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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
衝突篇
65/170

恋の欠片

切りどころがわからずに長文となってしまいました




「っ!?」


 アリスは目を覚ました。

 一日中眠っていたらしい、窓の外には夕日が見えている。

 テーブルにはフルーツと水が置かれている。手を伸ばして水を一息に飲み干すと、グレープフルーツを頬張った。あまりにすっぱくて舌がひりひりする。


 そこで記憶が蘇った。

 レシプロ機がテラスに急降下してきた。慌てて力を使って軌道を変えて、それから――アウレリアは?

 一気に頭が冴えた。

 ベッドから飛び起きる、と全身に激痛が走る。


「いたっ、痛ぅ」


 腕と腿に包帯が巻いてある。


「撃たれたんだったわ」


 二十ミリの徹甲弾を跳ね返せない下手を打ったが、一応腕と足はついている。レシプロ機の爆風にも耐えたであろうことがわかる。あの衝撃で自分の体は無事なのだ、ならばアウレリアも無事なはずだが。

 どこにいるの。怪我はなかったの。アリスは苛立つ。どうして私の傍にいないの。心配をしてあげているのに。


 苛立てば苛立つほど傷が痛む。満足に動けるようになるまで二日はかかるだろう。

 髪がべっとりとしていて気持ち悪い、眠っていたのは半日ではないらしい。


「まったく、起きて早々――」


 がちゃり、と扉が開いた。

入ってきたのはアウレリアだった。目覚めたアリスを見て瞳をおおきくしている。


無事だった。


アリスはふっと息をついた。


「アリス!」


 安堵とも無邪気な明るさともとれるアウレリアの声であった。

 アウレリアは身を起こしたアリスの元へ駆けよったが、傷を負った彼女を慮ってかわなわなと身を震わせるのみだった。


「寝ていないとだめ。まだ傷が癒えていないでしょう」


 自分に言い聞かせるようにも言う。飛びつきたい衝動をかろうじて抑えていた。

 アリスを想う気持ちはとりわけ強い。一度火がつけばすぐさま炎のように燃え上がった。年若い少女は夢に誘われるままに恋の業火の虜となっていた。

 恋心はヴェルガの敵に向けられている。だめ、だめ、諦めなければならない、忘れてしまわなければ、そう思えば思うほど、どうにもならない恋慕に苦悩しているのだった。


「私はどれくらい眠っていたの?」

「二日です」

「二日も。(すす)けたわね私も。さて、と」

「なにをしていますの!?」

「は?」

「気は確かですか、怪我をしていますのよ?」


アウレリアは立ち上がろうとしたアリスの両肩を掴んで、ベッドに押し戻した。


「あなたは覚えていないかもしれませんけど、凄い爆発でしたのよ。人なんてあっという間にバラバラになりそうなくらい・・・・・・わたくしたちが無事なのが、不思議なくらいですわ」

「それだけ私の力が優秀ってことよ」

「いくら優秀だと言っても、あれだけの力を使えば疲れましたでしょう? それに怪我まで。だから、安静にしていて下さいな。お願いですわ」

「そんな走り回ろうとしたわけじゃないわ、ちょっと立とうとしただけ――」

「安静にしていてください」


泣き出しそうな、怒っているような、妙な表情であった。


「わかったわ、変な顔してるあんたに免じて大人しくしててあげる」

「むぅ・・・・・・どこか痛むところは?」


 アウレリアがベッドの横にある椅子に腰かけて言う。


「体中痛いわよ――あんた、怪我はないの?」

「はい、わたくしは大丈夫です。ありがとう」


ぽっと頬を染めて微笑むアウレリア。

 アウレリアは未だ執拗に自分のことを思っているらしいとアリスは見抜いていた。

 思うままに動かすにはあと一歩と言ったところだろう、とアリスもまた静かに微笑んだ。その笑みを了承と取ったのか、アウレリアはそっと抱き着いてきた。


「っと・・・・・・なによ?」


 ドキリ、としたアリスであったが、疲労から振り払う力もなかった。妙な胸の痛みは気のせいだと思い込むことにした。


「ありがとう、あなたのおかげで助かりました」

「・・・・・・もう一度聞くけど、怪我はなかったのよね?」

「はい」

「よかったわ」

「ありがとうアリス、ありがとう」


 震えを誤魔化すためなのか、背中に回っているアウレリアの小さな腕は硬くなっていた。生命を断ち切られるほどの悪意を向けられたのは初めてのことだったのだろう。


「・・・・・・怖かった?」

「・・・・・・怖かった」

「そう」


 アリスも最初はアウレリアのように震えてばかりだったことを思い出す。

 刑務所で下種に犯され、エルフリーデの命令で戦場に放り出され、少しずつ最初の気持ちを忘れていった。恐怖や苦痛が日常となった今、それを他者に向けることに何の抵抗もなくなってしまうほどに。アウレリアも怖かったのだろう。


