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グランツ王国の終焉  作者: アザレア
第一章 グランツ王国
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第八話 消えた国

 戦争で必要になるものはほとんど消耗品である。

 その供給が止まったのなら、もう、その国に勝利がもたらされることはあり得ない。

 黒い獣の軍隊を相手に、グランツ王国軍兵士は、立派に戦いぬいた。物資がどんどんなくなっていく中、何とか国への侵入を防ごうと最後はその身一つで戦っていた。

 獣の牙をよけながら、黒い腹に拳を何度も何度もたたきこんだ。無防備な背中を食い千切られても、一匹の獣を絶命させようと、必死にもがいた。

 しかし、ついに。12月10日。身も凍るような寒さの夜。ついに、グランツ王国軍は全滅した。

 死者は、数百とも数千とも言われるがはっきりした人数は定かではない。

 黒い獣の軍隊は、そのまま行軍を続けてグランツ王国の中心部に位置する居住区へとたどり着いた。不思議なことに、その途中に存在する鉱山の街には見向きもしなかったという。

 たどり着いた獣は、一人残らずグランツ王国の国民を喰らい尽くした。老人も、女も、男も、小さな子供も、赤子も、皆、喰らい尽くされた。

 そして、国の全てを喰らい尽くした後に、黒い獣は忽然と掻き消えたという。




「こりゃあ、酷いもんだな」

 グランツ王国居住区、いや、昔そうだった場所に足を踏み入れたアルバートは余りの光景に顔を歪めた。

 グランツ王国が独占していた鉱山を、その周辺の国が所有するようになってから7年もの月日がたった。アルバートは長い間鉱山で働いてきた。まだ鉱山がグランツ王国内にあったころからだ。

 そして今、彼はふと思い立ち、グランツ王国の跡地を訪れた。

 自分たちにとって、7年前の戦争はたいして意味をなさないものだった。採掘した資源を渡す相手が変わっただけでほとんど生活は変わらなかった。

 だから、戦争はどこか他人事だったのだ。

 王城への通りを歩く。かつては、人々が行きかい活気に満ちていたであろうその場所も今では赤黒い道が続いているだけだ。

 王城前、広場の中心に鎮座する、大きな石碑。そこには、悪の王、ここに眠る。シュタール王の非道を忘れるな、と荒々しく刻まれている。即席で作ったのだろう、大岩にただ文字を刻んだだけの粗雑な墓石の下にかつての王が眠っているらしい。

「俺はあんたに会ったことはなかったが、最近、思うようになってな」

 持ってきていた酒瓶を開ける。中身の半分を大岩にかけ、自分でも少しあおる。

「あんたの国に納められていた時が、一番安心だったよ。最近になって、鉱山の所有権をめぐって戦争になったんだ。別にどこの国が俺の働き場所を所有しようが関係ないさ。俺はただ、働いて飯を食えればそれでいいからな」

 ぐいぐいと酒を飲みながら、アルバートは大岩に拳を当てた。

「だがなあ、あいつら鉱山の近くで戦いやがるんだ。お陰で、毎日銃声に怯えて過ごしてるよ」

 ほんのりと男の目元が赤いのは、酒に酔ったせいなのか、それとも人知れず流した涙のせいなのかは誰にもわからない。

「いつ死ぬかわからないと思ったから、あんたに礼を言いたかった。国を追われて、行き場をなくした俺に居場所を与えてくれた。あんたにそんなつもりがなかったんだとしても、確かに俺はあんたに救われたんだ」

 言いながら、ポケットからしおれた花を取り出して、大岩の前に供えた。

「わりぃな。途中で見つけて摘んできたんだけどよ。ちょっとばかし、見た目がわりぃが、まぁ勘弁してくれや」

 立ち上がり、深く頭を下げた。学のない自分には正しい墓参りの作法だとか、そういうものは分からないが、せめて気持ちが伝わればと思った。無念の内に死んだであろう王に、届けばいいと思った。

 果たして自分は、どの様な最期を迎えるのだろうかとアルバートは思う。

 鉱山の仕事を失って、どこかでのたれ死ぬのか。

 戦争に巻き込まれ、流れ弾に撃ち抜かれて死ぬのか。

 何とか生き延びて、布団の中で眠るように死ぬのか。

「あんたは一体、天国と地獄、どっちに行ったんだろうなあ。俺も、自分がどっちへ行くかはわからない。これでも国を追われた身だ。自分では正しいことをしたつもりでも、閻魔様から見れば決して許されないことをしちまったのかもしれない。でも、地獄でも天国でも、逝った先にあんたがいたら、今度は直接礼を言いたいからよ」

 待っててくれや、と言い残し、男は帰路を辿る。

 死の臭いに満ちたその場にそぐわないそよ風が、男の背中を押すように吹き抜けた。


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