アリスとアウレリア 2
こちらは表現を規制させていただいております。
【ノクターンノベルズ】の「皇女の猫【解放版】」に完全な形で掲載しておりますので、そちらをご覧ください。
深夜。曇天の空が黒く濁り、夜空に光る星々を覆っていた。
灯が消された部屋で、アリスは何をするでもなく過ごしていた。窓辺に腰かけ、一点をじっと見つめているのみである。
何の感情もなかった。ただ時間だけが油のようにゆっくりと流れ、闇の中に埋もれていくような気分だった。
コンコン、と遠慮がちに扉をノックされる。聞き違いかと思われるほど小さな音。アリスは目を向けもしなかった。
「入りますわよ」
キイ、と音が鳴って扉が開く。時計の秒針以外の音が部屋に入り込んでくる。
「アリス、戻りましたのね」
未だアリスは一点を見つめたままである。
アリスは半ば呆れていた。殺されかけても、ピアを殺したことを聞いても、まだ歩み寄ろうとするアウレリア。バイズで吹き飛ばしてやろうかとも思えたが、あまりに愚かな行動を前にそんな気も失せてしまった。
むしろアウレリアの若い純真さに、心を動かされつつあった。だが、同時にマリアを裏切っているような気がしてならない。アリスは懊悩し続ける。
「おかえりなさい、心配していましたのよ」
温みある言葉である。
アウレリアは若き熱情の全てをもって愛を示していた。
本来、愛とは少なからず相手への憧憬や畏敬が含まれるものであるが、アウレリアの心にはそれらが交わらなかった。
アリスへ向けるのは人を護らんとする際に育まれる感情、無償の愛。その一心である。
「バカ」
アリスの言葉を聞いたアウレリアは押し黙る。
「聞いてたでしょ」
「・・・・・・ええ」
「なに考えてんの」
アリスは意識をアウレリアに向ける。
すると、先刻までアウレリアがどうしていたのか。光景が浮かんできた。
『ごめんなさいピア』
アウレリアの頬をいくつも涙が零れ、顎の先端から落ちていく。アウレリアの他者へ向ける愛の欠片が、温もりが、失われていくようで、その悲しみにくれる小さな背中が痛ましかった。とても見ていられない。
「消えなさい」
「・・・・・・いいえ」
「このバ――っ!?」
アウレリアはアリスをそっと抱きしめた。
「わたくし、あなたが苦しんでいるのがわかりますわ。だから」
温かい肌の感触。暗い部屋ではやけに鮮明であった。
「・・・・・・あなたが闇に呑まれるならば、わたくしも一緒に呑まれます。地獄へ落ちるならわたくしも一緒にそこへ。アリスがどんな目に遭っても、どんな罰を受けるとしても、ずっと一緒にいますわ」
忘れかけていたアウレリアの香りが鼻腔を突いた。
ぴとっとつけられた頬が湿っていた。どうやら泣いているようである。
「・・・・・・そんなに苦しいなら、一緒にいる必要なんてないでしょ」
ふるふると首を動かし、抱きしめる手に力がこもる。
「一緒にいますわ」
「また痛いことや恐いことされるわよ?」
「かまいませんわ。わたくしは皇女です。大切な人を導く、そう生きていくと決めたのですから。アリスが何をしようと、絶対に見捨てません」
「バカね。いいえ、バカなんてもんじゃないわ。大バカよ」
何が起きたのか、アリスの頬を涙がつたい落ちた。
自らの行いを悔いたためか、アウレリアの言葉が温かかったためなのか、もうわからなかった。
お嬢様、とマリアの声が聞こえた気がした。
そういえばアウレリアはマリアと似ているところもある。払っても払っても図々しく近寄ってくるところなんて特に。
「アリス」
アウレリアはハンカチでアリスの目元を拭ってやった。
アリスがその手を取り、そのままベッドへ押し倒す。
ギシっとベッドに弾んだ二人。柔らかいシーツと肌の温もりと優しい香り、これまで個々の存在であったものが混じり合う。全てが混ざって溶け合い、アリスとアウレリアだけの空間が生まれている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
アリスの翡翠色の瞳と、アウレリアの紺碧の瞳が重なる。
アウレリアの瞳には恐れも動揺もなかった。純粋な思いで、まじまじとアリスの瞳を見上げていた。
「私のこと好きなんでしょ? なら、あんたは私を助けてくれる?」
アリスは左手をベッドについて、右手でアウレリアの纏っていたナイトドレスをたくし上げ、手を中へ侵入させる。白い手が太ももから這いあがり、お腹をなぞって胸まで届いた。
「ねえ、あんたは私が間違ってるって言ってたわね。なら、教えて。私はどうすればよかったの?」
アウレリアは胸に伸びたアリスの手を掴む。
垂れ下がっていたアリスの髪を手ですくい、露わになった頬に触れる。
「わたくしはあなたを赦しますわ」
前髪でやや隠れたアウレリアの紺碧の瞳は力強く、蕾のような唇から洩れた言葉は温かかった。
「あなたが自分を赦せない時、世界があなたを赦さない時、どんな時もわたくしはあなたを赦します。わたくしだけはあなたの味方になりたい」
アリスは美しいアウレリアに引き寄せられるように唇を重ねた。
バチっと、アリスは雷に打たれたような衝撃を覚える。
体の奥にある何かが弾けた。血は激流のごとく体内を巡り、心音はかつてないほどにうるさくなる。
そのキスはこれまでとは一線を画すもの。
互いの愛情が、初めて交わったものであった。
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こちらは表現を規制させていただいております。
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「大丈夫だった?」
アウレリアは頷き、アリスの胸に顔を埋める。
「闇のエルレンディアと寝るなんて、あんたもお終いね」
アリスは頭を撫でてやる。
「いいんです。もう決めたんですもの」
「若いわね」
「これからは一緒にいますからね、あなたが悪いことをしないようにずっと見張りますからね」
「好きにしなさい」
そう言ったアリスは少しだけ咳き込んだ。
「アリス?」
「平気よ、っが、げほげほっ」
アウレリアが不安な眼差しを送る。
「前から気になっていましたけど、まさかわたくしといることでアリスが苦しんでいるなんてことはありませんよね?」
――本当にするどい子ね。それとも私が顔に出やすいのかしら
アリスはやや自嘲気味に笑う。
「そんなわけないでしょ、これは持病よ。一緒にいなさい・・・・・・アウレリアは私のだもの」
「あ、今――名前」
「アウレリア」
アウレリアは無言のまま迫り、アリスの唇にキスをした。
メリークリスマスなアリスとアウレリアでした。
本来ならアヤメとクリステルの話を書くべきだったかも・・・
来年辺りに百合っとの方で書こうと思います。
ともあれやっとアリスがデレました。長かった。
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