「震えて泣いていたけど、お洩らしはしなかったかしら?」

「お漏らしなんてしていません」

「どうだか」

「していないと言っていますのよ」

「はいはい」


アウレリアが不機嫌そうに鼻を鳴らすのを聞いて、アリスは少し楽しくなった。


「人を殺そうとする人間の目は初めて見たでしょ? どうだったかしら」


「恐ろしい目でした。こんな目をした人に私は殺されてしまうんだって思ったら・・・・・・でも何より怖かったのは、あなたが傷ついて、殺されそうになって、それにあなたも人を殺す目に変わってしまって」


あっという間にアウレリアの声が暗くなる。


「それはそうよ、私だって死ぬのはごめんだもの」

「あんなアリスは見たくありませんの。もうやめてくださいね」


 ため息をついて目を閉じる。自然とアリスの手はアウレリアの頭を撫でていた。


「それで今回の騒動を起こした張本人は捕まったの?」

「首謀者はハンス大佐です、亡命を企てて手土産にわたくしの首をと・・・・・・昨日、国境付近で捕らえられたと聞いています。今は尋問の最中ですわ」

「私が尋問してやりたいわまったく、この傷の落とし前をどうつけてやろうかしら」

「そんなことを言うのはやめてくださいな」


 アウレリアはゆっくりとアリスの元から離れた。動悸を抑えるようにして両の手を胸に当て、唇をわなわなと震わせていた。

 体を汚され、侮辱を受けても、耐え続けてきた日々。慕っている姉を守るためとの決意が、いつからか全く別のものと変わっていた。

 

 アリスの瞳の奥に無明とも思える闇が潜んでいることを感じ取ったアウレリア。それが虐められている時に、より濃くなることも見抜いていた。過酷な日々を送った者のみが宿す闇の色。色濃い闇がアリスを縛り付けているのだと思った。


 自分を責めることで、僅かでもその闇が薄くなるのであれば。毒を抜くように絞り出すことができるのであれば、喜んで傷つけられもしようと誓った。それが精いっぱいの、アウレリアが向ける愛の形であった。

 

 だが、あの夜のように流血で終わることはあってはならない。血を吹き出した対手を見たアリスの目にはどれほどの闇が浮かんでいたのか言うべくもなかった。そんな姿は見たくなかったし、アリスにこれ以上の苦しみを覚えてほしくなかったのである。


