~高校時代(5)~
~高校時代(5)~
人の噂と言うものはものすごい速さで広まるものなのだと知った。
翌日私は学校に行くと空気が変わっていたのがまずわかった。
上履きはなくなっていた。前も経験済みだ。さて、どこにあるのだろう。来客用のスリッパを履く。
とりあえず職員室に行って、上履きが亡くなったことを伝える。教室に行くと私を認識したかと思うと誰もが目線を外してきた。
机は落書きだらけになっていた。もういろいろ書かれ過ぎていて文字が読めないくらい。一体何をしたかったのだろう。
黒板にも何か書かれてある。というか、色んな所に書いてあるけれど、その執念はどこから来るのだろう。
これって、書いている時楽しかったのかな?黒板も色んな文字の上に文字が重なっていて何を描いているのかわからない。多分悪口なんだろうけれど、文字として解読できなければ意味はないのにとか思ってしまう。
みんな何も考えてないんだな。なんかそう思った。
「おはよう」
私は美紀にあいさつをした。でも、美紀は私とは目も合わさずに教室から出て行った。なんだかさみしい。本当にこの教室で一人ぼっちになってしまったみたい。
そう思っていると教室の入り口にあのおでこちゃんたちがいる。
「ねえ、あなたを呼びに来ているみたいよ。行ってあげなよ」
教室の後ろからそう言われた。あの圀府寺グループの一人が私の肩を押してくる。
「押さないで、行くから」
「そうそう、あんたが教室にいたままじゃ迷惑がかかるのよ。もっと前からこうしていればよかったのね」
「そうそう」
くすくす笑っている声が聞こえる。なんでこういう時小声でひそひそと話す人が多いのだろう。
みんな声の出し方を忘れたのだろうか。
まあ、迷惑がかかるらしいので私は教室を出た。おでこ会長が何か言っている。また早口すぎて何を言っているのか聞き取れない。
きんきんと高い声でみんな叫んでいる。う~ん、もっとちゃんと話さないと会話が成立しないのに。
というか、彼女らって公世のファンクラブだよね。こんなところにいないで練習見に行けばいいのに。そう思って運動場を見た。サッカー部が相変わらず練習をしている。朝からご苦労様。って、思っていたらそこに公世が見当たらない。
「あれ?公世は?」
私はふいに口からその言葉が出た。おでこ会長が言う。
「あなたそんなことも知らないの?それでよく公世のことを追いかけられるわよね」
その後からはまた聞き取れなくなった。キーキー騒いでいる。おでこ会長はひょっとしたら猿か何かなのだろうか。よくわからない。
「なんで怪我したの?試合?」
実際試合を見に行ったことなんかない。学校で練習をしている所は見たことあるけれど休みの日にわざわざ出かけてまで見たいという感じではない。このファンクラブたちはどこへでもついて行っているから怖いけれど。
一体どこにそれだけの時間とお金があるのだろう。不思議だ。高校生ってそんなにお金を持っているものなのだろうか。私だけが特別なのだろうかな。そう思っていたらおでこ会長の横にいた女の子がこう言ってきた。
「あんたのせいよ。あんたがあの時よけるから」
何を言っているのかわからない。私がよけたことと公世の怪我がどうつながるのだろう。意味不明だ。そして、それだけ言い出すとこの子は泣き出した。
いや、泣いてほしいわけじゃなく説明をしてほしいのだけれど、そんなことを言ってしまったらまたこの集団は何かをしてきそうで怖い。今ですらピンボールにでもなれそうなくらい押されてぶつかってを繰り返しているのだ。
これって流行っているのかな。でも、体が痛いからやめてほしいのだけれど。しかもスリッパだからこけそうになるし。そう思っていたらおでこ会長がゆっくり横にいた髪の長い泣いている女の子にこう言いだした。
「里奈はわるくない。悪いのはこいつだ。ちょっと上から花壇を投げつけようとしたときによけられただけ。そして、たまたまその花壇が公世にあたっただけ。たまたまだよ」
って、そんな上から花壇が落ちてきたら怪我だけじゃすまないし。ってか、それってそういえば公世から弾き飛ばされた時のことなんじゃないかな。
そういえばそういうことがあったようななかったような気がする。ということは公世は私をかばって怪我をしたってこと?
だからリハビリとか言っていたの?だから映画に私と行けたというの?
