揺らぎ
こちらは表現を規制させていただいております。
【ノクターンノベルズ】の「皇女の猫【解放版】」に完全な形で掲載しておりますので、そちらをご覧ください。
夜半時、アリスはテラスで夜風に当たっていた。
ヴェルガ国皇家が住まう城は白百合色の巨大な城である。
コロモ貝を思わせる吹き抜けの螺旋階段を上がれば舞踏会でも開けそうなテラスにたどり着く。床には白いタイルが敷き詰められており、天然石を削った手すりもやはり白を基調としている。
手すりにもたれかかり、呼吸を整える。吐き出した息の先には街の光で橙色に霞がかった夜空がある。空に浮かぶ月がいつもより低く思える。
なんだか凄く遠いところへ来てしまった。
ため息交じりにそう思う。ずっと昔に住んでいた屋敷も、閉じ込められていた刑務所も遥か彼方。ぼんやりと夜風に吹かれていると、言いようのないやるせなさに襲われることがある。
下から微かに吹き上げられた風に頬を撫でられ、なんとなく下を見ると、夜の城を彷徨う薄い灰色の人型がいくつか見える。人ではない。かつて人だったものだ。生気を抜かれたその物体は、ゆっくりとした足取りで壁をすり抜けて消えてしまった。
ここにも“ああいうもの”は出るんだ、とアリスは思う。
「マリア」
愛しい人の名を呟く。
アリスはかつて人だったものを見ることができる。刑務所にいた頃はここよりも多くのそれを見てきた。
しかし、マリアを見たことがない。
単に見えないのか、自分の前に現れてくれないのか、或いは空の上へ旅立ったのか。
「私とずっと一緒にいてくれるって言ったのに――どこにいるの」
呟いた途端、鬱積した血潮が燃え上がった。
救えなかった大切な人。このような慙愧はふとした瞬間に蘇る。
一度火がつけば容易には鎮められない。美しいマリアは苦しげに、時に切なげに悲鳴を上げる。
アリスは唸り声にも似た、小さくこもる悲鳴を上げる。
怨みを抱いていた男たちは全員殺したはずなのに、醜悪な過去の記憶は消えることがなかったのである。痛いほどに唇を噛みしめ、不快な心情を抑え込もうとした。
手すりに額をつけ、目を硬く閉じる。過ぎた時は戻せない、今は思い出すな、そう言い聞かせる。
階段を上る音が背後から聞こえてきた。昔日の苦しみの中にあったアリスはすぐに現実に引き戻される。こんな夜更けにテラスに来る人間がいるとは思えない。足音はどんどん近づいてくるようだ。姿を見ずとも鮮明になっていく足音で誰が来るのかわかってしまった。
「ここにいましたのね」
白いドレスネグリジェの上に桃色のカーディガンを纏ったアウレリアが暗闇の中で浮かび上がった。
「アウレリア――何しに来たの」
露骨に嫌悪感を混ぜて言ったが、アウレリアは気にする様子もなく慎まし気な足取りで近づいてくる。
整えられたブロンドの前髪、その横を流れる髪は肩までで切り揃えられている。陶器のように白い肌と紺碧の瞳。皇族シェファー家の女性は皆例外なく美しい。
突然の来訪者に驚いたアリスは罵る言葉も出ず、淑やかに歩く姿をじっと見つめていた。
「これ」
「は?」
「着てくださいな」
アウレリアは手にしていたもう一つのカーディガンをアリスの肩に乗せ、手すりにしっとりとした手を乗せた。
「こんなところにいては風邪をひいてしまいますわよ」
相手を気遣っての言葉はアリスにとって呪文と同じだった。アリスは体を硬くする。
「で、何しに来たのよ」
「なんとなく、ではいけないかしら」
「話し相手でもほしいの?」
「――そういうわけでは」
「あんたって友達いないのね」
皮肉のこもった声で言う。
「わざわざ私の所へ来るなんてね。悪いけどあんたと話す気分じゃないのよ」
アリスはそう言ってテラスを離れようとした。
アウレリアが手を伸ばし、アリスの手首を掴んだ。
「なに?」
「アリスだって、いつも一人じゃありませんの」
「あんたに関係あるの?」
「それは・・・・・・ありませんけど・・・・・・あの、よければ少し話を」
殊更に言葉を柔らかくしたアウレリアであったが、それがアリスの中に存在する理性の殻に罅が入る。
「アウレリア――立場を勘違いしないで。あんたは私の道具で、家族でも友人でもない。わかったら手を放しなさい」
「道具――ですの」
「そうよ」
