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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
展開篇
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アリス 5

現在のアリスが当時を振り返ります。

なのでこれまでの『アリス』とは文章の書き方を変えてあります。

 私は小さい頃から幽霊が見える。

 

 暮らしていた屋敷の庭へ出れば、彼らは当たり前のように景色に馴染んでいた。

 こんにちは、と挨拶すれば彼らも私に気づいてたくさんの話を聞かせてくれた。幼い私には彼らの知識全てが特別な光と映った。


 つい夢中になって話しすぎて、使用人の目を引いてしまった。

 その話はすぐにお父様とお母さまへ伝わった。

 

 貴族は支配者としての威厳を大切にする。また、自らを高貴な存在として飾り立てることに執心する。もし私が屋敷の外へ出れば周囲の人たちは、妙な行動を起こす私を疎ましく思うだろう。同じ年の友達は私を気味悪がり、両親たちも自分の子供を私に近づけなくなるに違いない。


 お父様とお母さまはそう考えた。


 幽霊が見えるのは私にとってはごく自然なことだったけど、世の中から見れば異常なことで。だからお父様とお母さまは、私を屋敷から出ないようにした。


『どうしてお母さま? 私どこもおかしくないよ』


『ごめんねフェリシア、あなたは病気かもしれないの。しばらくお家でお勉強したり、遊んだりしましょう』


『病気なんかじゃないよ。私嫌だよ、学校行きたい。お友達を作って、一緒に遊びたいよ』


 七歳になった私は学校に行くことを心待ちにしていたのだ。

 友達を作って、たくさん勉強をしてみたかった。


『それは無理なの、しばらく私と一緒に――』


『――私もうあの人たちと話さないよ、だから・・・・・・ね、私もみんなと遊びたい』


『ごめんねフェリシア、ごめんね』


 お母さまは寂しそうな笑顔を浮かべ、私の髪を撫でた。

 優しいお母さまがそう言うと、とても困る。お母さまを困らせたいわけではなかったから。

 今でこそお父様とお母さまの対応は普通であったし、仕方のなかったことだと思う。


 でも当時の私は――



屋敷に閉じ込められてから随分と時間が経った。


外に出ていないから、彼らを見る機会が減った。


しばらく目にしていないから、ひょっとしたら見えなくなったのかもと思った。


しかし、自室の窓から遠くを見れば、今でもちゃんと彼らが見えてしまう。ため息をついていると、何人かの男の子たちが門のところに集まっているのが見えた。

 

 年は私と同じくらい、私が行くはずだった貴族学校の制服を着ていた。

 遊びに来てくれたのかな、嬉しくなった私は窓に張り付いてみんなの表情を覗き込んだ。私の方を指さして、ケラケラと笑うとそのまま行ってしまった。

 

