決意の日
ソニアが目覚めたと聞き、私とクリステル様は彼女の部屋を訪れた。
私たちの姿を見たソニアは微笑み、無事であったことを喜んで抱き着いてきた。
ピアを失ったソニアの、憂いを含んだ姿。彼女はピアの死を乗り越え、立ち上がろうとしているように見えた。決意の色は瞳にまざまざと感じられた。
ソニアを見た私たちの方が、かえって瞳に頼りなげな色を浮かべている。こんなにも凛然とした姿は想像していなかったのだ。
「ソニア、ピアのこと――」
クリステル様が切り出すと、ソニアの体が少しだけ脱力した。けれどすぐに笑顔を取り戻し、目元に浮かんだ涙を指で拭った。
「ピアちゃんは最後に幸せだったと言っていました。私もちゃんと挨拶を済ませたんです。ちゃんと・・・・・・私はまだ戦わなくちゃ、やらなければいけないことができたから」
健気に言ったソニアを見て、クリステル様は頬を歪ませる。
クリステル様はソニアに言わなければならない。大切な人を失って尚、これから先も恐怖と苦痛が待ち受ける道を共に歩もうと。残酷な命令は胸を掻きむしるほど辛い。ここにきて、告げることを躊躇っているようだった。
そんな彼女の胸の内を察してか、ソニアは強い瞳で訴えかけた。
「だから奪わないでください、クリステル様。私に命じてください。どうか、お願いします」
片膝をついてそう述べたソニアは、人懐こい視線をクリステル様に送り、やがてゆっくりと頭を下げた。
身に染みる光景だった。
深い絶望は憤怒に変わることがある。しかし、ソニアは違う。己の胸に染み付いた執拗を光に変え、真っすぐであろうとするその姿。強い人だ、そう思った。
クリステル様はきゅっと唇を結び、手をそっと差し出した。
「ソニア、これからも私たちと共に」
「はい、我が力は御身のために」
か細いクリステル様の指に、ソニアはそっと口づけをする。
「さあ、立って」
「はい」
二人は互いに手を取り合って立つと、もう一度だけ硬く抱きしめ合った。
クリステル様の肩が揺れ、嗚咽が聞こえ始めた。
「ごめんねソニア、ごめんなさい」
「泣かないでクリステル様」
そうした言葉を交わし、二人は涙を流した。
すっとソニアの手が伸びて私の来ていた服の裾を掴む。そのまま二人の中に引っ張り込まれた。
クリステル様が窓辺に腰かけていたルリに手招きする。すっと床に降り立ったルリは、招かれるままに抱擁の中に飛び込んだ。
私たちは四人で抱きしめ合い、それぞれの体温が混ざり合う。この温かさを忘れてはならない、そう胸に刻み込む。
私は一人ではない。護らなければならない者達がこんなにいる。
皆の――クリステル様の笑顔が見たいから。私はこの先も進むのだ。そのような自らの意志の強さを確かめた。
「よく聞いてください」
クリステル様は深い息を吐いて言った。
「これ以上の犠牲は許しません。皆に命じます、必ず生き抜いて下さい。死ぬことは禁じます」
「「「クリステル様もです(だよ)」」」
私たちの声が揃う。あまりにぴったりと言葉が重なった。驚いたクリステル様はふっと小さく微笑んだ。
「もちろん私もです。誰一人欠けることなく、ヴェルガを取り戻しましょう」
クリステル様の腕にしがみつく。
絶対に護りきる。この方を死なせたりするものか。
「この国に長居はできません。今日にでも出発します、向かう先はヴェルガ。終わりにしましょう、全てを」
クリステル様は言った。
出立前に状況の整理を、そう言いだしたのはルリだった。
ルリは桜花に戻ってから、私たちと合流するまでの全てを話した。
モノノケの王である天姫様は可能な限り手助けしてくれるらしい。天姫様はその力で私たちがアーバン国へ来ることを予知し、ルリを派遣してくれたようだった。
「天姫様の力を私はよく知らないのだが、いったいどのような――」
「それは秘密みたいだよ、あたしにも教えてくれない」
「ルリは天姫様を説き伏せたと言ったが、どう交渉したのだ? とても信じられな――」
「それも秘密、うまくやったから心配ないよ」
教えてくれたのは結果だけで、過程はどのようなものかわからなかった。ともあれルリがいるのであれば心強い。それに、心配していた桜花からの追手もないとわかれば一安心だ。
「で、アヤメちゃんの装備も持ってきた」
ルリは若草色の風呂敷をぽんぽんと叩いた。
「着物が入ってるから、後で着替えてね」
「刀はあるか?」
「ごめん、持ってきてない。折れちゃったんだよね」
「ああ。仕方ない、後で剣を借りるとしよう」
刀である方が望ましいが、今後どうとでもなるだろう。
ルリはクリステル様とソニアに目を向けた。
「というわけで、桜花軍の一番偉い人がわかってくれました。だから、あたしはクリステルさん達の味方だよ。これからは一蓮托生ってことでよろしくね」
白い歯を覗かせて笑うルリ。
ここに来て桜花から力を得られるとは僥倖ぎょうこうであった。
