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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
衝突篇
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かの者の名を夜に奏でり

 アウレリアが刺客に襲われる数日前


 城の執事が、数冊の資料をもってアウレリアの自室を訪れていた。


「アウレリア様、依頼の品でございます」


「ご苦労様。仕事が速いですわね」


「そう言っていただけますと。なかなかどうして昔のようにはいきませんな、年は取りたくないものでございます」


「謙遜ですわ――このことは誰にも知られてはならない、その辺りは滞りなく?」


「はい。依頼が依頼だけに何人かの手は借りましたが、皆には悟られておりません」


「そうですの」


「ヴェルガに取り込まれる前の数十の国。アウレリア様は見聞を広めるため、それぞれの国の歴史と文化を記した文献を所望していると命じました。集められた資料は五百に及びました。その中で西側に限定すれば二百ほどに絞れます。一部厳選したものをここにお持ちいたしました」


「ありがとうございます、後はわたくしが」


「それでも膨大な資料でございますよ?」


「大丈夫です、少し休んでくださいな」


「かしこまりました。では」


「・・・・・・わけは聞きませんの?」


「必要ございません。私はアウレリア様の命に従うのみ・・・・・・それに、そうしておけば聞かれても知らないと言えます」


「ふふっ、ありがとう」


 執事は低頭し、部屋を後にした。


「さて、と」


 アウレリアの戦いが始まる。


「アリス、あなたはどこから来ましたの。今まで何をしてきましたの」


 執事たちに集められた資料は数百。この中に当たりがあることを願う。


「アリスのヴェルガ語はたまに訛りが出る、微妙なアクセントに母国語の名残がありましたわ。皇女として西側へ訪問した時、議員の一人があんな口調であったと思うのですけど」


 目の前にある資料一つ一つを丹念に調べていく。


 机にランプを灯し、夜が更けてもアウレリアの戦いは終わらなかった。


 アリスの強淫は日に一度のみ、それを終えれば部屋で惰眠をむさぼっている。

 仮にこの場を見られても、皇務の参考文献と嘘をつけばいい。心を読まれれば万事休すだが、アリスは利益にならない皇務に関しては無関心なので心配はないだろう。


 アウレリアは知りたかった。


 好きな人のことをただ知りたかった。


 夜をほとんど寝ずに過ごすこと二日と半日。遂にアウレリアは見つけた。


 フェリシア・ヴェイン・ボークラーク


 写真に写る彼女の名はそう記されていた。


似ている。


髪の色が今のような銀髪ではないが、それは白黒写真であるからぼやけて見えるだけなのかもしれない。

だがこの姿は。白黒写真のためにぼやけて見えるでは説明がつかない。三十年前とは思えない、今の姿とほとんど変わらないのだ。


疑問は残ったが、このフェリシアという少女はなにか関係がある。そんなかんがあった。容姿のことはアリスの持つ力となにか関係があるのかもしれない。


ひょっとしたら。


 アウレリアはこの少女を徹底的に調べることにした。

 

 皇軍として名高かったコンスタンティン・ヴェイン・ボークラークの一人娘であるらしい。

 彼が生前に書き留めていた日誌が奇跡的に保管されていた。その日誌は優秀な執事の手によって届けられている。

 そこに綴られていたのはコンスタンティンの日々の葛藤と、何よりも大切な家族の写真。


『自宅の庭で妻のゲルテと娘のフェリシアと』写真にはそうあった。


 父に抱かれ、花のように微笑んでいるのはアリスにそっくりな少女である。

 アウレリアは生唾を呑み込んで、一枚ずつページをめくっていった。


『どうやら娘には私たちには見えない何かが見えてしまうらしい。しばらく屋敷から出さない方が賢明だと思う』


『妻がフェリシアのことで気に病んでいる。フェリシアがああなってしまったのは私のせいだと。酒と煙草を飲む機会が増えた。こんなことをしている暇があれば、あの子を抱きしめてやった方がよほどいいのに』


『ここのところ屋敷に帰れていない。フェリシアは元気だろうか。娘が恐ろしいものを見ないように屋敷から出ることを禁じていたが、今は内戦中だから丁度良かったかもしれない』


 このコンスタンティンという男はセルシアの革命に呑まれ、皇族と共に銃殺されたと歴史書に記されている。

 革命についての文献が必要だ。アウレリアはランプを片手に自室を飛び出し、地下の保管庫に駆け下りていく。

 積み上げられた本の山を崩し、セルシア国のことが書かれた本を手当たり次第にかき集めた。


 その中の一冊。ルイス・ギャンブリ著『革命軍の記』によれば、1901年、セルシア国で大規模な政変が行われた。市民と軍が起こしたクーデターにより、セルシア国の皇族は死刑となった。

 

 革命後の地位は逆転。貴族達は狭くて暗い牢に押し込まれた。

 そこで行われていたあまりに残虐な行為。

 血と生命を搾り取られるまで凌辱された女性たち。“ど”がつくほどの変態達に嬲られて死した後、死体は焼かれ、灰は近くの川や山に捨てられた。或いは家畜の餌となったという記録もある。

 

女たちは生きるため、男たちの欲望を満たした。どんな要求にも従った。


 女性の悲鳴に興じる催しも開かれていたらしい。そこでは鬼畜な男たちに調教された女性が、罪もない女性に暴力を振るったり、虐殺したりしていたらしい。



奇跡的に生き延びた女たちもいた。

 彼女たちは死者の体を跨ぎ、悲鳴と暗闇の世界を少しずつ超えて行った。

 人としての誇りも正義も、道徳などあろうはずもない闇の世界を。

 刑務所で生き残った女性の写真が載っていた。ものすごい表情をしている、見ていると怖気がしてくる。


「リストが欲しい、投獄された人の中にフェリシアの名前は・・・・・・それと軍事記録。セルシア国はエルフリーデが落とした、彼女の足取りが知りたい」


 アリスに不可思議な力があるのは知っている。彼女はそれをエルフリーデからもらったと言っていた。


 もしフェリシアがアリスと名を変えていたら。


 こんな、あんまりな仕打ちを受けてきたのだとしたら。


 アウレリアの手は震えていた。

アウレリアが人知れず悩み、行動していたお話でした。


次回から本編に戻ります! 衝突篇最後は明日投稿します!

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