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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
激動篇
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消えた星 不穏な村

 なんとも寒々しい村にある酒場に私たちは立ち寄った。

 

 店内は薄暗く閑散としていたが、それでも数人の客がいて、昼間から酒を呷っている者や食事をしている者がいた。 その中に交じって外套を纏った私たちも軽食を取る。

 

 酒場を提案したのは私だった。こういった場所に訪れる者は、誰に興味を示すでもなく、目の前のグラスに夢中になるためだ。

 酒は百薬の長と師匠に聞かされてきたが、疲労した体には逆効果だろうなどと考えつつ、運ばれてきたパンとソーセージを頬張っていると、

 急に酒場の戸が勢いよく開かれ、一人の少女が放り投げられた。


「ああっ!」


 硬い板張りの床に体を打ち付けて悶えているのはリラだった。


「おらおら、立たんかい」


 そう言ってぞろぞろと男たちが入ってくる。歩み出た一人が岩のような手でリラの頭を掴んで引っ張り上げた。


「うっ、いた」

「お前はよお、どうやっても稼げねえな。才能がねえのか、やる気がねえのか」


 頭を揺すられているリラは苦悶の表情を浮かべている。


「うぅ、ごめんなさい、今日は山に獲物がいなくて」

「言い訳なんざ聞きたかねえ、せめて俺たちにお酌でもしてくれよ。なあ?」


 掴んでいた頭を放られ、金色の髪が床に擦りつけられた。


「はやく立て」

「――は、はい」


 好き勝手にされているリラの表情に怒りはない。これは仕方ないことであると割り切っているらしい。それもそのはず、男たちは立ち上がったリラに対し目方二倍はある。山のような体つきだった。腰には銃と短剣があり、少女一人ではどうにも敵わない相手だ。


 明らかなごろつき。ヤクザか傭兵の類か。


「お嬢様、駄目ですよ」


 立ち上がろうとしたクリステル様の手をピアが掴んだ。


「ビレでも言いましたが、目立つ行動は控えねば――ソニアさんも」


 隙をついて立ち上がろうとしたソニアもピアにがっちりと腕を掴まれている。



「アヤメさんもいいですね?」


「・・・・・・」


 彼らが席について酒を注文すると、これまで安酒を舐めていた者達はそそくさと退散を始めた。

一人くらいリラを助けようとする者もいると思うが、店を後にした男達の顔には諦めともとれる感情が浮かんでいた。

 なるほど状況が読めてきた。どうやらこの村はあの男たちの一団には逆らえない何かがある。力ずくで支配されていると見て間違いないだろう。


 クリステル様がリラを凝視していることに気づいた。

 その目はリラにも届いていたようで、二人の視線が交わるのをはっきりと見た。


 リラの表情が悔しそうに歪む。言うことを聞いてくれなかった私たちへの非難か、惨めな姿を見られた無念か。

 唇を噛んだリラは男たちから私たちを遮るようにして立ち上がる。


「あの、あっちへ――いつも皆さんが使っている机で飲みませんか?」

「あそこはな、この前こいつがゲロ吐きやがって臭えのよ」

「でも」

「うるせえな!」


 男は運ばれてきたワインをリラに浴びせる。


「あぁあぁ、濡れて透けちまってよ」


 ワインを被ったリラの服は水気で透けて、乳房の形が露わになってしまっている。男二人がリラの腕をがっちりと掴み、濡れた頬や腕を舌で舐めた。


「いやっ」


 小さな声で抵抗するリラ。


「ピアちゃん、私ああいうの嫌だよ・・・・・・力で無理矢理なんて」


ソニアの目が尋常でないほどに光った。筆舌し難い無念が胸中渦巻いているようである。力ずくで男に倒される苦しみは体験した者でしかわからない――そう、言いたげに思える。

明らかに纏う空気までも変えてしまったソニアに、ピアも口をつぐんだ。



「おいおい、今更なに恥ずかしがってんだ。お前を女にしてやったのは俺だぜ」

「お前の声聞いてると熱くなってくるぜ。俺はな、泣きわめく女を見てるときちまうのよ」

「今日は足がガタつくまでやってやろうかい」

「そりゃいいや」


「殿方、少しよろしいか」


 私は歩み出ていた。


「その辺りで許してやれ。見たところその娘は体を売りにしているわけではなさそうだ。春が欲しいなら、通り向こうの宿に売っていたと思うが」


「なんだぁ、小娘」


 ガタっと音を鳴らして男たちが一斉に立ち上がる。


「わからないか。胸が悪いと言っているんだ、失せろ」


「――おお、良く見りゃ可愛い娘じゃねえか。混ざらねえか? なあおい、股下の蜜穴見せてみい」


 口から涎を垂らした男が私に触れようとする。


「やめてっ! その子は関係ないでしょ!」


 リラの悲鳴に一人の男が憤怒の形相に変わった。


「てめえは黙っとけ!」

「きゃあっ!」


 と、男がリラの頬を打ったと同時に、床を蹴った私は雲の上を滑る如く、些かの足音も、衣擦れさえも残さずに馳せ、リラに腕を上げた男の顔面を手加減なしに拳で打った。


「ヒギッ!」


 顎を砕かれた男は三間ほど吹き飛んで壁にぶち当たって気絶した。


「てってめえっ!」


 残った男たちが短剣と銃を抜く。


「そうだ抜け、私は素手で相手をしてやる。お前たちとはそれで手合いだ」


「なめくさりやがってこのアマ」

「たたんじまえ、こいつも気が狂うまでやってやろうぜ」


 疾風の如く男たちの四周を駆け抜ける。さながら飛瀑が散る如く、外道どもの体から血が舞った。

 最後の一人。リラの頬を舐めた男はよろめくところをしたたかに打たれて倒れ込む。


「殺す、てめえは殺してやる」


 男の股を思い切り蹴り上げると、喉から潰れたような悲鳴が上がる。


「いや待て、悪かった、悪かった。頼むっ、もうやめて」

「そう言った娘にお前は何をしたんだ。次にこの娘に手を上げてみろ、もう一度股のものを蹴りつぶすぞ」

「ひいっ」

「床で伸びている奴らを持っていけ。さっさと失せろ」


 男は内またで立ち上がると、気絶した仲間達を引きずって酒場を後にした。

 外道ども。頭に上った血を下げるつもりが、体を動かしたらかえって火照ってしまった。


「あ、あぁ」


 呆然としたリラの口から気の抜けた言葉が漏れる。酒を浴びた彼女の服はまだ透けていて、胸のふくらみまでよく見える。


「これを」


 私は羽織っていた外套をリラにかける。


「大丈夫か?」

「なんてことを、この村には寄らないでと言ったのに、なんてことを」

「私たちにも事情があってな。すまない、勝手ながら体が動いてしまった。リラを助けないのでは不義理が過ぎると思ったのでな」

「私のことを思うなら、何もしないでくれればよかったんだ」


 震える彼女の目が怒りとやるせなさに光っている。


「あんたえらいことをしてくれた、すぐにここから逃げたほうがいい」


 酒場の店主が血相を変えて言う。


「あいつらはどこぞの敗残兵達だ、数週間前からこの村を根城にして好き放題やってる。戦争に負けた兵隊は気性が荒い上に、人一倍面目ってものを気に掛ける。さっきのことで報復に来るぞ」


 その言葉を聞いたピアがずんずんと迫ってきた。私の前まで来ると頬を膨らませ、何事か言おうとした時、


「ちょっと待った」


 ソニアがピアをひょいと抱き上げて言う。


「んあっ!? ちょっ! 下ろしてください!」

「まあまあ、ピアちゃんはいつも言いすぎちゃうから」

「ソニアさんはいつも気にしなすぎです!」

「その分、ピアちゃんが気にしてくれるからね」

「っく! いえ、今ソニアさんは後です! アヤメさん! ここでは目立つことを控えようと約束したはずです!」

「そんなこと言って、アヤメちゃんが悪党を倒したときガッツポーズしてたくせに」

「してません!」

「私たち外で待ってるからね。アヤメちゃん、ありがとうね」

「待ちません! というかまだ話が終わってません!」

「ういういうい~」


 ソニアにくすぐられたピアがきゃー、と悲鳴を上げながら去っていく。

 騒がしい二人を目で追っていると、クリステル様が静かにリラの元へ歩み寄っていた。手にしたハンカチでリラの目元を拭っている。


 リラは驚いて払いのけようとする素振りを見せたが、クリステル様の優しい笑みに射抜かれ、黙って俯いてしまった。


「この村の覇気を奪うもの。力ある者への恐怖か」


 私が呟くと、酒場の店主と酒を舐めていた数人の男が急所を突かれた様な顔をする。リラが酷い目に遭っている時、動こうとしなかった者達は一様に口をつぐんでしまった。


「なによ、皆がふがいないって言いたいわけ・・・・・・」

「そうではない。真っ当に生きている者たちに、荒っぽい連中の相手は難しいだろう。あなたには恩がある、必要なら相談にのるぞ」

「やめ、てよ」


 これまでどこかぼんやりとしていたリラの魂が、めっぽう鋭くなったような気がした。苦汁を舐めることに耐えてきたものがほつれたようであった。

 クリステル様は優しい目を哀しげにしばたたいて、


「ごめんなさいリラさん、この村に来たことや勝手をしたことは謝ります」


 そう言って頭を下げる。


「でも、私たちはもう知ってしまった。力になれることがあれば教えてください」

「なんで、どうして? あなた達には関係ない」

「どうか、そんな悲しいことを言わないで」


 あっ、と呟いたリラの目に涙が滲んだ。


「もぅ、優しくしないでよ、張ってた気が解けちゃったじゃない」


 切なげに身をよじってしくしくと泣き出してしまった。


「と、とにかく」


 酒場の店主が頭をかきながらオホンと息づいた。


「リラの言う通りだ、通りすがりの旅のもんにどうこうできるレベルじゃない。通り裏に街道があるから早いとこずらかった方がいい」

「それじゃ駄目」


 リラは裾で涙を拭って言う。


「街道を走ったんじゃ追いつかれる、あいつら車持ってるんだよ。私の家に来て、しばらく隠れてて」

「バカっ、お前そんなことしたら」

「皆はさ、あいつらがここに聞きに戻って来たら、この子たちは街道から逃げたって口裏合わせてよ」

「いつまでも匿えるわけはないぞ?」

「大丈夫、早朝には出て行ってもらう。薄暗い時に逃げたほうが見つかりにくいよ」

「おいリラ、それでもし嘘がバレたらユーリアが」

「――平気よ、バレないもん。ほら、来て早く」


 リラはもう一度目元を拭って歩き出した。


「あの、ちょっとリラさん?」

「お嬢様、ひとまずここはリラに従いましょう。言えた口ではありませんが、ここに残るのは危険だ」

「――わかりました。・・・・・・アヤメさん」

「はい?」

「また、あなたの力を借りてしまいました。本来であれば私が――」

「私はあなたの剣です。主の思うままに扱える名刀となるのが私の役目」


 私はクリステル様を抱き上げ、リラに続いて酒場を後にした。

 外ではソニアがピアを藁束でも持つように脇に抱えて立っていた。私が目くばせするとソニアはそのままついてきた。


・・・・・・・・・・


 酒場の奥にいた一人の男は、騒ぎを起こした者達が去っていくのを見計らって裏口から飛び出した。

 止めてあったバイクに跨り、急ぎ主の元へ向かった。


 「なんということ――あれはヴェルガ皇女クリステル様」


  男のつぶやきは疾風の中に消えた。


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