桜花の動向
これは少々やっかいなことになったとルリは思う。
従者の死に皇女の心が折れてしまえば、その時点でヴェルガ再建は成されない。そうなれば色々な問題が生じる。
「天姫様にこういう理屈は通らないだろうしな」
ぽつりと弱音が漏れる。
ルリが再びアヤメ達の前に戻ったのには理由がある。大切な人たちを護りたいという願いが大部分を占めているが、その気持ちだけで動けるほど彼女に自由はない。強大な力を持つルリでさえ、桜花国に従属している軍人として社会性を無視できないのだ。ルリは桜花国軍元帥である天姫から直々に
「アヤメとクリステルの手助けをせよ」という命令が下されていた。
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皇女暗殺を企んでいた桜花国が、考えを正すに至った経緯はこのようなものである。
ビレでの一件の後、手ぶらで帰還したルリは軍事会議で将校たちに告げた。
「逃亡中の皇女は発見できず、アヤメは薬の副作用で錯乱した後、逃亡いたしました」
アヤメは死亡したと伝えるつもりであったが、そうなれば証拠を求められる。それに今なおクリステルと行動を共にしているアヤメは、いずれかの時に必ずや大立ち回りを演じるはず。そのことが明るみに出れば言い逃れはできない。
そうしたことも考慮しての報告であった。
将校たちは報告に顔を顰めた。
「アヤメは君の監視下にあったはず、いかに暴走したとはいえ君の力であれば拘束することもできたはず」
「この結果は残念でならない。皇女抹殺は重大な任務だったのだ、この国の命運を左右するかもしれないほどのな。君ならば任せられると思っていたのだが」
「あまつさえアヤメを追いもせず、のこのこと報告に戻るとは。これは重大な責任感の欠如である。糾弾は覚悟の上か?」
重みのある言葉はまるで矢のように次々とルリに向けられる。
これは予想の範疇であった。だが対策の仕様がなかったのだ。
あのままアヤメ達と行動を共にすれば、桜花軍から新たに刺客が派遣されたはず。倒しても倒しても、前よりも強い戦士が送り込まれる。桜花人は何より「恥」を重んじる。名前に泥を塗られれば、最後の一人となっても強行を貫く。
それならば、と考えがあった。これはかなり高い確率で成功すると確信している。
そのために今はこの会議を乗り切るしかない。
「返す言葉もございません、全ては不出来な私の招いたこと。降格や厳罰も覚悟しております」
深々と頭を下げることしかできない。その弱弱しい少女の姿が、追い立てる者達の心に火をつけた。将校たちは老人特有のしつこさで食い下がったのである。
「君の厳罰程度でこの問題が解決すると思うのか、そういうところが浅はかだというのだ」
「降格は当然だ。聞けば大隊長の推薦もあったというじゃないか、任務をおろそかにする者に隊長の資格はないぞ」
「君の一族は信用ならん。そう、君の母親もそうだった。軍に盾突くからあんなことになったのだ」
これは明らかに本件とは逸脱した話であった。
母のことを言われた時、ルリの感情の制縛はほどけかけた。母はモノノケの力を戦争で使うことを拒み、軍に折檻を受けて殺された。その恨みが再び燃え上がろうとしていた。
自分のことならば黙って耐えようと思っていた。
悔しい。いくらアヤメとクリステルのためでも、大切な母を侮辱されては顔が強張る。
――駄目、アヤメちゃん達のためだから
かろうじて感情を押しとどめた。心に浮かんだのはクリステルだった。
ひどい目に遭わせたのに、優しくしてくれた。受けた恩は何倍にもして返さなければならない。「仁義」もまた桜花人が重きをおくところである。
拳を握り、ひたすらに耐えた。
容赦のない言葉の暴力が飛び交う中、ついにその名前が出た。
「我々ではいかんともしがたい。この件は天姫様に任せるべきではないか?」
「元帥に報告するような内容か? 我々で処罰を下せばよい」
「そうもいかぬ。天姫様はこの者をいたく気に入っているからな、一声もかけずに処罰を下せば我らの命が危ういかもしれん」
乗り切った、とルリは確信した。
将校たちは何より保身を考える。重要な職位に就いた者は、それを失うことを何より恐れる。責任を負いたくない時は、決まって誰かの手に問題を委ねるのだ。
天姫とは他の者よりは目をかけてもらっているという自負もある。ならば交渉は天姫と行うべきだとルリは思っていた。
「天姫様に報告はしておく、これより三十分以内に天姫様の元へ行け。結果はまた報告するのだ」
「は」
ルリは敬礼を返し、会議室を後にした。