 悲しみよりも、羨ましいと思った。皆はおうちの外に出られて、どこへだって行けるんだ。いいなぁ、私も鬼ごっこやかくれんぼがしたい。そう思ったのを今でも覚えている。


このままずっと治らなかったらどうなるんだろう。

これから先、途方もない時間が待ち構えているように思えた。

先の見えない未来は茫漠たる時間の迷宮そのものだ。


恐くなった。一人で不安を抱えることが恐ろしくてたまらない。


お父様に抱きしめてもらいたかった。

国に身を捧げた父は一度家を空けると半年は戻らないことが常であった。


春の夜は冷たい。冬の亡霊のような冷気がいまだに部屋の隅からこちらを見ている。


暗い部屋。とても一人では眠れなかったから、お母様を探した。


廊下の先では僅かにひらかれた扉から薄明かりが漏れていた。

そっと中を覗くと、机で項垂れている母がいた。


 いつの日からか、お母さまはお酒を飲むようになった。


『フェリシア、私の可愛いフェリシア。どうしてあなただけ』


 お母さまは変わり始めた。

 どこかぼぅっとしていて、話しかけても返事が返ってこない時があった。寂しそうな背中をして、部屋を出て行くとき、ふと振り返って虚ろな目で微笑んだ。


『違う、違うの・・・・・・こんなの違うよ。私はただ、普通に暮らしていたいだけなのに』


 この広い屋敷で私は孤独なのだ。

そう思うと気がふれそうになる。けれど、私よりも心を痛めた母を見ると、正気に戻る。

その繰り返しで、確実に私の心は蝕まれていった。


 お父様がようやく戻ってきてくれたのはそんな時だった。


 私もお母さまも、お父様に縋ってわんわん泣いた。お父様は戻れずにすまなかった、と言って私たちを抱きしめてくれた。

 それから、ほんの僅かな間だったけど私たち家族はとても幸せだった。このまま家族三人で暮らせれば何もいらない。外に出たいなんて我儘を言わないから、どうかこのまま過ごせるようにと切に願った。

けれど、しばらくしてまたお父様に召集令状が届いた。軍の高官であるお父様は、私たちを置いて戦地へ向かうしかなかった。


 私たち家族の間を、再び冷たいものが流れ始めた。

 お母さまの落胆は酷く、時には突然泣き崩れることもあった。

 お母さまを追い詰めた一端を私も背負っていた。側にいてくれたけど、私に戸惑い疲れ果てているのは目に見えて分かった。


 私は・・・・・・もうどうにでもなれ、と自棄を起こしていた。


 そんなある日のことだった。


『フェリシア、ちょっといいかい?』


『はい、お父様』


 お父様に呼ばれて部屋に行くと、見慣れないメイドが立っていた。


『今日から住み込みで、お前のお世話をする人だ』


『え?』


 私を見てにこりと微笑み、


『初めましてお嬢様、今日からお世話をさせていただきますマリアと申します』


 年は私より少し上くらい。後で聞いたら十二歳と言ったから、驚いたのを覚えている。とても大人びて見えたし。そもそも十二歳の子がメイドになるなんて。

 飛び級で大人が通うような学校も卒業したらしい。絵にかいたような秀才なのに、なによりも綺麗だった。

 

 綺麗な人、と呆けていたけれどあまり面白い気はしなかった。

 私はツンとそっぽを向いて頭だけ下げた。


 マリアへの嫉妬もあったけれど。お父様に腹を立てた。お母さまがあんな状態だから、人を雇ったんだ。それが悔しかった。お父様がいてくれれば、何もかもうまくいくのに。

 自室へ戻ると、マリアはにこにこしながら後をついてきた。


『なに?』


『お嬢様のお世話を仰せつかっておりますので』


 余裕の笑顔を見ると神経がささくれ立つ。なんなのこいつ、なんて思った。

 向こうがそうなら、私だって優雅に言ってやろうと思った。


『適当でいいよ、私は何も言わないから。マリアもその方が楽でしょ?』 


 嫌味たらしく言ったけど、マリアは笑顔だった。


『そうもいきません。さあ、お勉強の時間ですよ』


 勉強なんてぜんぜんわからない。ずっと家で悶々とする日々を過ごしていただけだった。

学業など、どうでも良いと思っていた自分に怒りが沸いた。

マリアに教養のないお嬢様、と思われるのはたまらなく嫌だった。


私が頬を膨らませていると、


『よし、では外で鬼ごっこでもしましょうか』


 驚いてマリアを見た。


『どうかされましたかお嬢様?』


『だって、勉強の時間て』


『あら、体を動かすのも立派なお勉強ですわ。さあ参りましょう』


 差し出された手を、私は弾いた。


『そんなのしない』


『あ、かくれんぼの方が――』


『しない! 出てって!』


 マリアをぐいぐい押しやって外に出し、扉を乱暴に閉めた。

 溢れる涙を見られたくなかった。

 あれほどやってみたかった鬼ごっこやかくれんぼ。せっかく差し出されたのに、悔しくてたまらなかった。私が遊びたいことを誰から聞いたんだろう。大切にしまい込んでいた箱を、勝手に開けられたような気がした。そんなことで懐柔されるものか――なんて、ひねくれた考えを持っていた。


