籠の中
招かれた部屋に行くと、椅子に座って項垂れているクリステル様がいた。彼女の傍らには二人の女性。軍服を纏った女騎士と、ワンピースにレース付きの短いボレロを羽織った少女が一人。私たちを匿ってくれている人たちだと察する。
クリステル様が無事でいてくれたことに安心したが、浮かない表情をしているので不安になった。そうしていると薄紫の髪をしている女騎士が私とルリに向き合った。
「フィオ王女の警護を務めている、エアと言う」
「挨拶が遅れてすまない、桜花国軍アヤメだ。同じくルリ」
横を見て挨拶を促すと、ルリはぺこりと頭を下げる。
「あちらはアーバン国王女のフィオ・セフィラム・グレイスハート様だ」
言われて視線を奥へ向ける。
項垂れているクリステル様の手を取り、励ましている彼女もまた沈痛な面持ちであった。
「わけは私から話す、今は二人をそっとしておいてあげてほしい」
女騎士、エアはそう言った。
「アヤメ、怪我の具合はいかがかな?」
「見ての通り歩ける、問題ない。厚遇に感謝する」
「礼は後ほど王女に、私たちはフィオ様の命令に従うのみ――と、挨拶はこれまでにしよう」
エアの赤い眼差しが、空気を変えた。
「起きたばかりでこのような報告は酷だと思う、だがしっかり聞いてほしい。あなた方の仲間、ピア・フローリオは亡くなった。この城へ運び込まれて二日後のことだ、最後はソニアが看取った。残念だ」
「・・・・・・なに?」
開け放した窓から、柔らかな風が吹き込む。
白いカーテンが揺れ、夕日が足元で瞬いた。
「ピアは肺を撃たれて重傷だった。我が国の医師たちも最善を尽くしたが。すまない」
「ピアが死んだ?」
言葉にしてみて、その事実が重くのしかかった。
「王女たちにも先ほどこの事実を伝えた。クリステル様が目覚めた時、既にピアは亡くなっていたが、ショックが大きいだろうとこれまで黙っていた。フィオ様もその事実は知らなかったから、ああして苦しんでいる」
エアがなにやら言葉を続けていたが、まったく耳に入ってこなかった。
クリステル様の護衛を望む私を受け入れてくれた日、立派な医者になりたいと笑顔で語っていた彼女の表情が浮かぶ。
目の前が歪み始めた。
もう二度とピアと話す機会は訪れない。
この瞬間から、彼女は過去のものになってしまった。
がっくりと膝を折ったその時、ふっと何か柔らかいものに抱きしめられた。
間近から小さな胸の音が聞こえる。そのぬくもりが、暗い感情を引き留めてくれた。
「アヤメさん、起きられたんだね。よかった」
優しい声が聞こえたが、私は顔を上げることができなかった。
彼女もそれを承知しているようで、ただゆっくりと私の頭を撫でてくれた。
「クリステル様、ご無事で」
「ええ、またあなたに助けられました」
クリステル様は私の両手を取り、立ち上がった。
「行きましょう、ピアの所へ」
紺碧の瞳は揺れていた。
・・・・・・・・・・
ピアは深い眠りについていた。
ただその寝顔はとても幸せそうに見えた。
思いのほか、彼女の死を受け入れることができている自分に驚く。いくつもの死を目の当たりにしてきたから、感覚が麻痺しているのだろうか。まるで劇場を覗き込む観客のように、冷静に、眠っているピアを見ている。
クリステル様は白みを帯びたピアの手を取り、何事か囁いて、額にそっと口づけをした。
その後、クリステル様はただピアの亡骸を前に立ちつくしていた。音のない空間に私たちは佇立した。
次に私たちはソニアの部屋へ向かった。
ソニアはピアの死後、倒れ込んでそのまま眠り続けているという。
「ごめんなさい」
今度は、はっきりとクリステル様の声が聞こえた。
それは彼女の心の痛みそのものだった。悲痛を帯びた声が今も頭から離れない。
・・・・・・・・・・
「アヤメちゃん、クリステルさんの傍にいてあげて」
部屋へ戻る途中、ルリが言った。
「あたしはソニアさんのとこにいるよ」
幽鬼のように頷くことしかできない。
「しっかりクリステルさんのこと見てるんだよ、わかった?」
「ああ」
ルリは踵を返してソニアの部屋へ歩いていく。
前を歩くクリステル様は同様の色を見せない。今もしっかりとした足取りを保っている。
気丈に振舞っているのだろう、あの方がピアの死に動揺しないはずがないのだ。
私は両手で軽く頬を叩き、気を引き締めて後に続いた。




