消えた星 ソニア対アリス
またまた長くなってしまいましたが、これは分割しないほうがいいと思いました
早く百合百合な場面を書きたいのですが、しばらくは戦闘ですね
ピアは木に隠れて両者の決闘を見ていた。
ソニアが瞬足をもって間合いを詰めた時、アリスもまた腰の剣を引き抜いた。
ピアは足を震わせつつも瞳をこらした。
「光りよ!」
ソニアの叫びに呼応し、ファルクスの剣が白金の煌きを帯びる。そのまま怒涛の勢いでアリスに斬りかかった。ファルクスの剣とアリスの持つ剣が相打った瞬間、戛然が夜の森に響き渡った。
ソニアの怪力から降り下ろされる刃は、受けた剣ごと体に斬り込むはずであったが。アリスはこれを受け止めた。
幼気な容姿の少女である。姿のみならアウレリアと変わらない。決して肉付きの良い方ではなく、むしろ痩せぎみと言っても良い。その少女が剣を受け止めたことにソニアは驚く。と、同時にやはり簡単にはいかないと納得もした。
剣と剣が噛み合い、火花が散ったと同時、ソニアの中に僅かながらアリスの心が流れ込んでくる。
その実、齢三十を越えており、体の隅々まで透き通るような力をみなぎらせている。
「覗き? 趣味悪いわね」
「あなたに言われたくないよ」
それからは、ただ風の如く、何度も馳せ違え、刃の嵐をみまった。
巻きあがる砂塵の奥で、剣と剣がぶつかり合い、白銀の火花が散り、瞬脚が走り――生命の激突を思わせる覇気が大気を震わせていた。
「へえ」
アリスはソニアの剣技に瞠目した。
――言うだけのことはあるわね、これほどの気迫と剣の腕を体得しているメルリスはいないでしょう。
こちらの剣を巧みに捌きつつ、無謀とも言えるような猪突を仕掛けてくる。急襲により、事を決しようとの覚悟故か。
――焦っている・・・・・・と、並みの剣士なら思うでしょうね。
これは誘いであるとアリスは看破した。
乱脈に戦っているように見せかけているが、下手に追随すればそこを突かれるだろう。そのような巧妙な駆け引きを仕掛けているのだ。
普段のアリスであれば、その誘いに乗ったかもしれないが、今の彼女は心に大きな余裕ができていた。
アウレリアと距離を置いてから、体調の悪化がないのである。
胸を鷲掴みにされるような苦しみもなく、咳き込むこともない。
こうした安堵が、ソニアの戦法を読み取るに至ったのである。
十数合の打ち合いの後、狙いすましたアリスの剣が、ソニアの内またを斬りつけた。
あっ、と体勢が崩れたソニアの眼前にアリスの手が向けられると、そのまま不可視の力で吹き飛ばされた。
「あうっ!」
ソニアの体は先刻、アリスが休んでいた岩に強く打ち付けられた。
こらえきれずに、どうと伏した瞬間、アリスの放った剣が肩を貫いた。
「あっ! うあああ!」
激痛にソニアが悲鳴を上げる。
「ソニアさん!」
始終を見ていたピアが悲痛な声を上げる。これに大丈夫だ、と笑顔で応える余裕はソニアにはなかった。
「あら、喉を狙ったのに。うまく避けたわね」
アリスは手をかざし、ソニアの肩に突き刺さった剣を手元に引き寄せる。ぷしっ、と血が噴き出した。
「うぅ、ぐぅ」
鎖骨下の動脈をやられた。傷口を手で押さえるが、ぴゅっぴゅっと吹き出す鮮血が止まらない。
「でも勝負ありでしょ、その傷じゃもって五分ってとこかしら。もっと痛めつけてから殺そうと思ったけど」
アリスは微笑んで剣を鞘に納める。それを見たソニアは剣を強く握りしめると、持てる力を振り絞って立ち上がった。肩と足からはとめどなく血が流れているが、瞳の中の光は少しも衰えていないのである。
「まだ、これからだよ」
「ふうん」
アリスが手をかざすと、ソニアの体が宙に浮いた。
「やれるものならやってみなさい」
手を右に振ればソニアの体は岩に叩き付けられ、左に振れば木に叩き付けられる。
「っぐ、あァ!」
そのようにして、何度も体を打ったソニアはなす術もなく地に倒れ伏した。
「そもそもね、バイズを学んでいないあんたに私は倒せないわ」
傷だらけのソニアは、かろうじてといったふうに手から転げ落ちた剣を取って再び立ち上がる。