何それ。そういうことはちゃんと言ってくれたらいいのに。
「でも、私たちがこの女に何かをしているって公世様に知られちゃって。『もう来るな』まで言われたし」
髪の長い女は泣き続けている。だからファンクラブの面々はここにいるのか。ってか、そんな理由で私は攻撃をされなきゃいけないのはいやだ。
というか、公世に言わなきゃ。勝手にかばって、勝手に怪我して、黙っていて。何様なのよ。一言言わないと気が済まない。
私は攻撃の手が緩んだのを良いことに猛ダッシュした。輪は一気に崩れた。とりあえずサッカー部の方に行けばいいんだ。
私は階段を降りてグラウンドに向かった。
階段を駆け下りるなんてしたの初めてだった。でも、公世を見て安心したかった。グラウンド近くに来る。けれど、どこにも公世の姿はなかった。
「どうしたんだい?」
そう言ってきたのは、背が高い、濃い顔をしている羽田野浩二だ。そう言えば、前に美紀に彼氏にするのならこの羽田野浩二がいいなって言ったことがあるのを思い出した。
背は高いけれど補足ひょろ長い。その分手足が長く見える。ゴール前にいるクモ男っていうあだ名がついているのを知っている。
クモ男ってかっこ悪いって言ったら、なんでもサッカーでクモ男って褒め言葉らしい。すごい選手がいたっていうのを公世から教えてもらったことがある。でもクモって言われてうれしいのかな。私なら絶対いやだけれど。
「君はいつも公世を追いかけている連中にはいないよね。サッカー部に何か用なの?」
羽田野浩二はそう言って私の顔を覗き込むように見てきた。
なんかかっこいい。こういう顔の方がタイプだ。でも、どうしてか公世の顔が頭をちらつく。
なんであんなにやけた顔が出てくるだろう。
「すみません。公世の親衛隊?ファンクラブ?じゃないんですけれど、公世が怪我したって聞いて、それで、え~と、それで」
あれ?私なんでここに来たんだっけ?
そうそう、あのおでこ会長とかが言っていたことを知りたかったんだ。でも、それって公世に聞かないとわかんないんじゃないの?
気が付いたら言葉にならなかった。羽田野浩二はそんな私を見ながらこう言ってきた。
「ああ、公世は怪我をして今別メニューなんだ。リハビリと今できることをするためってね。まあ、実際本当は内緒なんだけれど、これだけ練習に出ていなければ噂にもなるしね。ほら、メディアも一時多かったけど今は全然いないでしょう」
そう言われてはじめてメディアが居なくなっていることに気が付いた。そう、あの介護施設でのレクリエーションの時が一番すごかったように思う。
あの作られた笑顔。用意されたセリフ。でも、どれが一体本当の公世なんだろう。
公世は何で構成されているのだろう。なんてふと思って笑ってしまった。
「まあ、しばらくそっとしておいてあげて。一番凹んでいるのはあいつだからな。まあ、俺らは公世がいなくてもやることは変わらない。それに公世だってわかっている。ちゃんと間に合わせてくるよ。試合に」
そう言って羽田野浩二はグラウンドに戻って行った。
別メニューってことはどこかにいるんだ。私は周りを見たけれど公世はどこにもいなかった。そう思っていたら不意に肩をつかまれた。
「ちょっと、いきなり逃げるなんて何考えているの?あなたバカなの?」
振り向くとおでこ会長とその取り巻きがいた。
「ねえ、公世はどこにいるの?」
「はあ?あんた頭おかしいんじゃないの?あんたのせいで公世は怪我をしたのよ。あんたがあのまま食らっていればよかったのよ。それかもっと前にちゃんとこうやって私たちの前に来て詫びればよかったのよ。ほら、手をついて謝罪してよ。誠意見せてよ」
おでこ会長がそう言ってきた。なんで私が詫びないといけないのだろう。何について謝ればいいのだろう。え~と、花壇を投げてきたのをよけたことを謝ればいいの?それってどちらかというと投げつけたほうが私に謝るべきだよね。
あ、そうか。手をついて謝るって何かドラマとか漫画とか見たことがある。あれをやればいいのか。私はそう思って笑顔でおでこ会長の肩に手を置いて「ごめんね」と言ってそのまま立ち去ろうとした。
うん、結構かっこいい感じだ。やってみてそう思った。そう思っていたらいきなり腕を引っ張られて押し倒された。
「はあ?何今の?」
「だから手をついて謝ったじゃない」
そう言ってみた。うん、なんかちょっと楽しかったのになんだかおでこ会長は顔を真っ赤にして怒っている。よくわからない子だ。しかも体を面白いくらいにプルプル震えさせている。
「違うわよ、土下座よ、土下座。あんたのその空っぽの能天気な頭を地面にこすり付ければいいのよ」
そう言われて、そういえばそう言うのも見たことがあるのを思い出した。でも、それ顔が汚れそうだな。とりあえず、地面すれすれで誤魔化してみよう。
