消えた星 夜に瞬く怪異の力
「信じられねえ、真っすぐこっちへ来るぞ」
「馬鹿な。この距離、この暗闇で俺たちを見つけたってのか」
「狼狽えるな、小娘一人だ」
「油断するな」
「不用意に撃つなよ。マズルフラッシュで位置がバレる」
「もうバレてるさ。歓迎してやろう」
「おうとも、始めようぜ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
銃を捨てろ
「・・・・・・おい」
「黙れ」
武器を持たない者を私は斬らない
「声はどこからだ」
「わからない、四方から響いてるみたいだ」
「・・・・・・音がしねえ」
「・・・・・・ギャッ」
「っ!?」
「おいなんだ今の!」
まだやるか?
「ぎゃああっ!」
「ぐあああ!!」
「くそっ! そこだ撃て!」
「どこへ!?」
「そこら中へだ! クソ女め、穴をもう一つこさえてやれ!」
「ああぁ! ぐあっ」
「う、おお・・・・・・げふっ」
「そんなばかな」
・・・・・・・・・・
談判決裂。
砂塵を蹴立て、一つの刃と化して怒号する者達を斬り捨てた。
手にした刀をビュンと払って、刃にこびりついた血を振り払う。
「恐るべき腕前だな」
そう言った男が木立の影から出でた。長身白皙の美丈夫だ。
穏やかな口調だが、私に向けられる瞳には明らかな嫌悪と危惧の念が浮かんでいた。
「部下に戦わせて様子見か――私のことなど捨て置いておけ。まだ息のある者もいる。医者に見せてやれ」
「そうもいかんだろ」
男はがしがしと後頭部を掻いて言う。
「我らの仲間に弱者は必要ない、捨て置くのはそいつらの方だ・・・・・貴様、さながら剣一体と化した鳥のようだったな。あれほど縦横に立ち回られたら補足すべくもない。部下たちは互いに鉢合わせたり怒鳴り合ったりするばかりだった。いや、みっともないものを見せたな」
男は素手のまま、私に向き直って静止した。
「女、貴様は人ではないな」
「・・・・・だったらどうした?」
「いや、久方ぶりに血沸く。次は俺が相手になろう」
この男、既に構えている。第六感がそう告げていた。
構えあって構えなしの新天流と似た殺気を放っているのだ。倒すには手強い相手だ。こんな所で時間を無駄にしたくはない、クリステル様を一人にはできない。
――やむを得ないか
瞼の動きよりも早く、踏み込んで一太刀で仕留める。
「解放する」
一気にケリをつける。その気構えでの解放であったが。
モノノケの力が意思に呼応しない。
集中しろ、そう自らを叱咤して再び解放の気を強めるが、やはり力が湧きあがってこない。
「なんだ、どうしたんだ」
思わず呟いた言葉に、私の精神が僅かでも破綻したと悟ったのか男が笑った。
「どうした女、なにかするのではないのか? 焦った顔をしているが」
やや沈鬱で冷たい顔をしていた私が戸惑いを隠せずにいるのを見て男は笑う。
一体どうしたことだこれは。リラの家で力が暴走したことに関係があるのか。それとも思っている以上に体がまいっているのか。
「がっかりさせるなよ」
男は前かがみになって体中に力を滾らせた。
瞬時にすらりとした男の四肢に剛が宿り、さながら山男の如く変貌した。
なんと恐ろしい形相だろう。目玉は浮き立ち、異形となった口は耳まで裂けている。
「私はかつてヴェルガと一戦交えた国の兵士。あの国にも俺と同じような兵士が数多くいたな、不可思議な術者やらメルリスと呼ばれる超人の集団との戦いは心躍ったぞ」
容貌怪奇と化した男。恐らく私と同じように、常人離れした力を宿した者だ。
「だがここのところはもっぱら雑魚を蹴散らすだけの日々に腐っていてな、そこにきて女、お前だ。お前はな、俺と同じ匂いがする、我らは同じものだ」
ただならぬ殺気に私が構えると、足元で呻き声が一つ。
「うぅ、いてえ・・・・・・助けてくれ、血が止まらない」
斬り捨てた一人の男が地面をもぞもぞと這い進んだ。
「頼む、医者へ連れて行ってくれ」
わなわなと伸びた手が、男の靴に触れた。その瞬間、男は血まみれの部下の顔を鷲掴みにして空高く放り投げた。投げられた時点で首の骨が外れる音、喉に詰まった血泡が潰れる音が響いた。高々と舞った男は、杉の木の先端に突き刺さって絶命した。