クリステル様は桜花の礼儀に倣って頭を下げ、「はい、よろしくお願いしますねルリさん」とやんわりと微笑みながら言った。一瞬だけ沈鬱な表情を宿したのを私もルリも見逃さなかった。
味方を得て嬉しい気持ちと同時に、それを失う恐怖がよぎったのだろう。
「大丈夫だよ、あたし死なないよ。あと、もう一つだけ」
ルリはやや語気を強めた。
「アヤメちゃんとクリステルさん、あの村で死にかけたはずだよね? でも、こうして生きてる。それはアヤメちゃんの力のおかげなの」
シュタインの部隊に囲まれたことを思い出す。あの時は必死ずぎて、自分でも何をしたのか覚えていなかった。
「あたしたち桜花軍はモノノケって神様の力を宿している者が多くいる。アヤメちゃんは猫、あたしは植物、普段この力は体の奥に眠っているけど、力を解くこともできる。それが解放。
けどそれは少なからず代償が伴う。解放すればその後、何かしらの反動が起こるはず。あたしの場合は、力がだだ漏れになって周りの植物を元気にしちゃうんだけど」
ルリがソニアに目配せする。
「あ、あのリンゴ」
「そう、あれが解放の代償」
「いいことじゃない? リンゴおいしかったし」
「そう単純じゃないよ――解放は、その段階が強ければ強いほど反動も大きくなる。死にかけたアヤメちゃんは、第二段階の解放をしたはず。離れていたあたしでも邪気を感じたから、間違いないと思う。
クリステルさんが生きているのは、アヤメちゃんが力を使ったからなんだ。人を死から救うほどの力。なら、その反動は? アヤメちゃん、体になにか変化はなかった?」
私が押し黙って俯くと、クリステル様が手を握ってくれた。
「終わりました、そのはずです」
ルリは深くは追求せず、頷きを返した。
「特に体に問題がなければいいんだよ、でもね・・・・・・第二段階の解放はもうしないで。モノノケそのものへの転身を続ければ、人であることを忘れてしまう」
ルリの警告が身に染みる。
シュタインの部隊を蹂躙した際の記憶が、眠りに落ちた際に蘇ることがある。巨大な化け猫に変身した私は、ただ目に映る全ての人間を薙ぎ払った。
制御できない力を振るい、もしも大切な人を巻き込んでしまったら。そう思うと恐ろしくて震える。
「アヤメちゃんを止められるのはクリステルさんだけだから、しっかり監視してね」
「はい、そのつもりです」
クリステル様は微笑みながら言ってくれた。
「私も話しておきたいことがあるんだ」
ルリが話し終えた後、これまで静かに耳を傾けていただけのソニアが言った。
ソニアはアリスと対峙して敗れたこと、そして再び戦わなければならないことを語った。ピアはアリスにより命を奪われたらしい。しかし、ソニアは復讐心からアリスに挑もうとしているわけではないと言った。
「憎いかと言われればもちろん憎いよ」
ここにきて虚偽を述べることは憚られたのだろう、正直にそう言った。
「光の使徒エルレンディア、それが魔女の正体。エルフリーデとアリスはその力を宿している。私にもエルダールって光の魂が宿ってるの。同じ光を持つ種族同士ならいい勝負ができると思ったんだけど、そうもいかなくて。勝てなかった」
切々と語るソニアは悔し気に眉を顰める。
「戦ってみてわかった。アリスは光とはどこか違った、闇の力が強かった気がする。私も知らない力が宿ってた。あの力は戦争とかそういうんじゃなくて、もっと酷いことを引き起こす気がするの――エルフの私はそれを止めなきゃ。アリスとはまた戦うことになると思う、だから準備しないと。対等に戦える力をつけなくちゃいけないんだ。そのために行きたいところがある」
「行きたいところとは?」
「アルダの森です。場所はファルクスの剣が教えてくれます」
「そこへは私たちも共に行けますか?」
クリステル様の問いにソニアは首を振る。
「古のエルフの森です、私以外は入れない。どうしてもそこへ行きたいんです」
「ソニア」
「・・・・・・クリステル様、私が戻るまでここに滞在することは可能ですか?」
クリステル様は首を振る。
「ここには長くいすぎたくらいです。シュタインの死は既にエルフリーデの耳に入っているでしょう。早くここを出なければ、フィオ王女にも迷惑が掛かります。それになにより、ヴェルガで戦っている仲間が心配なのです」
ソニアはふっと視線を逸らしたが、すぐにキッと決意した表情で言った。
「別行動の許可をいただけませんか。必ず強くなり、あなたの元へ戻りますから」
ソニアの言葉に驚きよりも軽い憤りを覚えた。
「何を言っているんだソニア。これからヴェルガへ戻るというのに、あなたを欠くわけには――」
「うん、でもクリステル様を護るためには強くならないと。そのために」
クリステル様がそっと私を制した。
「わかりました。約束は忘れないでくださいね、必ず無事に戻って下さい」
ルリも歩みでる。
「絶対にお姉ちゃんたちは護るから、ソニアさんは安心して行っといで」
クリステル様は微笑む。
「皆には感謝しきれません――私にも力があれば」
言葉にどこか無念と歯がゆさがこもっていた。