 アリスのためなら可能な限りのことをしてあげたい。けど、人を傷つける手伝いはできない。

 密かに秘めた少女の想いを未だアリスは知らなかった。


「お子様ね、そんなだから食い物にされるのよ」


 アリスは苛立っていた。

 アウレリアに抱かれていた時も、こうして一言二言と言葉を交わしている時も、胸の奥が妙に疼くのだ。

 居心地の良さと不快な感情の狭間にいるような妙な感覚。何故だか落ちつかない。怖気すら覚えた。


「あ、あの、ごめんなさい。ただお礼が言いたくて」


 鋭い声へと変貌したアリスを見て驚いたアウレリアは申し訳なさそうに俯いた。


「お礼なんて必要ないわ」


 心臓が早鐘を打ち、頭にちりちりとした火を感じる。


「・・・・・・勘違いしないでよ、あんたがまだ道具として使えるから喜んだだけよ」

「道具、ですか」

「そうよ」


 アウレリアは静かに息を吐き、目を閉じて椅子に腰かける。すぅと息を吸い込み、膝の上に置いていた手に力を込める。


「アリス、わたくしはあなたの道具にはなりません」


 目を見開いたアウレリアは言った。

 穏やかではない口調が、アリスの思考を凍らせる。


「・・・・・・聞き違いかしら。今、私に逆らったように聞こえたけど」

「聞き違いではありません。もう一度言って差し上げます、わたくしはあなたの道具ではありません」


 決意を固めたアウレリアの目に、アリスはたじろぐ。

 この少女はいつからこんな目をするようになったのか。ヴェルガの皇女として生きるため、そして姉を人質に取られたため、自らの感情を昏い箱の中にしまっていたはずである。

 何かが変わったのだ。それはもう決して巻き戻せない何かだ。

 屈辱と快楽を味合わせたからなのか、死ぬような目に遭ったからか、或いは人を愛したためか。

 アリスは握る手に力を込める。


「・・・・・・残念ね、残念だわ。せっかく命拾いしたのに」


 この少女はもう決して傀儡(かいらい)にはならないとアリスは判断した。それどころか危険因子だ。確固たる意志を宿した者は油断ならない。強固な意思とは、時として神にも届きうる刃と化す。

 この皇女はここで殺しておかなければならない。そのような直感があった。


「お別れよアウレリア」


 アリスはアウレリアに右手をかざす。先刻、アウレリアの頭を優しく撫でていた右手である。アリスの胸がずきっと痛む。


 一瞬の沈黙。


 そこから、アリスは力を込められずにいた。


 憂慮なくその手を包み込んだのは顔を強張らせたアウレリアである。


「あんたっ!?」


「あんたじゃない! 道具でもない! わたくしはアウレリアです! そうやって自分の思い通りにならない人を力で押さえつけるのはやめてと言ったはずですわ!」


 年若いだけに、一度感情の制業が切れるとアウレリアの舌は鋭くなる。 


「なんですって、私に命令する気?」


 先刻まで確かに互いを気遣っていた二人である。だが、一度歪んだ感情は容易には戻らない。共に今ま

で抑えていた感情が急回転し、互いに掴み合っての口論となった。


「アリスにはこんなにも素晴らしい力がある、それなのにどうして人を傷つけるために使ってしまうの! どうして人の痛みがわからないの!」


「痛みが分からない? 悪いけどね、私は誰より痛めつけられる苦しみを知ってる! あんたこそどうなの! 着飾って神輿に乗ってるあんたなんかに私の何がわかるのっ!」


「アウレリアよ! 私はアウレリア! ちゃんと名前で呼んでよ! 私のことをわかろうともしないくせに!」


「なによ化けの皮が剥がれたみたいに、お上品な言葉遣いはどうしたの」


「っく・・・・・・・・・・・・それじゃあ――わたくしだってアリスのことがわからない、あなたのことを知りたいのに」


「私はあんたがどんな人間かよく知ってるわ! いつも一人ぼっちで惨めな皇女さま! 誰にも愛されない小さい人間だってことをねっ!」


「わたくしだってっ! あなたのことを少しは知っています!」


「ふうん、面白いわね。あんたに何がわかるっていうの? 言ってみなさいよ! なにを知っているのか言ってみなさいよ!」


 急にアウレリアが押し黙った。

 ぎゅっと手を握るアウレリアは静かな目でアリスを見た。ひやりとしたものを感じたアリスは何も言えなくなる。

 そして――


「フェリシア・ヴェイン・ボークラーク」


 アウレリアがその名を告げた。


「なんですって?」


 アリスの興奮しきった頭が冷却される。アウレリアの胸ぐらを掴んでいた手は小刻みに震え始めた。


「調べましたの、僅かな情報を元に・・・・・・あなたはセルシア国の上流貴族でした。革命に呑まれ、酷いことをされたのも知っています」


 目を丸くして唖然とする。自分の過去はエルフリーデと一部の側近しか知らないはず。

 アウレリアは幼少より皇務を担ってきたが故に抜きんでたものがあると、十分に理解していたはずだが、こんなところで再確認するなど思ってもみなかった。現存する僅かな資料を使って調べたというのか。


「これはあなたですわね。髪の色が違いますけど、あなただとわかります」


 アウレリアが一枚の白黒写真を差し出す。

 そこには幼い自分と、家族が映っていた。


「どこで、こんなもの・・・・・・もう何も残ってないはずよ」

「あなたのお父上の手帳ですわ。今は亡き国の技術、純金と本革でできた手帳は闇市に出回り、高値で取引されていたようですわ。最近になってある貴族が買い取っていたことがわかり、貸してもらったんですの。これはあなたのものですわ、写真はお返しいたします」