「ただ、それだけですの? わたくしはあなたに話しかけることも許されませんの?」
殻が砕ける。
アリスがマリアのことを思う時、胸中は葛藤の渦。周囲の空気は刃が舞うような緊迫すら孕む。
誰でもいいから殺してやりたくなる。そんな気持ちを鎮めようとした矢先に現れたアウレリアは時が悪かったとしか言いようがない。追い打ちをかけるように口答えをするなど、アリスの憤りを煽るには充分であった。
「話をする? あんたが私と?・・・・・・ゆっくり慣らすつもりだったけどもういい、面倒だわ!」
アリスはアウレリアに掴みかかり、そのまま組み伏せた。
「きゃっ、うあっ」
煩わしく囀る口を片手で塞ぐ。
「うぐ」
苦痛を漏らすことすらできないアウレリア。
「私を見なさい」
目の前には濃い静脈を浮き立たせ、憤怒の目を宿したアリスの顔があった。
「あんたは私とエルフリーデの目的のために必要。私の手足となってくれれば、この後やることがずっと楽になる。つまりは傀儡、それ以上でも以下でもない」
ヴェルガは軍人が政治に大きく関わっている。軍人の横暴な国政に反発する民衆が多いのが現状である。
現政権反対派が起こす内乱が続けば国力低下は否めず、戦争は継続不可能。エルフリーデとアリスは強大な力を持っているが、国をあげての戦争ともなれば社会性を無視できないのである。
そこで皇帝や第二皇女のアウレリアを利用する。
皇家を信頼する民が多いのも事実。アウレリア達を矢面に立たせ、民衆の怒りの緩急材とするのがアリスたちの狙い。
そのための皇族。今後も強行を継続するには民衆の血と金が必要、全てしゃぶりつくした後の責任は全て皇族に負わせる腹積もりである。
アリスはアウレリアの花弁に触れる。
「クリステルを人質に取るくらいではだめだと思っていたの――屈服させるにはいい方法があるわ。今ここであんたの処女をもらう」
アウレリアはびくりと体を震わせ、アリスを見上げた。
「あんたは私のもの、烙印をくれてやるわ」
身を竦ませているアウレリアの体にアリスの魔手が迫った。
「痛いわよ、覚悟して」
アウレリアは突然、目に力を宿すと口を塞いでいたアリスの手を掴んだ。
「やればいいでしょう、わたくしはかまいません」
きっと睨んだ瞳には決死ともいえる覚悟がまざまざと浮かんでいる。
ここ数日は見ることのなかったアウレリアの反抗的な目にアリスは僅かばかり気を取られた。
「アリス」
アウレリアはアリスの頬をしっとりと包み込むと、蕾のような唇に自らのそれを近づけていく。僅かに唇の端に触れただけの接吻。
それだけを終えると、アウレリアは力を失ったように頭を床に落とした。
アリスは冷ややかな笑みを浮かべ、
・・・・・・・・・・
こちらは表現を規制させていただいております。
【ノクターンノベルズ】の「皇女の猫【解放版】」に完全な形で掲載しておりますので、そちらをご覧ください。
・・・・・・・・・・
「・・・・・・あなたが、好きです・・・・・・」
アウレリアは目から涙を溢れさせた。
肩を震わせてむせび泣くアウレリアは寒さに凍える子供のようだった。
「あなたがわたくしに触れるから――あんなふうにするからですわ」
アウレリアにとってアリスは初めて肌を許した相手。
やり方はどうであれ、恋愛対象であるかはどうであれ、肌の温もりを教えてくれた相手である。
「わたくしだってわからない、あなたを嫌いになろうと思いましたわ、それなのに駄目ですの。アリスがわたくしを嫌っていようと、もうどうしようもなく・・・・・・」
アリスは手を止める。
「ふっ、くっくっくくく――あんたは私に愛を知らないと言ったわね、それは尊いものだとも言っていた。これがあんたの言う愛ってわけ? ずいぶんな愛もあったもんね」
「っく」
「そう睨まないで、これでも楽しんでるのよ。まさかあんたが自分から言い寄ってくるなんて思いもしなかったわ、それが愉快でならないの。その軽さが愉快だわ・・・・・・そう、何もかもが軽いの、この世の中では命も純血も感情も。まるでワインのコルクのよう」
「それでも、あなたが好き」
「ならもっと楽しませなさい、無様に踊るか、私の言うことを聞いて――」
「違うっ! それは違います!」
「違う?」
