光のエルフ
ピアちゃん
ピアちゃん
ソニアは夢の中で泣いていた。
そこは鬱蒼と茂った森の中で、月の光も差さない。暗闇の中、膝を抱えて悲しげな嗚咽を繰り返した。
「ごめんね、ごめんねピアちゃん」
涙は尽きることがなかった。夢の中だから、疲れて眠り果てるということもできない。
生きる気力を失いかけていた。このままずっとこうしていれば、いつかは死ねる気がする。そうすればピアに会えるかもしれない。
それだけがソニアの希望であった。
「もういいよ、このまま死ねたら――」
そう囁いた時、突然視界が開けた。
「眩しっ」
黄金の光が周囲一帯を照らし、目を開けることも敵わなくなった。わけもわからず手で目を覆い、震える足で立ち上がった。
愚か者
声が聞こえた。
「誰? どこにいるの?」
私が誰かを、そなたは知っているはず
温かな風が頬を撫でた。
目を焼くような光が少しだけ弱まり、次いで緑の香りが鼻をついた。
暗い森は跡形もなく消え去っていた。そこは黄金色の草が大地を覆った平原で、黄昏か黎明かの陽が空に高く登ろうとしていた。流れる雲の下腹までも黄金色である。
ソニアの赤い髪はほどけていて、そよぐ風に合わせて優雅になびく。いつのまにか白いワンピースを着ており、素足のまま平原の上に立っていた。黄金の草が足の指の合間に入り込んでこそばゆい。
「ソニア」
そう呼ばれて振り返ると、そこには金色の髪と翡翠色の瞳を持った美しい女性が立っていた。背丈も着ている衣もソニアと瓜二つであった。
「あなたは」
「私が誰かわかるはずですよ」
その微笑みに見覚えがあった。
初めてファルクスの剣を手にした時、刃に映っていた人だと思い出した。
「私の名はフィンデル」
「フィンデル」
「私の剣をよくぞ使いこなしました。働きはずっと側で見ていましたよ」
その声にも聞き覚えがある。
「あなた、フィンデルさんはファルクスの剣に宿るエルフなの?」
「そう。これまでもこれからもそなたと共にある者。あれは相応しい者でなければ使うことは適わない剣。これまでよく頑張ったと褒めてあげたい」
フィンデルはソニアの頭を撫で、そのまま胸に抱き寄せた。
光のフィンデルに抱きしめられ、ソニアの心は温かさで満たされる。生まれ変わるような、新鮮な活力が隅々まで行き渡った。
「愛ある者にしか、ファルクスの剣は従わない――ソニアにはそれがある」
「愛?」
「今、ソニアを襲っている心の痛み。それもまた愛ゆえに」
「こんな・・・・・・こんなのいらないよ、すごく苦しい・・・・・・お願い、取り去って」
「痛みは真の愛であればこそなのです。苦しみを取り去るということは、ソニアの大切な人への想いまでも消し去るということ」
「っ!?」
「ピア・フローリオ。彼女もまた強い愛を持った子だった」
フィンデルは囁き、泣きじゃくるソニアの頭を撫で続ける。
「愛は人を強くすることもあれば、歪めることもある。あのアリスというエルレンディアは、無明に堕ちてしまったのです。彼女もまた愛があったのでしょう」
「アリスが」
「遥かヴェルガでは不信な影が迫っています。眩い光に隠れ、背後では邪悪な闇が蠢いているのを感じます」
「私も感じる」
「かつて私たちが封じた魔よりも強大な力です。このままでは世界は闇に閉ざされ、多くの罪なき者が地上から消え去るでしょう・・・・・・なればこそ、エルフの力で阻止しなければ」
フィンデルはソニアを引き離し、肩に手を置いた。
「あなたが今よりも強くなりたいと望むのなら、ここより西方にあるアルダの森を目指しなさい」
「アルダの森?」
「古の力が現世に留まる森です。資格のない者が入ろうとしても、すぐに道を見失い、追い出されてしまう。だが、そなたなら通り抜けられるはず。森の砦にいる二人のエルフに会うのです、彼女たちならそなたの中に眠る力を引き出すことができるでしょう」
そう言い残すと、フィンデルはソニアから手を放して後ずさった。
「私の役目はこれまで、決めるのはそなたです。全てはそなたの意思に任せます」
フィンデルの背後から後光が差し、光の奥へと透けていく。
「待ってフィンデルさん! まだ私なにもっ」
フィンデルは首を振る。
「もう決めているはず。何をすべきかわかっているはず――どうか立ち上がって、最後まで」
その言葉が胸に突き刺さった。
今わの際にピアが言い残した言葉と、ピタリと符合した。
・・・・・・・・・・
ソニアは目を覚ました。
頭がかつてない以上にすっきりとしている。晴れた空のように澄み渡った思考で、眠気などすぐに吹き飛んでしまった。
ベッドから跳ね起き、室内を見回すとそれはすぐに見つかった。
木棚に置いてあるファルクスの剣を手に取り、鞘から引き抜く。赤と銀の鋼の刀身、柄は滑らかな木であしらわれている。鋭利な刃に悪の滅びを願う文字が刻み込まれており、錆一つなく光を放っている。
「ピアちゃん」
その声にソファで眠っていたルリが目を擦って起き上がる。
「あれ、お姉さん起きたんだ」
「うん」
「その剣てお姉さんのでしょ? あたしちゃんと拾っておいたんだよ」
ふいー、と言いつつ伸びをするルリは未だ夢現といった調子である。
「大切な剣なんだ。ありがとう――あなたの名前は?」
「ルリ。アヤメちゃんとクリステルさんを助けるために桜花から来たんだ」
「私も助けてくれたよね」
「まあ流れで」
「ありがとう。まだ私、やることがあるから死ねない」
そう言って微笑んだソニアは、部屋の扉を開け放った。外で待機していた衛兵とメイドが驚いて目を丸くする。
「メイドさん!」
「は、はい!? 私ですか? な、なんでしょう?」
「・・・・・・お腹減った」
「お腹が減った」
呆然と聞き返したメイドを見てソニアは微笑む。
「うん、お腹減ったから何か食べ物ちょうだい。じゃんじゃん持ってきて、寝ていた分のごはん全部食べるから。もちろんお世話になった分のお金も払うよ」
「いえ、お金のことは――」
あたふたしているメイドを見かねたルリが半分に閉じている目を細め、ソニアの腕をつつく。
「ソニアさんてバカ? 昏睡状態だったのに、いきなりご飯詰め込んだら体がびっくりして死ぬよ」
「平気、治った!」
「治ってないし」
「本当に大丈夫だから。ね、ご飯ちょうだい」
メイドは医者の診断を受けた後でならということを条件に、キッチンへと走っていった。
「やることができた。体力つけないと」
ソニアの瞳に、再びエルダールの輝きが戻りつつあった。