 ベッドに力なく座り、泣き続けた。止まらない涙が鬱陶しくて、力任せに擦っていたら目が真っ赤に腫れた。

 それから夕食の時も、入浴の時もマリアと一緒。イライラする。何にイラつくかって、マリアに気まずさを感じている私自身。


 初めての出会いは最低だったと今でも思う。その後も怒鳴ったり、触れようとした手に噛みついたりした。酷いことをたくさんしたけど、マリアは次の日になればケロッとしている。なんなのこいつ、とまた思ったけれど、最初の時とは違った。


 お母さまとはどこか接し方が違う。礼儀正しいけど、腫物扱いをしているわけではない。彼女に少しずつ興味がわいた。


『ねえ』


『はい?』


 今日も図々しく私の部屋にやってきて、頼んでもいないのに算術の教養を始めたマリアに冷めた瞳で問いかける。


『マリアって色々勝手に勉強を始めるけど、音楽の授業はないの?』


『音楽ですか? あれは、え~と・・・・・・まあ、いいじゃないですか』


 目をあたふたさせて、珍しく動揺していたから天邪鬼の心に火がついた。


『教えてよ音楽、そうしてくれたらちゃんと勉強するわ』


『音楽、う~ん困りましたね』


『何が困るの?』


『――笑わないでくださいね?』


 すぅっと息を吸い込んだマリアは歌を歌った。

 ボエ~、という声で音階もめちゃくちゃ。歌と呼べるようなものではなかったわけだけど。


『音痴なんです私・・・・・・だから音楽は他の方に』


 きょとんとしていた私は、押し寄せるものを我慢できなかった。


『っぷ、うくく、くく』


 これまでマリアには笑顔を見せまいとしてきたけど、この不意打ちは反則だった。優秀なメイドの意外な弱点。笑ってはならないと思うほどツボを刺激される。


『っく、あはは、あはははは』


 こらえきれずにお腹を抱えて笑うと、マリアも一緒に笑った。


『お嬢様が笑ってくれました』


『だってそれはマリアのせいだわ、今の声』


『私の歌は特別です、お嬢様を笑わせることができたのですから。笑顔の方が素敵ですよ』


『な、なに言ってんの』


 きっかけ、があるとすればこの日だったのだろう。

 私はマリアと向き合うことにした。


 マリアは色々なことを教えてくれた。子供たちがどういうことをして遊んでいるのか、流行りの玩具が何であるのか、空はなぜ青いのか、星はどうして輝くのか。本当に色々なことを教えてくれた。


『マリアは私のこと恐くないの?』


『恐い? どうしてです』


『私幽霊が見えるのよ、こんなのおかしいでしょ』


『ちっとも恐くありませんよ。お嬢様は他の人にない才能をお持ちなのです、それってとても素敵なことですよ』


 マリアは私を抱きしめて言った。


『でも、なにもできない。お母さまにも酷いこと言っちゃった』


『お嬢様は奥様がお嫌いですか?』


『・・・・・・そんなことないもん』


『それならば奥様もわかってくださっているはず。けどその気持ちは、きちんと言葉にしなければ伝わりませんよ』


 そう言ってくれた。

 

 今だからこそわかる。幽霊が見えていたのはエルレンディアの魂が体に宿っていたから。

 エルレンディアはバイズという特異な力を使う。大気にある神の力の名残、或いは力と知識を持つ賢者が死して精霊となった力の残滓を利用する。そうしたものが見えていたのだ。

 



マリアと過ごした五年間は決して忘れない。

その後、あんなことがあって、あなたを失って。

 ねえマリア、色々なことがあったけど、私は強くなったのよ。

 ヴァーミリオンの石があれば、あなたをもう一度現世に具現化することもできる。そのために私はこれまで生きてきた。だから失敗するわけにはいかないの。


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