいって言われたんだ。
まあ、練習や試合終わった後にめしを食わしてもらえるから行ったんだけれどな。でも、それってタダじゃないんだ。投資なんだよ。だからさ、その投資に対して俺は成功して返さないといけないんだ。だから俺は投資を受け止める。それは覚悟だ。
覚悟がないのなら断ればいい。逃げればいい。でも、俺は成功して妹も支えなきゃいけない。
だから、なんだってするよ。大成してこいつに投資してよかったなって思ってもらえるようにするためにな。だからこのタオルも毎日もらう弁当も投資だ。だから俺は受け取る時は覚悟をもって受け取る」
胸を張って公正はそう言う。何言っているんだろうって思った。ってか、その覚悟のタオルを私に貸すなんて、何考えているの。意味わかんない。
「ねえ、なんで私にそんな覚悟のタオルを貸したの?」
「そりゃ、ぬれているからだろう。何言っているんだ?」
ダメだ。会話にならない。でも、なんかありがとうを言わない意味がわかった気がする。
理由がわかると納得をしてしまった。いいのか、私。納得なんてしちゃって。
「もういいわ。まあ、ありがとう」
そう言った時、顔が熱かった。何これ。風邪でも引いたかな。熱出たかな。なんか恥ずかしくなって立ち上がった。
「雨も小雨になったし私帰る」
小雨になったかどうかわからなかったけれど、私は猛ダッシュで家に向かって走った。
そんな走ったことなんてなかったけれど、息もきれぎれになっても走り続けた。
「どうしたの?みさき?」
お母さんがそう言ってきた。
「なんでもない」
私は部屋に駆け込んだ。これは猛ダッシュのせいだ。胸が苦しい。顔も赤い。体育をもっとちゃんとしていればよかった。
翌日。
学校に公世から借りたタオルを持って行った。だが、どうやってタオルを渡そうと考えていたら教室に公世がやってきた。
誰かに用事でもあるのかな。丁度いいからタオル返そうと思っていたら、そのまま教室の中央に向かってくる。
誰に用事なんだろう。周りを見る。圀府寺さゆりに用事なのだろうか、それとも立野結衣なのだろうか。いや、立野結衣はいつも教室の前の方にいる。教室の前から来て歩いているから圀府寺さゆりに用事なのだろうか。圀府寺のグループは教室の後ろにいつもる。なんか不思議と公世が教室に入ってきただけで世界が変わったように見える。時間がゆっくりに感じる。変なの。
横にいる美紀のテンションがあがっている。
「ちょっと、何?何?私に会いに来たの?」
なんかそう言って私の腕を引っ張る。なんか楽しそうだ。おかげでちょっと落ち着いた。
でも、教室の扉にものすごく公世ファンクラブの面々が覗き込んできている。不思議と教室の中までに入って来ないのだ。なんでなんだろう。あれはあれで怖い感じだ。公世が私の机の前に来てこう言ってきた。
「風邪ひいてないな。なあ、また話ししようぜ」
そう言って手を出してきた。何これ?意味わかんない。手をつなぐの?なんで?私が呆けていたら公世がこう言ってきた。
「ほら、昨日のタオル。取りに来たんだよ。俺この後練習あっし」
なるほど。そういうことか。カバンからタオルを取り出す。なんかお母さんが気を使ってくれて袋に入れてくれている。こんなおしゃれな袋家にあったんだって思った。
「はい、助かったよ。洗ってあるから」
「了解。じゃあ、今日はこのタオル使うわ」
そう言って公世は教室を飛び出して行った。なんだタオル取りに来ただけなんだ。ってか、あのタオルってファンクラブの誰かのなんだよな。といっても、誰のか知らないから取りに来てもらってよかった。なんかあのファンクラブを押しのけて公世の所に行きたくないし。
そう思っていたら今まで教室に入って来なかったファンクラブの面々がぞろぞろ教室に入ってきた。なんなんだ。一体。さっきはまるで教室のドアに結界か何かあって入れないのかと思うくらいドアにへばりついていたのに。よくわからない人たちだな。しかもなんか目を吊り上げている。
「どういうことなの、説明して?」
「はい?なんですか?」
なんかいきなり机をぐるっと囲まれた。しかもみんな怒っているし。なんだろう、これ。まあ、なんとなく想像はついているんだけれど、説明しても聞いてくれないんだろうな。
「なんですかじゃないでしょう。なんであんたなんかに公世さまが直接話しかけに来るのよ!」
「いや、昨日ちょっと会ってね、雨に濡れていた私にタオルを貸してくれたのよ」
そう言ったら後ろの方に居た女の子が金切り声をあげてこう言ってきた。
「昨日は私の番よ。私のタオルが使われずにあんたなんかに使われたって言うの?」
「まあまあ、さっきそのタオルを公世に渡したからいいでしょう」
「そういう問題じゃないの。手渡しをして使ってもらうことに意味があるの」
そういうものなんだ。タオルって奥が深い。
「まあ、たまたま雨の日にたまたたま公世とばったり会って、ずぶぬれでかわいそうだからたまたまタオルを貸しただけってことね。もう、金輪際公世さまとかかわらないで!」
なんか中心にいたすこしウェーブのかかったおでこが出ている女の子がそう言った。なんかすごくたまたまを強調していたなと思った。変なの。
「会長、それでいいんですか?」
なんだか、このおでこちゃんが会長なんだ。大変だな。そのおでこ会長が言う。
「まあ、事故みたいなものよ。じゃあ、早く移動するわよ。私たちはこんなところで使っている時間がもったいないのですからね」
そう言って集団が出て行った。
「なんか大変そうだね」
美紀がそう言う。
「うん、ごめんね。迷惑かけて」
「いいよ、公世を間近で見られたから。んで、みさきも恋に落ちたの?公世に」
うん?故意に落ちる?落とし穴とかあったのだろうか。よくわからない。
「そんなに間抜けじゃないよ」
「はぁ?まあいいか」
なんかちょっとかみ合わなかったけれどいいかな。でも、実際はよくなかった。
なぜって。それは、この日から毎日休み時間に公世が遊びに来るようになったからだ。
おかげで、私はあの公世ファンクラブというか親衛隊というか、あのおでこ会長に虐められるのだ。
そして、徐々に色んなものが変わって行ったのだ。私はまだその変化に気が付きもしていなかった。