「なっ!? 貴様、自分の部下を」
男は放り投げた部下になど目もくれず、未だ私を見ていた。
気力に破綻が生じれば瞬時に襲い来ることを予期し、すぐさま刃を握る手に力を込める。
「いいぞ、いいぞ女! お前はすぐには殺さん。貴様のような女はそうはおるまい、美しく強く」
私は死だけでなく、血を呼ぶ殺気をも呼び寄せるのだ。そう噛みしめていた時だった。
「お前が護るクリステルとは全く別だ。あんな壊れやすい人間などつまらん」
「なんだと?」
「ヴェルガ皇女クリステル・シェファー。確かに眼を見張るほどの美しい女だ。悩まし気な情感が浮かばんでもない。だが駄目だ、あんな小娘では満足できん」
「なぜクリステル様のことを知っている――お前たちはなんだ? この村でなにをしていた!」
「大儀ある任に就いていたのさ、そこに偶然お前たちが転がり込んできたのだ。まさかこんな形で切り札を手に入れられるとは思わなかった」
「切り札だと」
「そう、切り札だ。ヴェルガの皇女。行方不明で捜索中とは笑わせる、あの女は自分の国から指名手配をかけられているんだろう? ヴェルガ軍との交渉には使えないだろうがな。ヴェルガに侵略され、血に飢えた獣達には極上の肉よ。あの女をうまく使えば俺たちも返り咲けるほどの金が手に入る」
「クリステル様を手にかけるつもりか」
「その前に楽しむがな、ちょうど蕾が綻び始めた初々しさよ。不能か男色でもなければ皆食いつくだろうよ。女に生まれたことを後悔するだろうな」
「・・・・・その辺りでやめておけ」
「だがまずは貴様だ! 貴様は逃がさん! そして貴様共々あの皇女も汚してくれるわ!」
炸裂。
男の顎部を拳にて砕く。水月へ打ち込み、臓器を内部から破裂させる。両肩に鉄拳を打ち下ろし、背骨から頸椎を歪ませる。喉に手刀を打ち込み破壊する。
紅潮した私は血を求める悪鬼の如く乱舞した。手足は凶器と化し、打ち込む度に男の悲鳴が月の光も差さない森に轟く。
「いいぞ女! もっとだあ!」
この男、殴られながらも恍惚としている。悦の至極を噛み締めるがごとく、殊更に殴られているようだ。
傷を負うことで渇望が満たされているのか、歓喜の笑みを浮かべている。
理解できない。
「んがああっ!」
拳を放とうとした私の腕に男が噛みついてきた。これほどの傷を負いながら、恐るべき気力だ。
「っはっはは! 捕らえたぞ!」
男の歯が腕に食い込んでいく。
「痛いだろうが! こうしてヴェルガの名のある兵士共の手足をいくつも嚙み切ってきたのだ! さあ喚け!」
「・・・・・・」
「我慢強い女よ! 皆泣き叫んでいたがっ――あ、ああ?」
噛まれていた腕に力を込め、冷酷な目を向ける。
「なんだ、なんだその目は貴様っ!」
刃を閃かせる。
「黙れ、とっとと往け」
首と胴体が別れた後も、些かの衰えもなく噛みついているのは脅威だ。
しかし、私の前であの方を侮辱したのが運のつき。
噛みついている男の頭を振り払う。頭が木の奥へ転がっていく音がして、それきりしんとなった。腕には男の歯が数本めり込んでいる。
腕に力を込めると、ぷぎゅ、とした音と共に歯が抜け出た。
無刀なれど凶器と化した腕。解放なしでこれほどの力が出せたのは初めてのことで。まるで自分の腕ではないような感覚に驚き、しばし茫然と見つめてしまう。
打ち込んだからこそわかった男の筋骨猛々しさ。アモンの獣とそう変わらない岩のような体であったが、解放していないにもかかわらず、素手で容易に破壊することができた。
いや、今はそれどころではない
自分に言い聞かせ、来た道を戻った。先ほどよりも体が軽く、半分の時間でリラの家に戻ることができた。
が、
「お嬢様! リラ!」
家はもぬけのからだった。
家中を探したが、クリステル様はどこにもいない。見ると壁にあったはずのリラの銃が見当たらない。外や屋内の足跡は綺麗に消されており、ご丁寧に匂い消しのための煙幕まで焚かれている。
「くそっ、なんてことだ」
私は家を飛び出した。




