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~現在(2)~

~現在(2)~


 何か夢を見ていた。多分記憶に残っていないけれど楽しい夢ではなかったような気がする。


カーテンの隙間から明るい日差しが入り込んでくる。夜は闇が怖いのになぜか今はその光が怖かった。いや、まだどこかで眠りたかったのだ。でも、どこからか声がする。子供が騒ぎながら走っているのだろうか、徐々に声が小さくなっていく。


 平穏な日々。私はベッドからゆっくり降りた。気分が変わるかと思ってカーテンを開けてみた。天気が良い。通学路から少し離れているけれど学生がゆっくり歩いている。


 見られるのが怖くて私はカーテンを閉める。なんだか通学や出勤をしている人を寝起きの私が見下ろしていることにバツが悪い思いしかしなかった。


 ゆっくりすると決めたんだ。でもいつまでゆっくりしたらいいのだろう。わからない。


とりあえず扉を開ける。すでに家の中は静まり返っていた。階段を降りる。電気が消えていてさみしかったのでとりあえず片っ端から部屋の電気をつけて行った。


 エコじゃないな。


 ふと、そう思ったけれど、暗い部屋はさみしい。環境には優しくないけれど、私には優しい。


とりあえず、明るくなった部屋を見てそう思うことにした。地球にやさしくなくても私にやさしければいい。なんて。


私はキッチンに向かった。メモが置いてある。お母さんの字だ。メモには「冷蔵庫のものは好きにしていい」と書かれてあった。


 冷蔵庫を開けるとお皿にお弁当の残りなのか卵焼きとソーセージがあり、ほうれんそうのお浸しが小鉢にあった。


 炊飯ジャーを開けるとご飯も入っているし、鍋を開けると味噌汁の残りが少しだけあった。


 私は味噌汁をあたためて、卵焼きとソーセージを電子レンジで温めた。


 一人で食卓に並べる。なんだか一人で食べる食事なんてもうずっと当たり前のようにしてきたのに、どうしてか実家で一人でご飯を食べていると泣きそうになってしまった。


 今までこんなことはなかった。いや、今までさみしいと感じるような時間がなかっただけなのかもしれない。


 懐かしいお母さんの味なのに、どこか味気なかった。気が付いたら食事を食べるじゃなく処理をするみたいになっていた。栄養を取らないといけないから。


作ってくれたお母さんに申し訳ないから。色んな思いがあったけれど、そこには「楽しい」という思いだけが欠落していたように感じる。いや、おいしいと思う気持ちも同じく欠けていた。何か大事なものが欠けているのだ。わかっている。でも、どうしようもないのだ。


 食べ終わり、食器を洗う。鍋も一緒に洗ってしまう。家事を他にしようかと思ったけれど、部屋は片付いているし洗濯物も何もない。


 仕方がなくリビングでテレビをつける。ワイドショーが流れていたがすぐに消した。しばらくテレビを見ていなかったから知らない人と知らない人のスキャンダルとか、政治家がどうとかいう話しを聞きたいとは思わなかった。


 いや、もっと聞きたくないものがあったのかもしれない。私はチャンネルをいじりまわっていたら映画チャンネルがあったので映画を見た。


 古い映画だ。しばらく見ていて何かわかった。オズの魔法使いだ。しかも白黒のやつだ。見ていたら、いきなりカラーに変わった。


 なるほど、世界が変わったらカラーになるのか。私の世界は今カラーなのかモノクロなのかどっちなのだろうと、映画を見ながら思っていた。


 靴のかかとを3回ならしたら元の世界に戻れると言うのもちょっと面白い。そういえば子供のころ何回かしたことがある。


 でも、どこにも行けなかった。いや、どこに行きたいのか、帰りたいのかわからなかった。いや、鳴らしたから私は実家に帰って来たのかもしれない。


 ぼんやりと映画を見ていたらいつのまにかオズの魔法使いは終わっていた。特にやることがないので、ソファに座ってごろごろする。新聞も読みたくない。というか、どこに新聞があるのかもわからない。