まだ剣を握ることができる。ファルクスの剣も輝きを失っていない。その事実が後押しとなる。
「まだ、まだ終わってない」
そう言い放ってファルクスの剣の先を向ける。
この聖剣はエルダールの守護星ルシリの光を凝縮させた極光を纏う意思持つ剣。剣には悪の滅びを願う言葉が刻まれている。だからこの世の悪しか罰せない。
相手は光の使徒たるエルレンディアであるが、心には邪悪なものが潜んでいる。
この剣でも倒せるはずなのだ、と諦めずに剣を握る。
これに静脈を浮き立たせたのはアリスである。
「あんたはまだエルフですらない、その中途半端な力で私が倒せると思うの!」
剣を抜いたアリスが空を飛ぶようにして迫った。
ソニアもこれに応じ、再び合いまみえた。
「いくら剣の修行を積んでも無意味よ」
「うッ」
「私を相手にしたければ相応の力を手にしなければね」
「くッ」
「身をもって知りなさい」
「あ・・・アッ!」
剣での打ち合いの最中、隙を見つけたアリスは殊更に斬りつけた。ソニアは身に数か所の傷を受け、メルリスの衣装であるコルセットは血にまみれて凄惨たるものになっていた。
斬りつけられ、吹き飛ばされ、幾度となく繰り返され。それでもアリスに向かっていったが、限界は確実に近づいていた。
「今度のはちょっと痛いわよ」
「いうっ、ぐあ!」
再びアリスの力で吹き飛ばされ、木に叩き付けられた。
「けッ、げふぅ」
口から赤黒い血が吐き出された。
黒い血は臓器が深刻な損傷を受けたことを意味する。
どさりと倒れたソニアの口からはカヒューカヒューという冬の風のような吐息が漏れている。
地面に倒れ伏す度、まだまだ、と力を入れたが、今度ばかりはそれも叶わないらしい。
体力的にも限界であったし、なによりアリスには勝てないという精神的な傷を負ってしまっていた。
――駄目だ、勝てない
体は泥沼に沈むように重くなる。手をついて立ち上がろうとするが、ぴくぴくと痙攣するだけで力が入らない。
止まらない血のせいで、寒さも増していく一方だった。
――あぁ、寒いなあ。一人で寒いの嫌だなぁ
「ソニアさん! ソニアさん!」
体を抱かれる感触に閉じかけていた瞳を開く。
出血多量でぼんやりとした意識の中、ソニアはピアを見た。どうやらピアが隠れていた木に飛ばされたらしい。
「ソニアさんもういい! もういいですから!」
ピアは見開いた瞳に涙をいっぱいに溜めて抱き着いた。
小さく熱のこもった体が、泣き声に合わせて上下している。
――あぁ、ピアちゃん
たまらず小さな体を抱き寄せ、背中を撫でてやる。
体中を激痛が走る
幾つか骨が折れ、筋肉が切れている。僅かな所作ですら痛みを伴うのだ。
だが、心は満たされていた。
「いたた、えへへ。あったかい」
この土壇場で、ピアに触れることができた。
たったそれだけのことで、ソニアは息を吹き返した。
「ぷふー、ピアちゃん泣き虫」
「泣きますよ! 大好きな人がこんな目に遭ってるんですから!」
「・・・・・・ピアちゃん」
この子は、気持ちを伝えることを恐れない。
それなら私も――
青ざめているピアの頬を撫で、そっと触れるように。
優しくキスをした。
「んっ!? んんっ!?」
「んふっ、ピアちゃん」
微笑むソニアにピアは困惑顔である。
「えへへ、しちゃったね」
そう言ったソニアは、自分でもわかるくらいに顔を真っ赤にしていた。同時に深呼吸をして胸の鼓動を抑える。
「な、ななな、なにを」
「ん?」
「なにをしているんですか、こんな時に」
「うん・・・・・・何してるんだろうね」
「そうやって、ふざけて――」
「ふざけてないよ。ふざけてない・・・・・・ピアちゃんが好きだよ」
「・・・・・ソニアさん」
「ヴェルガの未来も大切だけど、ピアちゃんの方が大切だから。私はあなたのために戦うんだ」
――私から離れない、たった一人の女の子
ピアに触れたことで、ソニアは気力を復活せしめた。
若い魂の中に育つ活力とは、愛する人を得た時、最も鋭く、強靭なものとなるのだ。
