消えた星 血に染まりし者
アヤメ視点に戻ります
「貴様ら! そこをどけ!」
今やクリステル様にはとても見せられない顔になっていることがわかる。湧き出た怒りを他者に向ける殺気へと変貌させ、血に飢えた悪鬼の如く乱舞した。
敵の軍は優秀だ、うまく道が開けない。
――もっと力がいる。くそ、解放さえできれば
何度念じても、モノノケの力が解放できない。無念に歯噛みしていると、シュタインが懐から銃を取り出したのを見た。
「狙うのは桜花人ではない、皇女を狙うのだ」
この時、シュタインが取り出したのは六連発の回転式拳銃、通称リボルバーである。そこに装填される弾丸は、フォトンと呼ばれる。特殊合金で錬成された弾丸は、かつてないほどの破壊力を持っていた。この弾丸の開発により、ヴェルガは多くの戦争に勝利してきた。
「さらばだ、クリステル・シェファー皇女殿下」
私を殺すことが困難であると察したシュタインが、再びクリステル様に銃を向けた。
私は目端でそれを捉えると、俊足を持ってクリステル様の前に立った。発射された銃弾を刃で斬りつけた瞬間、
ガキィィイン
と。
刀は戛然と音を立て、刀身の中ほどから折れて宙を舞った。
刀は消耗品、戦場では容易く折れ、曲がるもの。
これまで数々の修羅場を潜り抜けてきた愛刀が、よりによってこんな時に。
折れた刀身に見入って呆然としていると、弾丸が腹部を貫いた。
「あぐッ」
思わず両膝をつく。
なんのこれしきの傷で、と立ち上がろうとしたが、視界がぐらりと反転して横向けに倒れてしまった。
「大丈夫! しっかり!」
駆け寄ったクリステル様が体を支えてくれる。
やや朦朧とし始めた意識を保ち、周囲を見回すが、私たちは再び囲まれてしまっていた。これでは逃げ場がない。
「クリステル様、お下がりください」
血を拭いつつ、クリステル様を庇い、顔を上げた所でシュタインと目が合った。
「ああ、お前は――あの時の桜花人か、お前に会うのも久しぶりだな」
私は熱い息を吐き出していた。
「そういえばお前は私を覚えているか、と前に聞いたな。答えを訂正しよう、私は一度見た害虫の顔は忘れん。お前のことは覚えている」
仲間の仇であり、クリステル様の命を奪おうとしている男を目の前にしながら、私の手は力を失っていった。
「美しく成長していて驚いたぞ。あの戦争で生き残れたのは予想外だ。やはり貴様はゴキブリだ、どこまでもしぶとく生にすがり、私の邪魔をする害虫め」
「貴様はっ! そうやってまた私から奪うつもりかっ! 大切な仲間を殺し、クリステル様までっ!」
この男を見ていると何か不気味な物に触れたかのように思えた。シュタインの笑みは底のない泥沼のようだった。
「クリステル様の命まで奪おうというお前は生かしておく理由がない!」
「それはこちらの台詞だ、劣悪種め。貴様の国の人間はヴェルガにとって悪性な病原菌だった。だから、私が手を下したのだ」
悔しくてたまらないのに、もう立つことすらできなかった。クリステル様に支えられて、足に力を入れるだけで精一杯だ。今や私達に向けられている銃口は数えきれない。諦めるつもりなどなかったが、認めざるを得ない。私とクリステル様はこの場で射殺されるのだ。
また私の目の前で、大切な人が死ぬ。
その言葉は自分のものかもしれないし、シュタインが発したのかもしれない。誰が私に告げたのかはわからないが、それは心を黒く淀ませていった。瞳が奥底に暗闇を秘めたガラス玉のように思えた。
それでいいのか? と、声は続けて言った。
様々な感情が浮き上り、やがて大河のようになって溢れた。大河が谷底に流れ落ちていくが如く、空になった私の心に収まらないほどの感情が流れ込んでくる。
「どうしろというんだ」
その声に応えてみた。
コロセ
同時にシュタインが発砲の命を下した。私の体を何発もの銃弾が突き破り、クリステル様を襲った。私達は力なく泥の海へ倒れ込んだ。
コロセコロセ
朦朧とする意識の中で、クリステル様の腹部に小さな穴がいくつも開いているのを見た。そこから赤黒い血が絶え間なく流れ落ちている。最後の力を振り絞り、私は彼女の腹部を抑えて止血を試みた。
「クリステル様! クリステル様!」
私は一心不乱に叫んだ。呼びかけても、彼女は力のない瞳で空を見上げているだけだった。辺りは血の匂いがいっぱいに立ち込めている。涙でぐしゃぐしゃになっている私を見て、彼女は笑った。笑いながら泣いていた。何事かぽつりと漏らすと、そのまま動かなくなった。
『また、二人で旅をしてみたかったよ』
今際の際に、クリステル様はそう言って果てた。
コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ




