第七話 消えた希望
ウェローは、必死に馬を走らせていた。黒い化け物の軍隊に受けた被害を、そして至急補給部隊が必要なことを、一刻も早く王に知らせなければならなかった。
国境で化け物を食い止めているであろう仲間のことを思い、さらに急ぐ。
あの化け物が現れるまでは、国境と居住区が離れていることに感謝していた。国にいる両親は、戦争の恐怖にさらされることなく平和に暮らしていけるのだから。自分たちが戦うことによって、国民が安心して暮らせているのだと思う。それが酷く誇らしかったのだ。
今となっては、この距離が酷く煩わしい。
少々の苛立ちとともに馬を走らせて陽が沈む前に何とか居住区に一番近い鉱山に辿り着いた時、一人の男に呼び止められた。時間がないのだと、一蹴しようとするが、その前に男が言い募る。
「さっき国から来た奴らがいたんだが、様子がおかしかったんだよ。兵士はどこだ、働かされているんだろう、とか何とか言ってた。おかしい奴らだよなあ。戦争で国が大変なことをしらねぇのかってんだ」
居住区に住んでいる人間は、わざわざ鉱山に来たりしない。そもそも居住区の中から出ないのだ。それなのに、わざわざ鉱山へ兵士を探しにやってきた。普通ではないその行動が一体何を意味するのかは分からなかったが、何故か悪寒が走る。理由もなく、急がなくてはと思った。
「全く、お前たちが必死に国境で敵軍を食い止めてるっていうのに、暢気な奴らもいたもんだっておい、兄ちゃんもう行くのか!?」
てっきり休んでいくものだと思っていた男は、驚いてウェローを呼び止める。が、その言葉に立ち止まることなくウェローは再び馬を走らせた。
急いで、国へと向かう。大丈夫だ。ここまで来れば、国まであと少しだ。急がなくては。
居住区へと入る門を潜り抜け、王城へと向かう通りを走る。しかし、人が見当たらない。広場の方から喧騒が聞えてくるが、皆そこに集まっているのだろうか。
走る、走る。がやがやと聞こえる喧騒の中に、恐ろしい憎悪が込められているような気がした。
――――パァン……。
乾いた音が響く。恐ろしく聞きなれたそれの後にわっと歓声が響く。
目の間に人だかりが見えてきた。そして、鼻を突く鉄錆の臭い。自分が呼びに来た、補給部隊の総指揮を執る、その人が、殺されていた。
罪人の様に手に枷をはめられた状態で、額から赤い鮮血をこぼし絶命していた。いつも決意に満ちていた瞳は、色を失い、虚空を静かに見つめている。その死の直前まで、何を思っていたのだろうか、涙の跡が頬に残っていた。
近くにいた男の肩を掴む。少々荒々しくなってしまったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
「一体、何があった! 何故ハイレン様が殺されているんだ!」
強く掴まれた肩が痛むのだろう。迷惑そうに男が振り向き、短く言った。
「戦争に関わっていた重臣たちを処刑したんだよ」
そんなことも知らないのかと続けられた男の言葉はウェローには届かない。頭が真っ白になった。
どういうことだ。一体、こいつらは何を言っているんだ。国を必死に守ってきたハイレン様、タウリス様、他にも殺されているのは戦争のことを知る方たちばかり。国を守るために、必死に戦ってきた方たち。それを、何故、こいつらは、喜んでいるんだ。王の非道の時代は終わった? 何なんだ。一体、何が起こった。俺が戦争に出ている間に、国民はおかしくなってしまったのか?
「ウェロー!」
群衆の中にいた一人が、目を見開いて佇むウェローの姿を見つけて駆け寄ってくる。紛れもない。彼の守ってきた父親だった。
「よかった。生きていたんだな。大丈夫、戦争を企む愚かな王も、その家臣も、みんな死んだんだ。お前はもう、戦わなくていいんだ!」
心底安心しきったように、涙を流す父親に目の前が真っ暗になる。国民を必死に守ってきた王たちを殺して喜んでいる目の前の男に嫌悪感しか抱かなかった。何も知らないくせに何を言う、頭の中がどす黒い感情で埋め尽くされ、気づいたら思いつくままに叫びをあげていた。
「何を言っている! 俺たちが戦争をしているから、国民みんな生きていられるんだ! 平和に生活できるんだ! それなのに、なんだその言い草は! 戦争は悪? ふざけるな! 俺たちが戦わなければ、たちまち国は滅んでしまうというのに!」
ウェローの言葉に、父親は一瞬硬直し目に確かな怒りをにじませた。
「お前、お前は……!」
戦争に駆り出されて、善悪の区別がつかなくなってしまったんだな。心底、同情するように。目元を覆いながら泣き崩れた父を見て、ウェローの中の何かがぶつりと音を立てて切れた。
「ふざけるな! ふざけるな! 戦争はすべて国民の為だ! 王は、ハイレン様は、国のために戦っていたのだ! これから、国が滅びるだろう! もう終わりだ! 全てお前らのせいだ! お前たちが、国を滅ぼした! 俺たちが必死に守った国を、お前たちが滅茶苦茶にしたんだ!」
どん、とウェローの胸に刃が突き刺さる。ウェローの目の前に立つのは反乱軍の中心となった一人だった。その柄を握る青年は、たった今倒れ伏した男を見下ろして同情するように呟いた。
「これも、全て王の暴挙のせいだ。戦争で人を殺して、狂っちまったんだろう」
ああ、ああ。と父親は息子の亡骸に縋りついた。すまない、すまない、と謝罪を繰り返す。父親は、息子に謝り続ける。早く救ってやれなくて済まない、と。せめて、安らかに眠ってくれ。そっと息子の瞳を閉じさせると、また涙を流し続けた。




