消えた星 眩み
ソニアが消え去ったと同時に。研ぎ澄まされたアヤメの感覚が、数百メートル先に潜む者達を容易に捉えていた。
衣擦れの音から息遣いまで聞こえる。何を装備しているのか、どのような精神状態なのかまでもはっきりとわかる。
先刻まで混濁としていた意識であったが、今や集中すれば周域を完全に把握するほどである。まるで空から全体を俯瞰しているような、これまでに経験のない不可思議な感覚だった。
「ちょ、ちょっとクレアさん。あなたの連れ、なんだか黙り込んで窓の外見てるけど?」
リラが少し怯えながら、助けを求めるような視線をクリステル様に向ける。
「アヤメさん、どうかした?」
私は手にしていた刀を帯に差した。それを見たクリステル様は何事か察したようだった。
「嗅ぎ付けられたようです。敵は複数、恐らく酒場にいた連中の仲間だ」
「うそ、ここに来るの? どうしよ、逃げたほうがいいよね」
取り乱したリラが壁に掛けてあった銃を手にしようとした。
「リラ」
「え? なによ?」
「大丈夫だ、まかせろ。ここでお嬢様と待っていてくれ」
「まかせろって、あんたが倒してくれんの?」
「ああ」
「あ、あのね。いくらあんたが強いって言っても、あいつら銃持ってんのよ? 銃持った奴らを相手に剣だけのあんたが勝てるわけないじゃん」
「問題ない」
「はあ? 問題大ありでしょうが」
頭を抱えたリラが焦りと困惑に地団駄を踏む。
「アヤメさん」
「はい」
「気をつけてくださいね、それとできれば――」
「心得ています」
「無理はしないで」
全ての雑音を縫うようにして、クリステル様のすっきりと通った声が耳に届いた。先刻の苦痛はどこかへ遠のいていき、胸の底には彼女の温かみだけが残っている。
手にしていた白いリボンを髪に結び、凛と胸を張った。
「お任せください。お嬢様はここから出ないようにしてくださいね」
「はい、待っています」
私は微笑むと夜の闇に足を踏み出した。
可能な限りの力を両足に込め、跳躍を持って木々の上に飛び立った。空には蒼い月と幾千の星の彩りがあった。
・・・・・・・・・・
「はぁああ、こっちに相談なく勝手に出ていちゃってさ」
「ご、ごめんなさい。でも、アヤメさんなら大丈夫です。きっとなんとかしてくれるから」
「そうは言っても、私たちだって黙ってここでお茶飲んでるわけにはいかないからね。ね、クレアさん」
「はい、なんですか?」
「悪いけどその壁にかけてある銃を取ってくれない? 念のため弾込めしたいんだ」
「いいですよ」
クリステルはリラに背を向けて壁に歩み寄った。
「ねえ、クレアさん」
「はい?」
「大切な人はいる?」
「ええ、いますよ」
「その人のためにできることがあったら、何でもしようって思う?」
「難しいですね。何でもしようという強い決意は時に人を傷つけます。けれど、出来る限りのことをすると思います」
「立派な考えだね」
銃を手に取った瞬間、真後ろでリラの声が聞こえたことにクリステルは驚いた。何事かと振り返る間もなく、
「ごめんね」
リラの手にしていた薪雑棒が振り下ろされる。
したたかに打たれたクリステルの意識は遠のいていった。
「私はあなたとは違う、大切な人のためなら他の人が傷つこうとなんでもやるよ」




