メルリス達
皇帝の間を後にし、自室へ戻る途中で曲がり角から細くて長い足がぬっと現れた。軽やかな足取りの主は、メルリス騎士団の正装であるコルセットとプリーツスカートを纏っていた。胸元のリボンを取り外して着崩しているので、大きな胸が余計に主張している。
「おっと、あぶね」
切れ長の瞳の中を驚きの光りが走った。
「おう、アリスじゃん。戻ったんだな」
「レキか」
「相変わらずしけた面してんなお前」
栗色の長髪をぼさぼさとかき上げながら言う。
レキ。彼女もまた、特別な力を宿した者。
「戻ったんならお姫様の面倒あんたが見てくれよ。あたしはもうごめんだね」
「――エルフリーデに聞かなかった? 私はアウレリアの護衛の任は解かれてるの」
「いやー、そこを何とか頼むわ。ってかぜってえアリスの方が適任だって。あのお姫様、毎日あんたがどこにいるかとか何をしているんだとか千本ノックみたいに聞いてくんだぜ?」
「・・・・・・そう」
俯いて言うアリスに、レキは高い身長を少し屈ませた。
「なんだ? なんかあったのか?」
「色々ね。悪いけど、アウレリアと話す気分じゃないのよ。これからも引き続きお願いね」
アリスが去ろうとすると、レキは物調面で腕組をする。
「っか、素直じゃねえな」
アリスの眉間にぴくりとしたものが走る。
「アリスだってお姫様のこと好きなんだろ? なら側にいてやればいいじゃねえかよ」
「私が? 馬鹿を言わないでよ」
「馬鹿はどっちだよ、エルレンディアやエルフじゃなくたって心が読めら」
「――喧嘩売ってる?」
「お? そう聞こえたかい」
レキが握りしめた拳は赤く光り、そこから炎が生まれた。張り詰めてひんやりと漂う空気をよそに、その拳は小さな太陽の如く炎を漲らせる。
「持て余してたんだよ、ここんとこさ。いっちょやらねえか?」
アリスは裂帛の気迫を宿し、振り返る。内心とは裏腹に、その表情は氷よりも冷たかった。
「今は気分が悪いの、殺されたいならかかってきなさい」
「おもしれぇ、得意のバイズで炎を出してみろよ。あたしとどっちが熱いか勝負しようぜ」
「手加減できないわよ?」
「いいぜアリス、今のあんた。ソニアのバカがいなくなってから遊ぶ相手がいなくてさ、退屈してたんだ――っておい?」
ソニアの名前を出した途端、アリスの表情はみるみる翳っていく。空間を歪ませるほどのバイズも今はなりを潜めてしまっていた。
「どうしたおい、ほらこいよ。やろうぜ?」
「興が削がれた、もういいわ」
「はあ!? んだよそれ、期待を裏切んなよ」
「そもそも、私たちは決闘禁止でしょ」
「・・・・・・あ~あ、もういいわ」
レキは炎を収め、つまらなそうに頭を掻く。
「アリス、なんかあったのかよ。いつものあんたらしくねえよ」
「別に」
「冷てえな、相談くらい乗ってやろうと思ったのに。なんでソニアの話したら急に冷めたんだよ?」
「――ソニアと戦ったわ」
「は? マジで?」
「マジよ」
「お前の圧勝だろ?」
「ええ」
「殺したのか?」
「いいえ、私が殺したのは。殺してしまったのは――ソニアに懐いていた小さな女の子の方」
「・・・・・・おいおい、ヘビーなことしてんなてめえ。ピアを、あんな小さいガキ殺したってのかよ」
レキの目は怒りを孕んでいたが、アリスのどうしようもないほど悲しい表情を見ていくらか勢いを収めた。
「お前は急にキレて殺すこともあるけどよ、そんなことする奴じゃなかっただろ」
「・・・・・・あんな小さな子を殺してしまうなんて。私――」
言葉を止めたアリスとレキは同時に瞳を凝らし見た。
通路の奥で人の気配がしたのである。
相手は呼吸を完全に殺しているつもりだったのであろうが、二人のメルリスの感覚に見破られていた。
通路の奥を睨み見ているアリスとは違い、レキはふっと体の線を緩ませた。
「聞かれたな、お姫様だぜ」
「ええ」
アリスの耳には小走りで消え去る足音が届いていた。その足取りはがくがくと小刻みに震えているようである。
「聞かれたわね」
アリスは言った。