ソニアの意思に応じて、ファルクスの剣がかつてないほどの光輝を放つ。
再び立ち上がった。
既に体力はゼロに等しい。ソニアは意思のみで復活したのである。
「ようやく立ったわね、待ちくたびれたわ」
それを見たアリスが再び力をソニアに向けるが、
「今なら、見えるよ」
剣を振るうと、ずむっ、と大気が両断された音が迸った。
アリスは眉を顰め、再びソニアに力を放つ。が、やはり剣を振るった瞬間に鈍い音がするだけである。
「何度も触れたから、力の原理が分かっちゃった」
ソニアの能力はここにきて極限まで研ぎ澄まされていた。
人の持つ愛の力とは、時に世の条理すら曲げる力がある。
「バイズを斬るなんてね――ちょっと驚いたわ」
アリスは険しい表情のまま剣を鞘に納めた。
「アリス・・・・・・あなたは私が倒す!」
全身に力を漲らせ、一段と強く大地を蹴ったソニア。この燃え上がった念を全てぶつける、そう滾ったソニアの剣はより強く光る。
目前に迫るアリスに向かって剣を高く振りかぶった瞬間、
「なら私の本気も見せてあげる」
豪秒の間、そうつぶやいたアリスが両手をソニアにかざすと、指先から火花が生まれた。その火花はすぐさま巨大な大蛇の如くうねる稲妻へと変わった。
カッ、と青い火花が周囲を照らした直後、
ドドオオオオオ、と落雷の如く轟音が響く。
アリスの手から生まれたこの電撃はソニアの体を貫いた。
天災の如き攻撃は防ぎようがなく、まともに受けたソニアは再び倒れ伏した。その際、手にしていたファルクスの剣もどこかへ吹き飛んでしまった。
「あっ、あぐっ」
「あら、稲妻は見えなかった?」
倒れたソニアになおも電撃を加える。
「うッ! ああああああああああああ!」
青白い電撃は止むことがなく、ソニアは地面の上で悶え続けた。
「っふ、無様ね」
「ああ! はっ、あぁ」
ひとしきり苦悶の様を楽しんだアリスは電撃を放つ手を納める。
・・・・・・・・・・
アリスの放つ『力』とは、その名をバイズという。
かつてこの地を創造した神の力の名残、或いは力と知識を持つ賢者が死して精霊となった力の名残。これらはあらゆる場所に存在するが、『鍵』となる力がなければ『扉』を開くことはできない。ひとたび『扉』を開けば、残存する力は使役者の意思に応じて転換することができる。目に見えぬ不可視の力、読心、稲妻などその用途は様々である。
それを自在に操るのがエルレンディアと呼ばれる光の使徒。エルレンディアは人間への助言と援助を行うのが本来の姿であり、そのためにバイズという特殊な力を用いるのである。
・・・・・・・・・・
「っく、うぅ」
「まだ息があるのは褒めてあげるわ」
そう言ったアリスが再び手をかざした時、
ドン、という銃声が響いた。
「ソニアさんから離れて!」
なけなしの勇気をもって、ピアはアリスに銃を向けていた。
放たれた弾丸は目標を大きく外れ、夜の森に消えていた。
「あら、銃を持っていたのね」
「離れてください!」
「あなたお医者さんでしょう。人を殺していいの?」
「必要とあれば。私だって地獄に落ちる覚悟はできています!」
「健気なおチビちゃんね。いい買い物をしたじゃないソニア」
「聞こえないんですか!」
「聞こえてるわ」
アリスが手のひらを向けると、途端にピアの手から銃がすっぽ抜けた。
「小さい子が銃を持っちゃダメでしょ」
そうして銃はアリスの手に収まる。
その銃口はピアに向けられた。
「やめ、やめて! ピアちゃんはっ!」
「うるさい」
ソニアは再度、電撃を浴びた。
「うあっ! あああああああ」
「黙ってなさい」
アリスは銃を手にピアへと迫る。
「これを持つってことは、撃たれても文句言えないのよ? 生きたいなら賢い選択を――」
そう言っていたアリスの顔が、不意に、影を帯びた。
つい今しがたまでピアに向けていたその両目は、稚気に苛立つ僅かな怒りを孕んでいたが、それとは似ても似つかぬ、凄まじい凶悪さへと変貌を遂げていたのである。
あっ、と。恐怖と悔恨からピアは小さな悲鳴を漏らした。
