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グランツ王国の終焉  作者: アザレア
第一章 グランツ王国
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第二話 反乱の兆し

 民衆が疑問を持ったきっかけは、ほんの些細なことだった。

 〝軍人になる者が異様に多い〟

 長年グランツ王国では、戦争が起こることなく平和な日々が続いていた。豊かな資源に恵まれているにも関わらず隣国に侵略されない。その理由は、この国しか持たない最先端の兵器にある。兵器から吐き出される鉄の塊と、それがもたらす火の海に皆一様に恐怖した。

 しかし、いくら強大な軍事力で国を守っているとはいえ、実際に戦争などおこっていないのだ。ならば、どこかに攻め入ろうとしているのか? いや、その必要はない。鉱山資源に恵まれたグランツ王国は、とても豊かだった。隣国との貿易で利益を上げ、食料も問題なく手に入る。十分に豊かな生活を送れているのだから、わざわざ他国を侵略する意味がない。

 戦争はない。

 それなのに今ではもう、国の若い男はほとんど軍に徴集されている。

 いくらなんでもおかしいのではないかと1人が疑問を唱えたら、王に対する疑念が広がるのにそう時間はかからなかった。

「では、一体これ程の人数に王は何をさせているのか」

「戦争か?」

「いや、この国に攻め入ろうなどと考える国はないだろう」

 ならば、何だ。

 若い力のある男が、集められるその理由は。

「……そうだ、鉱山だ」

 誰かが言った。鉱山で働かされているのだろう、と。王は、軍に入った若者を鉱石の採掘作業に従事させているのだ。

「だが、多くの若者が軍へ入る前も、鉱山からはたくさんの資源が送られてきていた」

 元から鉱山で働く人間がいたということではないのかと、一人の老人が言った。それならば、わざわざ若者を軍に入れると偽って働かせる理由もないだろう。いいや、とまた誰かが言う。

「きっと、前以上の鉱石を採掘しているに違いない。そして、必要以上に取った分を売りさばき、贅沢の限りを尽くしているんだ」

 王は自らの私腹を肥やすために、若者の未来を奪った。愛しい息子は、夫は、父親は、王の勝手の為に遠い地へ追いやられてしまった。

 それに、とまたどこからか声が上がった。

「鉱山からの恩恵が、枯渇したらどうする。王の暴挙により、私たちを守る鉱山の資源が枯れ果ててしまったら。そうしたら、今のような暮らしはできなくなる。それだけじゃない、下手をしたら」

 戦争が、おこるんじゃないか。

 その場が、水を打ったように静まり返った。誰もが、その最悪の状況を想像し、顔を青くする。グランツ王国を守る砦の1つである、巨大な大砲。それは、鉱山からとれる特殊な鉱石で出来ているという。鉱山が枯れ果て、鉱石の採掘が不可能になる。それは大砲が作れなくなるということではないのか。その兵器を失ってしまったら、たちまち隣国が攻め込んでくるのではないか。

「ああ、なんということだ。国の為にと出て行った私の息子は、国を滅ぼす手助けをさせられているのか!」

 顔を覆い、うずくまりながら一人が叫ぶ。お父さんも、お兄ちゃんもそう、あの人だって、とそこかしこから声が上がった。

 国のために働いてくると毅然と出かけて行った彼らの不幸に誰もが憤慨した。

 王を許すな、と声が上がる。たちまち国中に広がった負の感情。誰もが国の為だと立ち上がる。

 国を守るためにも、この王政に終止符を打たねばならない。




「シュタール様!」

 少々乱暴に執務室のドアを開け、慌ただしく中へ入ってきた老人。王の側近として規律を重んじる普段の姿からは、想像し難いその様子にただならぬものを感じたシュタールは言い知れぬ不安を感じた。書類から視線を外し、老人へと向ける。

「なんだ、騒々しい」

 立ち止まり、小さく深呼吸をして落ち着きを取り戻す。シュタールの目をまっすぐに見据えて、老人は重い口を開いた。

「反乱を目論む不届き者が現れました。確かな筋からの情報でございます」

 信じがたい言葉がタウリスの口から紡がれる。彼のきつく握りしめられたその拳から、確かな怒りと困惑を感じ取れた。

 反乱、という言葉ほどこの国に縁遠い言葉はないと思っていた。国民が幸福なこの国で、王である自分に不満を持つ者などいなかった。全く予想していなかった言葉に、シュタールは面食らってしまう。

「一体、何が不満だというんだ」

 全く以て心外であるとでも言いたげに、眉をしかめる。

「国民には、何不自由のない生活をさせている。それこそ、吐き気がするほどの平穏な日常を与えているというのに」

 そのために払われている何より尊い犠牲のことを思う。兵士の血と汗で守り抜かれている日常に、まだ不満があるというのか。平穏な毎日を過ごすうち、それが当たり前だと更なる高みを求める。自分のいる場所が何によって守られているかを知らない、人の強欲さに吐き気がした。

 同時に、この状況を作り出したのが他でもない自分なのだということを思い出した。酷い矛盾に自分が嫌になる。

「国民は、兵士が鉱山で働かされていると思い込んでいるのです」

「何?」

 タウリスから告げられた言葉に、目を見開く。耳に入ったその言葉を噛み砕き、何とか理解しようとした。



 この国は四方を鉱山で囲まれている。鉱山からは鉄を筆頭に金銀銅、その他さまざまな鉱石が採掘できる。数多ある鉱山にどこからともなく人が集まり、その恩恵にあずかっていた。故に、国内から鉱山に働きに出る者はそう多くない。いたとしてもほとんど鉱山地帯から出ない。予想以上に多く徴集しなければなかった兵士の行く先に疑問を持った国民がいたのだろう。そして、誰が働いているか定かではない鉱山に目をつけ、そこへ送られていると考えた。



 国民の疑問ももっともだ。しかし、兵を徴収しないわけにはいかなかった。

 何か、適当な理由をつけておくべきだったかと王は歯噛みした。下手な嘘は、無駄な混乱を生むだけだと多くを語らなかったことが仇となったようだった。

「王。そろそろ潮時なのかもしれません。国民に真実を……」

「ならん!」

 言いかけたタウリスを遮り、声を荒げる。白い肌を怒りで赤く染め上げたシュタールは、強い口調で続ける。

「それだけは、決してしてはならないことだ。タウリス、これまで作り上げてきたもの全てを壊す気か」

「いいえ。そうでは御座いません。しかし、貴方が死すことこそ、最もあってはならぬことです」

「構わない。それで、国の平穏が保たれるのならば喜んでこの命を差し出そう」

「何をおっしゃるのですか!」

「タウリス」

 鋭い双眸が、タウリスを射抜く。それは紛れもない、この国を治める王の目だった。国を守るため恐ろしい程の血をその身に浴びた者の目。押し黙ったタウリス。シュタールもそれ以上何も言おうとはしなかった。

 沈黙が部屋を満たす。

 それを破ったのは、タウリスの方だった。

「まずは、反乱の中心となりそうな人物を探し出します。事が大きくなる前に対処しなくてはなりません」

 ゆっくりと噛みしめるように言ったタウリスは、踵を返し足早に部屋を出ようと足を進める。

「殺すなよ、タウリス。民は守らなければならない」

「仰せのままに、シュタール王」


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