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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
衝突篇
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アウレリアの独白

いつもお読みいただいている皆さま、初めてお読みいただきました皆様

貴重なお時間をこのお話に費やしていただき、ありがとうございます


長編故に膨大な字数になってしまいました。まだ続きますが、今後も皆様にエンターテイメントを提供できれば幸いでございます。

今後ともよろしくお願いします!

 わたくしは嘘ばかりの悪い子。

 

 こんなふうになったのはいつからだろう。

 

 子供の頃、城の庭園にはリスの親子が住み着いていた。観察するにはすばしっこくて大変だったけど、愛くるしい彼らの生活は見ていて飽きなかった。

 

 動物や自然が好き。将来はそんな仕事がしたいと思った。

 一度だけお母さまと一緒に山へ行ったことがある。自然観察員の人が指さす先に、鳥や狐がおっかなびっくりといった様子でこちらを覗き見ていた。

 

 わたし動物が大好き。将来は動物を観察するお仕事がしたいな。

 誰にも言っていない秘密をお母さまに告げた。

 

 得意げに言ったわたくしの顔を見て、お母さまはとても悲しそうな顔をした。

 漠然と、こういう仕事はできないのだと悟った。


そんなのおかしい。わたくしは偉い皇女なのだから、やりたいと願えばなんだってできるはずだ。幼い頃はそう思っていた。

 

 病に伏せていたお姉さまに変わって皇務をするようになった。

 

 物事を決めるのは全て周りの人たち、わたくしは黙ってそれに従うだけ。彼らが求めるのは利益と信頼だけだった。

正義だの秩序だのは利益の前では家畜以下らしい。


言いたいことはたくさんあった。けれど、誰もわたくしの意見など求めてはいなかった。真摯な気持ちを訴えたところで、冷ややかな笑みと目を向けられるだけ。

自分の意思と目の前の事柄は関係がないのだと気づいた。

 

 アウレリア・シェファーという人間は必要ない。ヴェルガの皇女という存在が必要なのだ。

 

 悲しみに打ちひしがれる暇もなく、皇女の義務が圧し掛かってくる。


 皇家で女として生を受けた以上、いずれは殿方に贈呈される。

 

 物心ついた時からこういった教育を受けた。悲しみを通り越して笑えてきてしまう。これでは人というよりモノの扱いだ。


 諦めるなら早いうちが良いと思うことにした。

 泣いても瞼は擦らない。そうすれば瞼は腫れない。そうして一つずつ夜を超えて行き、いつしか涙は流れなくなっていた。

 

 感情を押し込め、言われた通りに動くよう努めた。

 わたくしは皇女、皆の言いなりになるお人形。その日から本当のアウレリア・シェファーは消えた。 


「私はアウレリア・シェファー」


 違う。新しく生まれ変わるならば、口調でも変えてみようか。


「わたくしはアウレリア・シェファーですわ」


 こうして偽りの自分ができあがった。自分を欺き、全ての事柄を肯定する。

 嘘だらけの日々は鬱屈としていた。


 ある日、お母さまが死んだ。

 お父様は変わってしまった。握る手は冷たく、目はガラス球を埋め込んでいるみたい。

 周りの人は優しくしてくれたけど、どこか余所余所しい。言葉もなにもかも嘘ばかり。わたくしと同じ。

 

 嘘の世界で呼吸を続ける。

 苦しい。誰か助けて。


 お母さまの葬儀が終わった夜、久しぶりに涙が出た。

 虚の仮面をつけた人たちに囲まれて、その中で生きるために嘘をついて。

 自分がひどく惨めだった。


 そこにお姉さまが来てくれた。

 辛いだろうと言って背中を撫でてくれた。張りつめていた何かが切れてしまったのだと思う。悔しくて、辛くて、そういう感情をお姉さまにぶつけてしまった。


 痛いはずなのに、お姉さまは全てを受け入れて背中を撫でてくれる。みんな大嫌い、と言ったわたくしに、「私はアウレリアが大好きよ」と言ってくれる。

 

 その言葉が嬉しかった。


 姉妹のはずなのに似ていない。お姉さまの笑顔は慈愛で溢れている。わたくしのなんて冷えたナイフのようなのに。


 お姉さまが好き。


 

 優しくて、温かくて。お姉様だけは本当なのだと思えた。

 

 好き。


 

 

 ずっと一緒に暮らしていたい。でも、皇女である以上それも叶わないだろう。

 

 お姉さまの隣にはいられない。


 だから避けるようにした。これ以上、お姉さまがわたくしの心に響かないように。

 それなのに。あの日、広場で行った演説。お姉さまは本当の気持ちで民衆に訴えていた。嘘つきのわたくしとは違う。


 胸を打たれた。強い想いをありのまま伝えられる人もいる。なのに自分はどうだろう。

 

 逃げ出したかった。


 逃げて逃げて、辿りついた場所にいたのは。


 アリス。


 わたくしに酷いことをして、お姉さまの命を狙う敵。


 けど、彼女に触れられている時は本当の自分でいられた。

 怒りも快楽も惜しげもなくさらけ出していた。

 

 初めて肌の温もりを教えてくれた相手だから、特別な感情を抱いてしまったのだろうか。そうしてみると、彼女の見方が変わった。そしてあの日のことを思い出す。


 幼い頃、庭園でリスの親子が木の穴から出てくるのをずっと待っていたことがある。

 リスは警戒心の強い生き物だからなかなか出てきてくれない。そこにアリスがやって来た。

手に持っていたひまわりの種をわたくしの手に乗せ微笑んでくれる。


『ゆっくり息をして、じっと待っていてごらんなさい』


 彼女は膝を曲げ、わたくしの腰を抱いて一緒に待っていてくれた。やがてリスが下りてきて、わたくしの手からひまわりの種を取り、アリスの肩まで昇った。リスは満足そうに種を食べていた。


 リスが人に懐くところを初めて見た。



 この通りリスは小さいから、周りの生き物に対して警戒心がとても強い。だから、この動物に好かれる人は否応なくいい人だと思うことにしいる。


 わたくしはそう思う。


 アリスは酷い人なんかじゃない。そうは思えない。きっとなにか理由があるんだ。


 アリスのことを知りたい。そう思う。


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