 震える指で写真を受け取る。


「お父さま、お母さま」

「わたくしは身をもって体験したわけではありません、どれほどの悲しみと苦痛であったかはわからない――けどあなたが、間違ったことをしようとしているのはわかる」


 アウレリアは再びアリスを抱きしめた。


「っ!?」


 アウレリアの香りと、温かい柔肌を感じる。そうすると胸の鼓動が高らかに、ドグンドグンと刻み始めた。

 

 ――なに、これはなんなの


 アリスの口が不自然に震えた。

 

 これまで幾度となく、幾十度となく、アウレリアには触れてきたはず。それなのにこれまでとは明らかに違う肌の感触であった。

 

 ほぼ不可抗力の、恋慕の熱がアリスに生まれたのは何故だろうか。

 純粋な乙女の心に当てられたか、或いは心の強さを垣間見たが故か、向けられる熱意的な愛がマリアと重なったためか。否。これらは恋する者特有の、後付けの理由に過ぎない。


 恋とは、理屈では到底説明がつかない、心の内から湧きあがる不可思議な念である。

 ただ、宿縁としか云いようがないのだ。


「アリスのことが好き。あの頃みたいに、庭園で一緒に笑い合えたらどんなに素敵だろうと思います。だから、お願いだから――わたくしと来て。今ならまだ間に合うから」


 揺らぐ心に眉をひそめていたが、最後の言葉に血管が怒張した。怒りに任せて握りしめた拳でアウレリアの頬を殴りつけた。


「きゃあっ!」


 椅子から転げ落ちたアウレリアの口端から一筋の血が流れた。


「なによそれ、同情してるの?」


 アリスは写真を丸めて捨て去る。


「フェリシアは死んだわ、その名前にもう何の意味もない。私はアリスよ」


 手をかざすと、アウレリアの体が空宇で磔にされた。


「思慮不足よアウレリア。私の言うことだけ聞いていればいいと何度も言ったはず、それなのにっ!」

「あっあうっ、ぐぅ」

「苦しいでしょう、縄で幾重にも縛られているみたいでしょう? 私を怒らせた報いを受けてもらう」

「あっ! あっ!」


「あんたに何かが変えられるの? 目を開けて外をよく見なさい! どこを見ても汚いもので溢れてる! 正義も秩序もどこにもない! 死ぬべき人間がのうのうと生きていて、救われるべき人間が血を流して土に埋もれていく! 酷く醜い世界なのよ・・・・・・私は私のやり方でこの世界を作り変えてやるの! 力もないくせに偉そうなことを言わないで!」


「知って、います、ここには、あうっ――正しいものなんて、一つもなかった。私もその一端を担っていた、嘘ばかりついて、全てに背を向けていた」


 アウレリアの目に力がこもり始める。


「でも今は違う、誰でも正しさを掲げることができる、ほんの少しだけ気づければ、優しい気持ちを持てればそれだけでいい! お姉さまがそう教えてくれた。あなたにもわかってほしい。まだ遅くはないのよ?」


「遅い、いつだって遅すぎるのよアウレリア。もうすぐこの世界は終わる――そしてあんたもここで終わりだわ」


「私を殺して、何かが、変わるの? 気に入らない人は殺しておしまいですか? そうやって、同じところをぐるぐるとまわって」


「なんですって」


「あなたは悪を憎んでいるのでしょう? それなのに、あうっ――それなのにあなたは、あなたがしていることは、あなたが憎む人たちと同じですわ! 何も変わらない。わたくしを殺しても、無限に続く円環を行くだけではありませんの!」


 憎むべき奴らと同じことをしているとはアリスも重々理解している。真の世を作るべく邪の道を行くと決めたのが三十年前。己の唇を噛みしめつつ、ただ一筋に、振り向く余裕などなくひたすらに、励んできた。

 が、アウレリアの純粋な言葉が恐ろしい爪となり、アリスの心をひっかいた。

 真っ直ぐに信念の道を進んできたアリスは、アウレリアの叫びにより、いわばその魂を真逆にひっくり返された。

 

 ――好きな人から言われるのでは重みが違う


 と、一瞬でもそう考えたアリスはかぶりを振って乱れた思考を追い出そうとする。

 

 だが、アウレリアへの想い故か思考は乱れに乱れたままである。


 追えど払えず、消すにも消えず、驚くほどに心が乱れる。


 こんな小娘一人の言葉に。そんな馬鹿なことがあるものかと思えども、あり得ないと否定しても、自分の心が目の前にいる混じりけのない少女に吸い込まれ、覆いつくされていく。いかんともし難い現実があった。