 そういえば、高校時代お父さんは新聞を読みながら朝食を食べていた。いつも不思議だった。どうして、朝食と新聞ってセットなのだろう。


ドラマでも漫画でも父親というものは朝食を機械的に口に運び、新聞を読む。朝食べる食事を何だと思っているのだろう。


 まあ、今の私が言ったところで説得力がないし、そもそも言う相手はこの家に今はいない。多分どこかで働いているのだ。実はお父さんがどこで何をしているのか知らない。


いつも朝早くに出ていき、夜帰ってくる。たまに酔っぱらっている。


 子供のころは酔っぱらってくるお父さんを見て、大人の仕事は酔っぱらうことなんだと思ったことがあった。


 実際社会に出て思ったことはある意味間違っていないのではと思った。飲み会のために働いているんじゃないのかと思うような世界だった。多分私には合わない世界だ。


 だから、今の私はここに、家の中にいるのだろう。


 ソファでごろごろしてみる。暇だからと言って外には出ない。いや、出てもいいのかもしれないけれど、出たくないのだ。


 めんどくさいという事もある。けれど、やはりどこか怖いのだ。誰もそんなに気にしていないというかもしれないが、やはり他人の目が気になる。


 だから私はこうやってごろごろするのだ。気分は友達の家にいるミケランという猫だ。


本当はミケって名前だったんだけれど、ちょうど学校でミケランジェロという名称をノートに書いた日にその友達の家に遊びに行ったからミケランと名付けたのだ。


 もちろん、ミケランと呼んでも振り向いてはくれない。というか、ミケと呼んでも振り向きもしない。


 そういえば、あれからその友達の家にも行っていない。私はそういえば、誰にもちゃんと何もいわずにこの街を出て行って、そして、これまた誰にも何も言わずに戻ってきた。


 だれも私がこの街にいることをしらないはずだ。3年もあれから経ったのだから仕方がない。


 けれど、携帯にはあの時のままのメモリーが残っている。この3年間で連絡を取っていたのなんて数人だけだ。後はこの番号がそのまま使われているのかもしらない。


 とりあえず、近況でも報告するかな。私はその時携帯を部屋に置きっぱなしであることに気が付いた。


 まあ、実際誰かから連絡が来るというわけでもない。携帯なんて鳴らないことが一番いいのだ。階段を上がり部屋に入る。机の上にそのまま携帯が置かれている。


 もちろん、着信もメールもLINEのメッセもない。あるわけがない。私は自分からめったに連絡をしない。いや、嘘だ。していたのだ。少し前まで。いやというくらい。


 でも、もうあの日からそれは行っていない。聞くのが怖いのだ。現実を見たくない。


 そう、発信履歴には「公世」の名前が連なっているからだ。


 私はとりあえず、この3年間連絡を細々と取っていた「美紀」に「戻って来たよ」とメールを送った。


 それだけでも進歩だ。


 「美紀」は大学に通っている。あれだけ勉強が嫌いだったのに、まだ勉強がしたいんだと思った。不思議なことだ。


 美紀のことを思い出していたら返事が来た。


「戻ってきたんだ。じゃあ、飲もうよ。というかさ、紹介したヤツいるんだ。今度時間取れない?」


 相変わらず「美紀」のテンションは高い。そういえば、「美紀」は大学に行って彼氏を作ったと聞いたような気がする。しかも同棲をしているとかも言っていたような気がする。


 不思議とあれだけアイドル好きだったというかイケメン好きだった美紀が選んだのはジャガイモみたいな顔をした人だった。


 ニキビの後なのか肌がぼこぼこで、坊主なのに髪を金色に染めているのだ。一見怖そうに見えるのだが、実は小心者。ガタイが良いのにケンカもできない。ハッタリの「竜ちゃん」だ。


 名前も怖そうなんだが、やたらと女々しいのだ。なんかそのギャップに惹かれたとか「美紀」が言っていたのを思い出した。


 とりあえず、「美紀」からのメールには「いいよ。暇だし」と打ち込んだが返信できずにいる。


 実際何も予定はない。いや、しいて言うならば何もしないという予定だけがびっしり詰まっている。


 カーテンからうっすらと見える世界は多分モノクロではなくカラーなのだろうなと思った。


でも、私の世界は多分あの日にモノクロに変わったのだ。いつまでモノクロなのかわからない。さっきのオズの魔法使いみたいにいつかカラーに変わるのかもしれない。


いや、カラーを経験してまたモノクロに戻されるのかもしれない。夢から醒めるみたいに。


 いや、逃げていても仕方ないのかもしれない。ドロシーと同じように、いつかカンザスシティーにもどらないといけないのだ。でも、ここはカンザスじゃないし、臆病なライオンもブリキマンも案山子もいない。


 そう、私は一人なのだ。かかとを3回鳴らしたってどこにもいけやしない。いや、家よりよい場所はないとドロシーが言ったように私は家に帰ってきたのだ。


 ただ、誰もいないさみしい家に一人ぼっちでいるだけだ。とりあえず私は「美紀」に「いつでもいいよ」とだけ打ち直してメールをした。


 それだけでも進歩だと思った。


 私は多分勇気がないライオンになってしまったのかもしれない。いや、脳みそがない案山子なのか、心がないブリキマンなのかわからない。


 ただ、何かを失くしてしまったのだ。西の魔女の所に行って箒でも取ってこないといけないのだろうか。


 でも、トトもいない。私は一人だ。私はドロシーでもない。


 そんなことをさっき見た映画の影響かもしれないが思っていた。携帯が震える。「美紀」からだ。


 けれど、中を見る気がわかない。私はとりあえず。膝を抱えて布団の中にもぐりこんだ。


 もう、それだけ十分だ。


 カンザスシティーに戻れなくたっていい、エメラルドシティーに行けなくてもいい。


 私はここでこうやって膝を抱えて眠りにつくのだ。それだけで十分。


 いつか時が膝を抱えた僕を連れて行くよ。ふと口ずさんだ曲が曲名は思い出せなかったけれど、なんだか懐かしかった。


 あの曲はいつ聞いたのだろう。思い出せないまま私は目を閉じた。


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