私はテレビで見たことがある土下座のふりをうまくしておでこをぎりぎりまで地面に近づけた。完璧。そう思っていたら上から頭を踏まれた。首が痛い。というか、踏まれているということは髪が汚れるじゃない。とりあえず、首を横にずらしてみた。
「はあ、何で逃げるのよ」
「だって、首がいたいじゃない。それに髪の毛汚れるし。もう何がしたいのかわからないわ」
本当にわからない。私が土下座したら何か変わるのかな。公世の怪我がそれで治るのならいくらでも土下座をしてあげるけれど。花壇を投げたのは私じゃないし、一方的な逆恨みでしかない。なんでわからないんだろう。
そう思っていたらいきなり声がした。
「おい、お前ら何しているんだ」
そう言って顔を上げるとそこには公世がいた。なんでこんなタイミングで出てくるの。私砂まみれなのに。って、どうしてそんな事気にしなきゃいけないのだろう。
目の前にはさっきまで真っ赤だった顔のおでこ会長は真っ青になっていた。まるで信号機みたいだ。
「これは、違うの。その、この子。そう、この子がね。練習の邪魔をしようとしていたから、その。ねえ。みんなそうだよね」
おでこ会長は震えながら周りにいた親衛隊?ファンクラブ?の人たちを眺めた。でも、みな下を向いているだけだ。そんなに地面に興味をそそるものが落ちていたのだろうか。
地面に這いつくばっているようなかっこをしている私は何も面白いものがないので不思議に思っていた。
「だまれ」
今まで聞いたことがないような冷たく言い放つ公世の声を聞いた。
「立てるか?」
そう言って手を公世は差し出してきた。あ、でも、そう言えば公世怪我をしているんだ。そう思うとその手はつかめないと思った。だから私は自分で立ち上がって汚れたスカートを振り払った。
「公世、怪我したって本当?大丈夫なの?」
私は立ち上がってそう聞いた。公世が言う。
「大丈夫だよ。俺を誰だと思っているんだ。ちゃんと試合までには治すから。よかったら試合見にくるか?」
「いかない。だって」
そう言って私は周りを見た。またおでこ会長からちょっかいをかけられる。クラスにだって居場所がない。
なんで私がこんな目に合わないといけないの。なんかそう思ったらムカムカしてきた。
気が付いたら色んな感情が爆発して叫んでいた。落ち着いたのは私の肩に公世が手をかけてくれた時だ。深呼吸をする。静寂の後におでこ会長がこう言ってきた。
「どうして、どうしてなの。どうしてこの子なの。私たちあれだけ尽くしてきたのよ。なのに、いきなり出てきたサッカーも公世様のこともよくわかっていない、試合を見もしないこんな子が。どうしてなの?」
公世は私が今まで見たことがないような顔をしていた。冷たい目、感情のない顔をしている。公世が言った。
「うざい。お前らうざいんだよ。お前らは重荷でしかない。それに俺が誰を選んだだって?俺はサッカーがしたいんだ。それにお前らだって知っているだろう。俺の周りには彼女が、あいつがいる。だから恋なんてできないんだ。それにあの彼女はスポンサーでもある。お前らだって見たことあるだろう」
そう言われて、あの時、あの施設の時に見た女性を思い出した。思い出したくなかったのに。気が付いたら手が震えていた。泣きそう。胸が痛いよ。
あれ?雨が降ってきたのかな。床にぽたぽたと濡れている。公世はだが関係なく続けた。
「まあ、こいつを選んだのは都合がよかったからだよ。なんだ。お前らも都合よくあつかってほしかったのならいつでも相手してやるよ。今ならサッカーできないから遊ぶ相手欲しいしな」
そう言って自嘲気味に笑った顔を見て私は何かおかしいって思った。こんなのは公世じゃない。あの時、あの神社で話していた公世と違う。おかしすぎる。
でも、おでこ会長は違った。
「最低。もう私はあなたを応援しない。もういいわ。こんなやつこっちから願い下げだわ」
そう言っておでこ会長は去って行った。それについて取り巻きも移動していく。私はそれを眺めていることしかできなかった。
「よかったの?」
私はそう言った。
「何が?だって今の俺にはあいつらを受け止められる覚悟はない。それに、お前に悪い思いをさせたみたいだからな」
「そんなのどうでもいいよ。でも、色々言われちゃうよ。公世。ひどいやつとか」
そう言うと公世は少し笑ってこう言った。
「ああ、問題ない。それに俺はリハビリのためしばらくいなくなるから。関係ないんだよ。今度連絡するから」
そう言って、公世は笑って歩いて行った。
翌日。
クラスの様子はまだギクシャクしているけれど、おでこ会長が絡んでこなくなった。
変わりのアイドルは3組の誰からしい。なんかモデルをしているかっこいい人だそうだ。結局誰かを追いかけたいだけなのかもしれない。
そして、もう一つ。
公世が学校を退学したことを知った。