身を引いた小さな少女を見たアリスの目に、ほんの一瞬だけ躊躇が浮かんでいたが。震える手で掴んでいた銃口がピアの胸に向けられたと同時に――
ドン、と響いた。
「うぅっ!」
そう呻いたピアが横ざまに倒れた。
アリスは横たわった少女を見ていた。
目の前の少女は誰に撃たれたのか、そんな顔つきであったが。すぐにハッとなって銃を放った。
「あ、うぅ」
少女は半ば意識を失って、呻いていた。腹部を抑えている手は血で染まっている。ケンケン、と咳き込んでいたがやがてそれも止んだ。
「し、しっかりして。いま止血を――っ!?」
倒れたピアを抱え起こしたアリスは絶望する。
弾丸は肺を突き破っていた。これほどの重症ではもう助からない。
少女がエルレンディアの光を宿していれば再生も可能であるが、残念ながらそれもできない。
アリスはピアの元からじりじりと後ずさった。頭から血の気が引いた。悪寒がして歯がカチカチとなり始めたので、慌てて唇を噛む。
自分と同じ、奴隷という身分に苦しめられていた少女。
殺すつもりはないはずであったが。銃を手にした時、自然と体が動いた。引き金を引いたのが自らの意思であるのか、暴発であったのかはわからない。
何をした、丸腰の少女を撃った。その気になれば弾を空中で止めることもできたのにそうしなかった。ただ、自分の行いを、まるで他人事のように見ていただけ。
慚愧である。筆舌し難い後悔からアリスは茫然と、手を震わせているのみであった。
「ピア、ピアちゃん」
その最中、地面を這ってソニアはピアの元へ向かっていた。首を上げ、傷だらけの体を引きずるようにじりじりと進んだ。
「ピアちゃん、ピアちゃん」
血反吐を吐きつつ、血の跡を作りつつ、ゆっくりとではあるが確実にピアへと向かっていた。
「ピアちゃん、来たよ」
ようやくピアの元へたどり着いたソニアは、既に意識のないピアに向けてそう語る。
その様をアリスは見ていた。
両名、この深手では助かるまい。ならばせめて――
「せめてもの情けよ。一緒に死なせてあげる」
腰の剣を引き抜いた。
それを見たソニアは、ピアの体を守るようにして覆いかぶさった。
「やめて、これ以上ピアちゃんの体に傷をつけないで」
ソニアの頬に一筋の涙がつたい落ちた。
「痛みを感じる暇もないわ」
アリスは剣を振りかぶる。
「やめて」
涙で顔をくしゃくしゃにした、ソニアの懇願。
むせび泣く声にアリスの胸中は僅かに揺れたが、
「・・・・・・あんた達は運がいいわ、大切な人と一緒に死ねるんだから」
剣を振り下ろした。
ズン、と。深々と斬り込んだ感触が手に伝わる。
が、剣が斬り込んだのは巨大な木の根であった。どこからか、そしていつのまにか大地から飛び出した木の根が、ソニアとピアを覆っていたのである。
刃がめり込んだ根から暖かな緑の樹液が漏れていた。気味が悪いと剣を引き抜こうとしたが、たちまち蔦が刃に絡みついてしまった。
緑が自らの意思をもっているようであった。
「ねえそこの銀髪さん」
「っ!?」
耳元で囁かれたアリスは咄嗟にその場から飛び去った。
見ればそこには、白い少女が立っていた。
袖に清楚な刺繍が施された白い着物。袖から僅かに覗かせている指先も、丈の短い袴からすっと伸びた足も雪が染み込んだように白い。肩まで切り揃えた白髪が垂れており、どの宝石よりも輝く緋色の双眸を持っている。
「こういうことされると困るなぁ。あなたが殺そうとしてたこの子、大好きなお姉ちゃんたちのお友達なんだよねえ」
白の少女はピアを見つめている。
「誰よあんた」
「あたし?」
少女は腰の短刀を引き抜いた。
「通りすがりの桜花人だよ。アヤメちゃん達のとこに行く途中だったけどまあいいや・・・・・・ちょっと寄り道」
桜花国異形対策猟兵部隊から選ばれた精鋭中隊在籍。
通称、白緑のルリである。
纏うは月影、祓うは人外、封魔破邪のサムライ、ルリ見参! どどん
皆さまはルリのことを覚えていてくれたでしょうか
私はずっと覚えていました。再登場が約一年後になってしまってごめんよ