「あなたに目的があるのは理解していますわ、でもそのために誰かを傷つけるのは絶対に駄目です。それはあなた自身も傷つけることになりますのよ?」
首の後ろに手を回され、そのまま抱き寄せられた。
何故抵抗しなかったのかはアリス自身もわからない。
「アリスの力になりたいと思ってます。けど、あなたのやりかたは間違っている。わたくしはあなたを止めたい、幸せになってもらいたいだけですわ」
優しく髪を撫でられる。
「やれやれだわ、何度言ったらわかるのこのバカは。私もエルフリーデも行く手を遮る全てを容赦しない、邪魔者は全て殺す。家族も友人も、必要であれば国ごと消す。加えて利用できるものはとことん利用する。私があんたに触れたのはね、立場を明確にするためよ。私の幸せを望むなら言うことを聞いてほしいわね」
「私は、どうなってもいい。傷つけたいならそうしてもいい。でも、もう他の人を傷つけるのはやめて」
アリスはふっと笑った。
目の前には恋も愛も語るに落ちる少女。まだ僅か十四歳。第二皇女として苛烈な人生を送ってきたであろうが、アリスにとってはまだまだクチバシの黄色いひな鳥にしか映らない。
だからこそ真っすぐだ。
汚い世界も人間もまだ見たことがないから、自分の信じることには愚直。
そうすると、氷のように尖っていた心が溶けていくようだった。
強張っていた感情も表情も、柔らかみのあるものに変わり始めたと気づいた。
「愛、か――国を問わず、人種を問わず、万人が賛美する言葉よね。それを私にわからせたいのなら、情に訴えるのではなく力で押さえつけてみなさい」
「どうしてわかってくれませんの、わたくしはただあなたに笑ってほしいだけ。この世界を美しいと、心から思ってほしいだけ」
「あらそう」
アリスはアウレリアに口づけた。
小さく震える唇を包み込む。
駄々をこねる稚児を黙らせるため。そのはずだった。
アウレリアは涙をいっぱいに溜めた紺碧の瞳を見開いてアリスを見ていた。
目が合った瞬間、アウレリアの心がアリスに流れ込んでくる。
アウレリアがアリスに向けたありのままの感情は、神様の許しのように心を温かく包み込む。
同時に息が詰まる。
体の中で蛇がのたうち回るようだ。締め付ける胸を抑え込めない。
気づいてしまった。この温かい感情は、マリアを想う時と同じものだ。
そんな、そんなはずない。
どうしてアウレリアを前にマリアを想う気持ちが沸き上がるのか。
マリアを過去に追いやり、アウレリアに気持ちが移ったとでもいうのか。
あり得ない。
あってはならない。
アウレリアの手を乱暴に振り払った。
「アリス、お願い」
囀るな、お前の声は耳を覆いたくなる。
アリスは本能のままにアウレリアの首を絞め、そのまま骨を折ろうと力を込めた。
アリスがアウレリアの首を掴んだ時、
「ごっ、ごほっごほっ」
アリスは体を「く」の字に曲げて激しく咳き込んだ。
「うっ、げほっ」
床に崩れ落ちる。内部を巨大な手で鷲掴みにされているような苦しみ。息がうまくできない。
「また咳が、あなたやっぱり体が」
「うるさい!」
その時である。
闇の中から躍り出る影が三つ。
アリスは痛みで朦朧とする中、三つの影が軍服を纏っており武器を携帯しているのを見た。恐らくアウレリアの命で潜んでいたのだろう。直前まで気配を感じなかったことを思うと、この三名は優秀な戦士であることがわかる。
体に異変が生じた私を殺すのに今が好機と思ったか。
やれると思うならやってみるがいい。
アリスは冷ややかな笑みをたたえた。
躍り出た影のうち、二名が銃を向けるのと、アリスが手をかざしたのは同時であった。
カッと銃口が火を噴いた瞬間、発砲したはずの二名が眉間を撃ち抜かれてがっくりと伏した。
アリスの力で銃口から放たれた弾丸はそのまま向きを変え、射撃主に襲い掛かったのである。
力を使えば造作もないこと。残りの一名もすぐに殺せるはずである。
しかし、アリスに快然の笑みはなかった。
先刻、発砲した銃弾はアリスではなくアウレリアに向けて放たれていたのだ。
「誰」
アリスは冷たい腹の底から声を出す。
「ほう、不思議な力使うネ。けど予想の範疇ヨ」
闇に溶け込む黒髪と、狐のように細く鋭い目を持つ女が一人。
桜花人とも思える顔立ちであるが、言葉の独特なイントネーションから違うとわかる。
