第六話 揺らぐ狙撃手
王を狙撃したエイルは、とてつもない喪失感を味わっていた。
これでよかったのかと頭の中で何度も問いかける。
人の命を奪うのが、今になってとてつもなく恐ろしいことに思えてきたのだ。額から赤い血を噴き出して、王は力なく倒れ伏した。それを見て誰もが歓声をあげていた。老若男女問わず、広場に集まったすべての国民が王の非道は終わったのだと諸手を挙げて喜んだ。
しかし、どうしてもその光景が恐ろしく思えた。誰かの死を喜ぶその姿に確かな狂気を感じた。
他に方法はなかったのか。
鉱山へ向かい、仲間を助け出して、それで、国の外にでも逃げてしまえばよかったんじゃないか。王を殺さずとも、国外へ追放してしまえばよかったんじゃないか。
何よりもエイルが恐ろしかったのは、未だ王をどこかで信じようとしている自分自身の心だった。
王の非道を知った時は、確かに怒りに身を震わせた。これ程の悪魔がいたのかと、瞳をぎらつかせた。だからこそ、狙撃の役目を担ったのだ。
いざ、終えてみればどうだろう。想像していた爽快感も、歓喜も、一瞬で消え去った。倒れ伏す王の後ろで、泣き崩れる側近の姿を見てしまった。瞳に怒りと涙を滲ませて、国民を見つめる男の姿を見てしまった。泣いている。非道の王の死を嘆く者がいる。
それを理解した途端に、頭が冷えた。
そして、鉱山で働かされている男を連れ戻しに行った部隊の帰還でさらなる絶望を知ることになる。
「どういうことだ!」
エイルは声を荒げて、拳を壁に叩きつけた。他の四人も、困惑と苛立ちを隠せずにいる。
「鉱山地帯に小さな町があったが、兵士がほかの鉱山で働いているという情報もない! それどころかあいつら鼻で笑いやがった!」
鉱山へ向かった内の一人である男が叫ぶ。感情のままに話し続けるため、支離滅裂で分かりづらかった。何とか落ち着かせて詳しく話を聞く。
曰く、数ある鉱山にはそれぞれ小さな町がある。そこに住むのは、放浪者だったり他国を追放された者だったり様々。共通しているのは皆、鉱山で働いているということ。そして、彼らは断言したそうだ。鉱山で兵士が働いているはずがない、何故なら、自分たちは弾薬や食料などを積んだ補給部隊が国境へ向かうのを何度も見ているのだから。
まさか知らなかったのかと、彼らは目を見開いたという。この国は戦争をしているのだろう、と。
「戦争、だと?」
エイルは頭が真っ白になった。この国が、戦争をしている。まさか、王は他国を侵略しようとしていたというのか。再び怒りが込み上げてきた。まさか、兵として国を出た者たちは皆、戦争に駆り出されていたというのか。国民に何も知らせぬまま、王は領地拡大を狙って戦争をしていたというのか。
エイルたちは、兵たちの行方を知っていると思われる国の重臣たちに話を聞いた。ほとんどは何も知らなかった。軍に携わっているのは王と数えるほどの一部の家臣だけだったという。
王の側近であるタウリス、補給部隊の総指揮を執るハイレンを含む、何人かの男を問い詰めた。この国は、戦争をしているのかと。しかし、何も話さない。
戦争などない。集めた兵は、王が独断で鉱山に送ったのだと、壊れたように繰り返していた。
「だから、鉱山に兵はいなかったって何度言ったら分かるんだ!」
埒が明かないとエイルが怒鳴る。
「知らないものは知らない。知らぬことを話せと言われても無理なことだ」
タウリスもハイレンも、他の者たちも皆決して戦争のことを認めようとしなかった。それどころか、鉱山に兵がいるのだと主張し続ける。確かに、兵を鉱山に送ったのだろうと言ったのは自分たちだ。王もそれを認め、開き直って死んでいった。
当の鉱山に兵がいないということは。さらに、それを決して認めようとしないということは。
それよりもっと恐ろしいことをしていたということだろう。
戦争を、していたということだろう。
広場に国民を集め、エイルは声高に叫ぶ。
「王は、戦争をしていた!」
ざわざわとどよめきが広がっていく。隣にいる人と誰もが顔を見合わせる。その場にいる誰もが、突然のことを理解しきれていないようだった。
その様子に、辛そうに顔をしかめながら、さらに続けた。
「鉱山に、兵士はいなかった! そして、鉱山で働いていたものたちが国境へ向かう兵士を見たという! 王は、他国を侵略していたんだ!」
手に枷をはめられた男たちが、国民の前に姿を現した。男たちは王の側近や、軍の重役たちだ。皆一様に顔を青ざめさせている。涙を流し、ぼそぼそと何かを呟き続けている者もいた。
「こいつらと王が、戦争をしていたんだ!」
許すな、と声が上がった。
たちまちそれは広がって、憎しみの叫びが響き渡る。
その声を聴いて、エイルは自分を落ち着かせていた。そうだ、許してはならない。戦争は悪であり、それを生み出したものもまた悪なのだから。これから自分のすることは、正しいことなのだ。王へ下した罰もまた、正しいものだったのだ。
「罪人は、罰を受けなければならない!」
叫ぶと同時に、銃声が響く。
赤く染まった男たちを前に、再び凍える思いをすることはなかった。