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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
展開篇
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アヤメとルリ

 まばたきをして、私は眠っていたことに気づいた。柔らかい枕に頭を沈め、仰向けに眠っていた。窓から入る夕日で、天井がオレンジ色に染まっている。

 

 上体を起こそうとしたが、うまく手足に力が入らない。痺れた腕に力を込め、無理やりに起き上がると、ベッドの傍らに肘をついて眠っているルリがいた。


「ルリ、か・・・・・・?」


 椅子に座り、上体をベッドに預けてすやすやと寝息を立てている。記憶を辿ってみたが、ルリがここで眠っている意味が分からない。そしてなによりここがどこであるのかもわからなかった。

 だが、今はルリと再び会えたことが嬉しい。ビレではひどい別れ方をしてしまったから。


「こんなに疲れた顔をして」


 ルリの頭を撫でる。彼女の目元には隈が浮かんでいた。きっと何日も眠らず、私の傍にいてくれたのだろう。


「ルリ」


 私の声に朱い瞳がぱちりと開いた。


「ん、ふあぁ~・・・・・・寝ちゃった」

「起きたか?」


 ルリは大きく伸ばそうとしていた体を慌てて止めた。


「あ、アヤメちゃんが起きた!」

「ああ、起きたぞ」

「どっか痛いとこない? 体は大丈夫?」


 心配そうにのぞき込んできたルリが私の腕やら腹やらをぺたぺたと触り始める。小さな手が体をはいずり回るのがくすぐったくて、「んっ」と声が出てしまう。


「ごめん、痛かった?」

「違う、くすぐったくてな」

「・・・・・・相変わらずだなぁ」

「・・・・・・ルリ」

「わっ」


 ルリを抱きしめた。彼女の体温と優しさを感じながら、目元の涙を拭う。ただただ、この娘を抱きしめていたかった。


「心配したんだ、ずっと心配していたんだぞ。何故私が目覚めるのを待たず、桜花へ戻ったりしたんだ」


 桜花国に戻ったルリには任務失態の咎があるのではと思っていた。だが見たところ、彼女の体に目だった傷跡はない。良かった、深呼吸をして鼓動を落ち着ける。


「そんなに優しくしてもらう資格ないよ」


 ルリがそこまで言って言葉を切った。抱きしめていた手を緩め、彼女と真っ直ぐに向き合う。視線を落とし、困ったような表情をしていた。


「・・・・・・あはは、抱き着く相手を間違ってるんじゃない? あたし、アヤメちゃんに嘘ついて、クリステルさんに酷いことしたよ」


 ルリのふわふわした髪を撫で、かつて思い切り叩いてしまった頬を両手で包み込む。


「私のせいだ、私がお前を追い詰めた」

「違うよ」

「違わない。都合よくお前に甘えてばかりで」

「アヤメちゃん」 


 怯えるような目で私を見ている。目じりには薄く涙が滲んでいる。


「叩いてしまったな・・・・・・痛かっただろう?」

「うん・・・・・痛かった、へへ」

「すまない」


 私のしおれた声を聞いたルリは、いつものように首筋や頬にスリスリと自分の頬を擦りつけてきた。そんなふうにするから、やっぱりふわりとしていた髪が崩れてしまう。


 みゅぅ、という彼女の甘える声を久々に聞いた。


「アヤメちゃんの匂い、アヤメちゃんの香り。嬉しいな」


 もう一度、ルリを抱きしめる。この小さな体の体温が、今はたまらなく愛しかった。


「勝手なことばっかしたのに、お姉ちゃんたちは優しいね」


 そう言ったルリは私の頬に口づけ一つして、体を放した。そのまま椅子に腰かけ、背伸びをして微笑んだ。


「ここね、アーバン国の王宮。クリステルさんと、この国のお姫様が友達らしくて匿ってもらってるんだよ」

「そうだったか。皆は無事か?」

「クリステルさんは無事。他の二人には会ってないなぁ、あたしずっとここにいたから」


 クリステル様が無事と聞き、ひとまず胸を撫で下ろす。だが、彼女は腹部に弾丸を受け、血を流していた。忌まわしい光景が蘇ってきた。


「クリステル様は撃たれていた、大丈夫なのか」

「そうなの? 傷跡一つなかったけど」

「そんなはずは――」

「それより、アヤメちゃんはどうなの?」


 言われてみて気づく。

 私も撃たれたが、体には包帯が巻かれていない。手足の痺れと体の重みはあるものの、傷跡はどこにも見当たらなかった。


「アヤメちゃん解放したでしょ? それもかなりやばいやつ」

「いや、あの時は解放できなくてそれで――」

「本当に?」


 そう問われて、ある記憶が浮かび上がる。


「私は、猫に。夢の中で大きな猫に会った・・・・・・その前は、軍人たちを見下ろしていて、暴れ回ったような」

「解放の第二段階、モノノケへの変身」


 ルリが言った。


「第二段階はもの凄い力が出せるけど、もうやめた方がいいよ。あまりやりすぎると人に戻れなくなる」

「戻れないとはどういうことだ」

「そのままの意味だよ、モノノケのまま残りの一生を過ごすことになるよ」


 モノノケのまま元に戻れなくなる、心で復唱した時に浮かんだのは父の顔だった。

 名のある霊猫である父は、大磐石を容易に覆し、鋼鉄をも爪裂く、牛馬を一飲みにするほどの巨体で暴れ回れば、一つの軍事基地くらいなら易々と落とすだろう。

 変身した私はその父と瓜二つであったに違いない。ヴェルガ軍の中隊をものの数秒で蹴散らした。そして、シュタインの体を噛みちぎった。

 どれほど醜悪な化け物であっただろう。そんな姿をクリステル様に見てほしくない。


 ルリが困ったようなため息をつく。その声に我に返った。私の手は震えていた。


「クリステルさん、アヤメちゃんの変身を見てないって言ってた。気がついたら撃たれた傷も塞がってて、アヤメちゃんが倒れていたって。たぶんクリステルさんの傷を治したのもアヤメちゃんじゃないかな」

「私が?」

「他に説明つかないよ。ソニアって人もピアも、ずっと離れたところにいたんだよ? クリステルさんを助けたとしたらアヤメちゃんだと思うな」


 その言葉に、じっと手のひらを見つめる。


 もしそうなら、少しは救われる。

 ずっと死神と蔑まれてきた。望まずとも人を死に追いやるはずのこの力が、クリステル様を助けることができたのなら嬉しい。この異形の力は、何も命を奪うだけではないのだと思えたら――


 扉をノックする音が聞こえた。


「はい」


 扉を開け、顔を覗かせたのは使用人の一人だった。


「失礼いたします。アヤメ様、ルリ様。クリステル様がお呼びです」

「わかった、すぐ行く」

「扉の前でお待ちしております」


 使用人は扉を閉めた。


「何の話だろ、いい話だといいね」

 

 ルリは微笑んだ。


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