消えた星 悪魔の名
またまた場面変わってクリステルの話になります
コロコロ変わって申し訳ありません
投降しない場合は銃撃の後、爆弾を放り込む。シュタインはそう言った。
これを聞いていたクリステルは横たわる姉妹の遺体を見た。このまま跡形もなく吹き飛ばされるのはあんまりだ。
そう思った彼女は、息を引き取った姉妹の腕を組ませてから外に出た。
これに驚いたのはシュタインの部隊であった。
テロリストの殲滅、及び重要人物の生け捕りの任を受けてアーバン国へ来たが、そこで逃亡中の皇女と出会えるとは思ってもみなかったのである。
銃を構えていた兵たちは、唖然としてシュタインの指示を待った。
「これはこれは、まさかこのような所でお会いすることになろうとは」
動揺しているのは兵士達のみであり、シュタインはいたって平然としつつ言った。
「ようやくお会いすることができましたな」
「・・・・・・シュタイン」
鋭い顔つきのシュタインはただでさえ恐ろしい目を、ますます光らせていた。その姿は獲物を前にして恍惚としている狼に似ていた。部下である兵士すら、彼の笑みに震えていた。この男が笑顔を見せるのは、人を殺す時だけだった。
シュタインはこれまで幾度となく虐殺を繰り返してきた。犠牲者には聖職者や、女子供も含まれる。彼が祖国の害になると判断すれば、見境がなかった。
「素晴らしい、わざわざ出向いた甲斐がありました。今日はいい日ですな」
「・・・・・・」
「いや、私も部下達の心も晴れ渡っている。北国に短い春が訪れたようだ。お会いできて光栄です」
シュタインはかぶっていた軍帽を取ると、挨拶をした。クリステルはそれに応じない。悪魔の鋭い眼光を前に、震えていないのは彼女だけだった。
「私の噂は耳にしておられますかな?」
「・・・・・・はい」
「では、異名もご存じのはず。違いますかな?」
「・・・・・・」
「ご存じであるなら、どうぞその名でお呼びください」
「白髪の悪魔」
「良い呼び名だ。異名がつくというのは、功績を認められたということ。私が国のために尽くしているのが、認められた何よりの証なのです」
「お前は毒の言葉で王の心を穢し、国々へ侵略を繰り返して抵抗する者は誰であろうと殺めてきた・・・・・・必要とあれば自国の民すら手にかける」
「もちろんでございます、ヴェルガの意思に従わない国民は危険な反逆者だ」
「それがヴェルガのためだと思っているのですか? お前は思い通りにならないと癇癪を起こす子供です。お前が狂気に陥っても孤独にならないのは、恐怖心を利用して服従を強制しているからです。力で押さえつけようとするほど、民衆は怒りの火を灯します。このままでは反乱が起こり、ヴェルガそのものが崩れてしまうのですよ」
クリステルは怯えることなく凛然としている。シュタインは怒りを覚え、表情を僅かに強張らせた。
「あなたは私を狂人という。しかし、今のヴェルガはその狂人が作り上げたのです。失礼ですが、あなたは人間の本質というものを見抜けていないようだ。人は鎖で繋がなければ、少しのきっかけで獣になる。本来であれば獣を縛り、必要とあれば罰するのは偉大なる父の役目。だが、父は多忙だ。下界のことに目を向ける暇がない。ならば代行者がそれを行うしかないのです。全ての民族で最も気高いヴェルガ人がその役目を仰せつかった。あなたの父君である王も、私の考えに賛同してくれています」
月光に照らされ、シュタインの歯が白く浮きだっていた。
「お前こそ、民を導くという本質を理解していない。その未来に、人々の笑顔はありますか? 歩んだ道は後に続く人々にとって輝いて見えていますか? そのような国では、誰も愛を持つことができない。人間に残酷な面もあることは否定しません。けど、私はそれを認めた上で人を信じてみせる。民と共に手を取り合いながら生きていくことを諦めません」
気丈に振る舞うクリステルに、シュタインは銃を向けた。
「互いの信念を語り合うのでは終わりが見えませんな。あなたが本当に正しいというのなら、この状況を切り抜けてごらんなさい」
いくつもの銃口が向けられている。それでもクリステルは動じなかった。
「ああ、そういえば。あなたにも異名がおありですよ――夢見がちな乳飲み子です」
銃声が響いた。
・・・・・・・・・・
銃弾と刃、二つの鉄が相打ち、暗がりに金属が噛み合う白銀の閃きを生んだ。
クリステル様と軍人たちの間に立ち、弾丸を両断してみせた。
飛来する弾丸は、僅かな点にしか映らず。まして音速を超える弾を見極めることなど不可能なはずであったが、極限の緊張で研ぎ澄まされた感覚と、これまで蓄積された経験が、弾丸を斬り裂くという不可能を可能としたのである。
ズキッ、と腕の筋が軋む。対戦車砲の爆風による傷ができて間もない。あと数分休めれば体力も戻るだろうが、そうもいかなそうだ。
「アヤメさん!」
「ご無事ですか」
「は、はい」
「よかった・・・・・・この方に手を出してみろ、一人残らず斬り殺す」
私はシュタインとクリステル様の間に立ち、銃弾を両断させた。それを見た敵兵達は、目の前で起きたことが信じられず、唖然として身を引いた。
「何を震えている。銃弾を斬る人間が珍しいか? あんなものは誰にでもできる、やろうと思った奴がいないだけだ。さっさとあの娘を殺せ」
シュタインは冷たい声で兵に命じた。それは蝋燭の火を消せとでも言うような口ぶりであったが、兵達はこの命令がいかに困難であるか理解しているようだった。
それでも上官の命に従わないわけにはいかないと、銃を構えなおした。それは私にとって殺し合いの始まりを意味した。
「私が道を開きます! クリステル様は逃げて!」
私は全身が剣と化した獣のように戦った。縦横に飛び回り、巧みに旋回して兵をかく乱した。私を捕捉しようとした兵同士が、互いに衝突している。そして、私の秘剣が閃けば、悲鳴が相次いだ。
皆さまはシュタインという男を覚えていてくれていたでしょうか
私は忘れていました
アヤメの部下を虐殺した軍人さんです




