第一話 兵士の手記
11月15日
国からの連絡が途絶えてから、今日で10日たつ。いつもなら期日ぴったりに物資が届くのだが、補給部隊に何かあったのだろうか。城下町から鉱山区を通ってくるだけの道のりだ。予想し得る不測の事態は、山賊に襲われることくらい。しかしただの山賊に、武装した兵士が負けるとも思えない。まだ倉庫に食料は大量にあるが、銃弾の消耗が思ったよりも激しい。早々に補給しなければならない。砲弾はまだ余裕があるのが不幸中の幸いか。我が軍が優位を保っていられるのはこれのおかげと言っても過言ではないのだから、砲弾がなくなるのは死活問題だ。国に侵入しようとする全て吹き飛ばす。我々の国だけが持つ、特別な力。古臭い装飾の付いた剣を振り回している奴らとは格が違うのだ。
補給部隊の一刻も早い到着を待つ。
11月22日
遂に、砲弾が尽きた。
補給部隊はまだ来ない。その場しのぎに武器庫の隅で埃をかぶっていた剣を片手に戦うことにしたが、全くと言っていいほど歯が立たない。大砲と銃とで戦うことに慣れてしまった自分たちが、奴らに敵うはずがなかったのだ。
今日は、2人死んだ。
1人は黒い闇の中に飲み込まれて消えた。あっという間のことで、しばらくはそいつが死んだということを認識できなかった。
もう1人は、黒い獣に喰われて死んだ。戦友の頭が、胴体から離れる瞬間、俺はどうすることもできなかった。戦友の転がり落ちた頭を喰う黒い獣に、立ち向かうこともできずに、その場に立ち尽くしていた。鼻を突いた鉄の臭い。ぎょろりと覗いていた戦友の眼球が黒い闇の中に飲み込まれたその瞬間、俺ははじかれたようにその場から離れようと必死に足を動かした。突然黒い獣は踵を返して隣国の領地へと飛び去った。自分は、助かったのだ。そう脳が認識した途端、体から力が抜けた。今日は、もう休もう。このまま戦い続けるのは不可能だ。
補給部隊はまだなのか。
11月29日
食料が尽きた。
森で食べ物を探し何とか飢えをしのぐが、このような状態では、いつまで持つかわからない。すぐ隣にまで、死が迫ってきている。喉の奥からせり上がってくるような吐き気をこらえて、無理矢理にまずい果実を喉の奥に押し込んだ。
今日は、7人死んだ。敵軍に敗れ、死んだのが5人。2人は、最後の食料を奪い合い、殺し合いをして、死んだ。
何とも呆気なかった。
片方の突き出した細い木の枝が、もう片方の腹を貫いた。その瞬間に広がった今はもう嗅ぎなれた臭い。食料を手に入れた方が、それを鬼のような形相で貪っている背中に、死にかけのもう片方がナイフを突き刺した。
それで、2人死んだ。
俺たちは一体、いつまでこんなことを続けなければならないのか。俺たちを導いてくださる偉大な王は、どうしているのだろうか。誰よりも、国のことを考え、国を守ろうと尽力していた王は。
俺たちが、こんなところで負けるわけにはいかない。
負けるわけには、いかないんだ。
12月5日
今日は、6人死んだ。これでもう、この辺りに残っているのは俺だけだ。本当なら、もっとたくさんの兵士がいたはず。恐らくは、俺の知らないところでたくさん死んだのだろう。もうだめだ。物資が届くようすもない。おれたちは国から見放されたのだ。傍らに申し訳程度に錆びた剣をたずさえる。
おれたちは、門番だったはずなのに。
国のために、国民のために、家族のために、戦っていた門番だったのに、みんなみんなしんでしまった。
絶対的な凶器を失ったおれたちは、やつらの使う妙な黒い獣の形をした兵器によって全滅の危機にさらされているのだ。
おれはいま、これを、食料庫のなかでかいている。いつか、誰かがこれを見つけて、じぶんたちもんばんがどれほど立派に戦いぬいたか後世につたわればそれでいい。そとからきこえるばくはつおん。やつらは、ほのおをつかうのだ。やつらにいつみつかるともわからない。もしかしたら、いっしゅんあとにはおれはしんでしまっているかもしれない。はいってきた。やつらだ。おおかみのからだ。とらのつめ。からすのはね。くろ。くろ。くろ。くろ。もうおわりだ。くにをうらむ。くにのたみをうらむ。なぜ、なぜ。しにたくないしにたくない、でもにげら
【グランツ王国軍兵士の手記より】