「なら、どうすれば、私はどうすればよかったのよ――だってマリアと約束したんだから、この世界を変えてみせるって約束したんだ」


 ――私が間違ったことをしているから。マリアは一度だって姿を見せてくれない

 

  とまで思い込んだ自分に、アリスは愕然とした。


 不動一心のまま、鍛えぬいてきたはずの心が陽に溶ける淡雪のように消えていく。

  

「い、やああああああ、うっ!」


 頭を抱えたアリスは、膝をついて前のめりに倒れた。


 違う、違う。

 仕方ないんだ、こうするしかなかったんだ。


「アリスっ!」


 頭を上げると、アウレリアの青い瞳があった。


 アリス、あなたを愛しています。だからお願い――


 目を通して流れ込んだアウレリアの心に、寸分の迷いもないことがわかる。必要と在れば命を懸けることさえわかってしまった。


「黙れ、黙れ!」


 傀儡にするはずだった少女。

 それが今や追い詰められているのはアリスの方であった。  

 アリスは怒りに任せてブチブチと髪を数本引き抜き、アウレリアに込めていた力を更に増した。


「っぐ、うっ!」

「死になさい」


「アリス!!」


 部屋に入ってきたエルフリーデが声を荒げた。


「アウレリア様を放しなさい」

「・・・・・・」

「放しなさいと言ったわよ」


 アリスは複雑な感情により、暗く沈んだ表情を伏せて、アウレリアを解放した。


「っきゃ――げほっ、ごほっ」


 アウレリアは床に崩れ落ちて咳き込んでいる。


「アウレリア様、大丈夫ですか?」

「へ、平気ですわ」

「お手を」

「平気です、自分で立てます」

「そうですか――少しアリスを借りますよ。アリス、行くわよ」


 エルフリーデはそう言うと、わき目もふらずに部屋を後にした。

 アリスはアウレリアを一瞥し、そのままエルフリーデに続いた。


 エルフリーデの声は救いとも取れた。これでアウレリアを殺さずに済む、一瞬だけそのような思考が頭をかすめた。


「げほっ、ごほっごほっ――はぁ、ふぅ、ふう」

「アリス、また咳をしているわね」


 ただ、自分のことを強く想うアウレリアのことを僅かばかりでも愛しいとは思っていた。肌に触れたことも相まって、その気持ちは極めて自然に、アリスの中で育まれていたのである。


「あなたアウレリア様と会う度に体調が悪くなってない?」

「別に・・・・・・で、なんの用だったわけ?」

「ご挨拶ね、怪我をしたあなたの様子を見に来たのよ。そうしたら叫び声が聞こえたものだから・・・・・・どうしたっていうのよ。殺すべき時に殺すのが私たちの流儀でしょ、それをあんなふうに。まるで快楽殺人者よ」

「わかってる」

「そういうのはアリスが一番嫌っているでしょう」

「わかってるわよっ! ちょっとだけ、頭に来ただけよ」

「それで皇女を殺されたのではたまったものではないわ・・・・・・私があなたに命じたのは、アウレリア様を傀儡にすること。それで、紐はつけているの?」

「あの子は強いわ、誰のものにもならない」

「失敗ってこと、どうやらこれまでね。アリス、あなたには別の任務に就いてもらう」

「そう――頃合いかもね。次の任務は?」

「最後の石が見つかったわ」


 アリスは息を呑む。


「本当に?」

「ええ、すぐにシュタインの部隊を派遣する。あなたも同行してほしいの」

「わかった、失敗は許されないからね」

「そうよ。もうすぐよアリス、私たちの悲願達成の日は近いわ」

「長かったわね。必ず石を持って帰るわ」

「頼んだからね」

「まかせて・・・・・・私が留守の間、アウレリアの警護は誰にさせるの?」

「優秀な者をつけるわ、まだ暗殺者が潜んでいる可能性もあるからね。そうね、レキにでもまかせようかしら」

「レキ? あいつソニア以上に気分屋でしょ」

「今のあなたよりは頼れるわ」

「・・・・・・」

「冗談よ、私は誰よりアリスを頼りにしている。それに心配しなくても大丈夫よ、アウレリア様にはまだ役に立ってもらわないと困るから」

「心配なんてしてない、ちょっと気になっただけよ」




 様々な人の心情は関係なしに、終わりが近づいていた。


また一つの章が終わりました。

さて、ここからが後半戦です。


どうか今後ともお付き合いください。


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