アリスは目を見開いて女の体を凝視する。
超自然的な力を持たないただの人間。ただし、恐ろしく鍛え上げられている。
纏っているのはヴェルガの軍服であるが、体から溢れる覇気が尋常ではない。
「この国の人間ではないわね」
「ケケッ、そうヨ」
この時、躍り出た三名はレガール大陸でヴェルガに並ぶ大国、コンシェンから派遣された特殊部隊であった。
対立国の部隊が何故、城内に侵入できたのか。
それはヴェルガの軍人が招き入れたためである。
ヴェルガ国軍人、ハンスシュトローム親衛隊大佐。彼は無作為に戦争を続ける軍部と、失墜した皇家に失望した。このままではヴェルガに未来はない、とコンシェンに亡命することを決意。亡命先で確固たる地位に就くため、皇族の一人であるアウレリアの首を差し出すことを提言。
秘密裏にコンシェンの部隊と連絡を取り、夜が更けると同時に城へ招き入れていたのである。
「お嬢ちゃん、そこどいてくれるとよろしいな。侵入から撤退までの時間三十分しかない。時間とてもだいじネ」
「三十分もあると思うの? 今の銃声で衛兵がすぐ飛んでくるわよ」
「ああ、今日はついてないヨ。情報だとお姫様、夜は一人のはずだたよ、フェイとシン無駄死にだヨ――そこどかないなら嬢ちゃんごとやるがよろしいか?」
「やってみなさいよ」
「なら行くヨ」
女は手にしていた長銃を即座に構えて発砲した。
アリスは先刻のように手を前にかざす。
目にした全てを意のままに操る力。それさえあれば銃など恐るるに足らないはずであったが、放たれた弾丸がアリスの右肩を削ぎ飛ばした。
「くあっ!?」
体験したことのない激痛を覚えながらアリスは倒れた。
「アリス!」
アウレリアはアリスの元へ駆け寄った。
アリスが倒れることなど予想もしなかった。
「血がこんなに」
アリスはアウレリアの手を取ると、自分の背後に投げ飛ばした。
「大したことない、私の後ろから出ないで」
前を見ると第二撃を加えようと女が悪辣な笑みを浮かべていた。
「ほう、二十ミリの徹甲弾。弾道変えられても跳ね返せないみたいネ」
ガアン、ガアン、と次々に銃口が閃いた。
弾丸はアリスの体を射抜くことはないが、わき腹と太腿の肉をかすめ取っていった。
荒れた呼吸を整えながら状況の把握に努める。急激な体長の悪化で咳が止まらず、力が十分に引き出せない。万全であれば大砲の弾すらはじき返すことができるが、血を失って頭痛と眩暈まで起こり始めた。
思考が揺らぐ。多対一でも圧倒するにはそれに応じた力の操作が必要不可欠である。
「そこどけば辛い思いしなくてすむヨ?」
外した弾丸は石の床を容易く削り取る。少しでも気を抜けば死は免れない。
「アウレリアは殺させないっ!」
不愉快だった。
言われた言葉も、言った言葉もなにもかも。
先刻までアウレリアを殺そうとしていたのに、何をしているのか。
不快な感情の降ろしどころがわからず、唇を噛んだ。
女は残弾を気にせずに徹甲弾を撃ち続け、少しずつ距離を詰めてくる。このままでは敗北もそう遠くない。
「ぐうっ!」
最後の弾丸はアリスのこめかみを掠めた。飛び散った血で目を塞がれ、鼓膜が破れた。
同時に女は加速して正面から突進してきた。
女の足刀がアリスのみぞおちに食い込む。
咄嗟に力で防ぐことができなかったアリスは、勢いを殺しきれず石の手すりに背中から叩き付けられた。
肺の空気が吐き出され、息が止まる。内臓が悲鳴を上げて吐き出しそうになるが、息ができずにそれもかなわなかった。
数千年の歴史を持つコンシェン。
食、薬、性、全てにおいて勤勉にして貪欲。中でも武は他国を圧倒する。
人間の四肢を凶器と化すまでに鍛えられた女の足は、大の男の体を枕のごとく容易く蹴りあげる。
その必殺とも言える足刀がアリスの体を貫いていた。
「最後の一発で何とかなったか。悪いネ、お嬢ちゃん」
蹴り抜かれた人間はみな等しく口から臓器を吐き出して果てた。当然、アリスも死んだものと判断した。
女は倒れ伏すアリスを無視し、腰の短剣を抜いてアウレリアに迫った。
だがこの時、アリスは生きていた。
かろうじて間に合った力での防御。
完璧とはいかなかったため、全身を激痛が襲っている。
ちくしょう。
ちくしょう。
アリスは震える拳を強く握りしめた。
痛みのなかで冴えていく意識。
再びかつての記憶が甦った。
あの時もそうだった。力で押さえつけられて、何もできない。
やつらは私の慈悲を望む言葉を聞き入れなかった。私の怒りも。私の悲しみも。私の喜びも。私の幸せも。なにもかも奪い取っていった。
神様なんていない。
だって何度祈ったか、助けを求めたかわからない。
いもしない誰かに祈りを捧げる時間があれば、自分を磨いたほうがましだ。
私は決めた、
誰にも頼らない。誰も信じない。一人で生きていく。
そしてなにもかも、私の思い通りにしてみせる。
それを壊そうとするやつは――
「ごめんヨお姫様、動かない方が楽に死ねるネ」
「あ、あぁ」
アウレリアは初めて目の当たりにする戦いに腰を抜かして動けなかった。
女は目を細めて笑うと短剣を振りかぶる。
と、同時に。
女の手があり得ない角度にひねりつぶされた。
「あがっ! な、なんな、これ」
誰に触れられたわけでもない。まるで女の腕が意思を持ち、自ら潰れたようであった。
女が激痛に悶えて倒れると、アリスがむくりと起き上がる。
「これも予想の範疇だった?」
「おっ、お前っ!? あ!? ぎゃあああ!!」
女の右足がねじれ、血と骨が吹き出した。
「油断したわね、私があんな攻撃で倒れるとでも思ったの?」
「ぎゃあああっ!」
次いでもう片方の腕がねじれる。
アリスは小さく笑みを浮かべる。
「苦しいなら這ってでも私の視界から消えることね。そうすれば痛い思いをしなくて済むわよ?」
わなわなと震える女に手を向ける。
今にも倒れそうな体を両足で支え、表情にも呼吸にも平然を装わせて恐怖を植え付ける。
落ち着いた足取りでゆっくりと女に近づき、冷血を思わせる目を向けた。
「あぎゃっ!? 目が! 目がああっ!」
女の両目を潰す。
「ふふ、うふふふふふ」
笑いながら囁くように告げる。
「死ね」
「やめてっ!!」
はっと思考が冴えた。
悲鳴のような叫びは背後から聞こえた。
「やめてアリス、もうこんなの見せないで」
アウレリアが手の甲で溢れる涙を拭いながらえずいている。
「っ・・・・・・、やだ、いやですわアリス、許してあげて」
「なに言ってんの、こいつはあんたを殺しに来たのよ。泣く必要ないじゃない」
アウレリアはぽろぽろと涙を流すだけで何も言わなかった。
目標時間を過ぎても連絡がない場合は、奪った単座式戦闘機を用いて城に体当たりを敢行する。
アリスの思考に何かが紛れ込んだ。
今のは何だ。
「あが、ああ」
この死にかけの女から流れ込んできた。
空からレシプロ機のエンジン音が聞こえてくる。
まさか。女の言っていた第二段階の攻撃と言うのは。
あり得ない、ここはヴェルガ皇国の城だ。航空防衛部隊は何をしていたのか。
いや、そもそもこの女たちが城に侵入できた時点でおかしい。幾人もの衛兵を殺めることなどできるはずがない。
女の心を読んだとき、アリスの顔からさっと血の気が引いた。
「内通者がっ!? アウレリア!」
アリスは咄嗟にアウレリアの体を抱きしめ、残る力の全てを空に向けた。
どどーん、という遠雷を思わせる爆音が城下街に響いた。
五百キロ爆弾を搭載したレシプロ機が城に墜落したのである。
白百合を思わせる城からはもうもうとした黒煙と、めらめらと炎が立ち上った。
【おまけ】
NOと言える桜花人
ソニア「アヤメちゃんの猫耳がみたいなー、あれすっごく可愛いよね」
アヤメ「断る」
ソニア「えー、けちんぼー」
アヤメ「ケチとかそういう問題ではない、解放は消耗が激しい。おいそれとは使えないんだ」
ソニア「いいじゃんちょっとくらい。疲れちゃったらまた抱っこしてベッドまで運んであげるよ?」
アヤメ「あれは二度とするな」
ソニア「なんだよぅもう」
―その夜―
クリステル「アヤメさんアヤメさん、可愛い猫耳を見せて」
アヤメ「はい」ぴょこん
クリステル「あら可愛い」なでなで
アヤメ「/////」コロコロ
クリステル「それと語尾に『にゃ』をつけて話してみてください」
アヤメ「にゃ、ですか?」
クリステル「そう、猫さんはそうやって喋るものですよ」
アヤメ「そういうものですかにゃ?」
クリステル「うん、そうなの」
アヤメ「にゃあ////」
NOと言えない桜花人




