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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
衝突篇
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アヤメ対双子 2

双子が同時にどうと突っ伏した。

 私は刃に着いた血を払い落す。


「ふぅ」


 滾った血が全身を炎のように巡っていた。熱い息を吐き出して頭を冷やす。


――呪われた私の腕。


 私は死神、望まずとも人を死に追いやる。

普段はこのモノノケの力を責め、苛み(さいなみ)、悔やんでいるのに、今回は。

敵を前にした時、自身の呪いを肯定し、遺憾なく発揮するに至った。命は大切だと言いながら、一瞬で何人もの人を殺してみせた。

 

いや、この場合はどうにも仕様がなかった。斬るしかなかった。そうしなければ、大切な人が傷つけられると思ったから。

 覚悟を据え、彼女たちを殺さなければ大切な人たちが死ぬ。やらねばならなかったのだと何度も反芻していた。


 私は恥ずかしい人間だ。

己の望みのまま人を殺めたのに、それが主を守るためだったなどと言い換えて。

 これまでの人生、十分すぎる流血を目の当たりにしてきた。だが、今回のこれは私が望んでしたことだ。愛する人のため、何より私自身の望みのために。

 逃げるな、向き合え。私は私のために、彼女たちを殺めたのだ。


「許せ」


 返り血で手がべたべたする。それに鉄のような血の匂いが充満している。

同胞が散っていった戦場を思いだす。辺りは血の海で、敵と味方の区別なく死体が重なり合っていた。

 そうだ、あの時も私は自分の意思で人を殺した。

寒気がして首を振った。


「いや、許せなどと言えない・・・・・・恨んでくれていい」


 刃を鞘に納め、死した者達の亡骸を葬ろうとした。その時である。

 双子の手が伸びて私の足を掴んだ。

 片や心臓を剣先で射抜かれ、片や心臓を真二つに両断された少女たちである。

 彼女たちは血走った眼で私を見ていた。

 はだけた胸元の筋肉が上下している。

 既にこと切れていたはずの双子が動くことなど可能だろうか。

 可能だ! 私は何度も目にしてきたではないか!


かつて、あの戦場で目にした光景が瞬時に蘇った。

シニグルイ、という言葉が生まれたのはあの戦場だった。戦艦の看板に敵の砲弾が直撃し、周囲の人間は吹き飛ばされた。ばらばらになった手足が看板に四散し、むせ返るような火薬と臓物の匂いの中、私はそれを見た。


右半身、右顔面が吹き飛ばされた兵が三連機銃を敵機に向けて撃ち続けていた。

致命傷を受けて尚、意思のみの力で人は動く。そうやって戦い続けた兵を見てきた。

死んでも死に切れぬ。断じて易々とは死なぬ。生き汚く征こう。これがシニグルイであった。


恐らくはこの双子にも筆舌にしがたい執念があるのだ。死して尚、動くということは並外れた意思ではないだろう。

 双子の血を吸った闇が突如として津波の如く巨大な姿に変貌を遂げた。


「なんだ、これは。ばかな!」


闇は巨大な人型に姿を変え、こちらへ襲い掛かる仕草をした。見れば闇は女性のように模られ、ありありとした憤怒の情を発していた。


モノノケを身に宿す私ですらこの光景に震えた。

闇と双子の執念に呑まれかかっている。そう判断した私は、この場から飛びのいて撤退すると決めた。この精神状態で正面からぶつかり合うのは危険だ。


抜刀し、二間ほど後ろへ跳躍しようとした時。刀を抜こうとしたが手が動かないと気づく。

足元の闇から現れた無数の手が、私の全身を取り押さえている。


「っち、刀が抜けない」


 足は双子の手が未だ絡みついたままである。

 途端に目の眩みを覚えた。

 わき腹からうなじにかけて強烈な悪寒の波が走る。

 違う、これはただの拘束ではない。まずいことに呪術の類だ。人の強い意思で生まれる呪いは、時に生者の肉体の強さを凌駕する。

 モノノケの力を解放していながら、こうも封じられることになるとは。

 と、顔を上げた時。巨大な闇は両手を高く振り上げ、野獣のような叫び声を上げた。



――光りよ!!


 瞬間、空宇に瞼をも突き抜けるほどの白光が現れた。

 あまりの閃光に目を開けていられない。

 その光と真正面から激突した闇は、発止とぶつかり合っていたが、やがて中ほどから折れて後方へ吹き飛び、筆舌し難い断末魔の声を上げた。


「アヤメちゃん!」


「ソニア!?」


光が宿っていると教えてくれたロングソード、ファルクスの剣。それを高々と掲げて佇立している。

屋敷を飲み込むほどであった巨大な闇は忽然と消え去っていた。

ソニアの剣はこの世の悪を祓うと言っていた。どうやら私に襲い掛かった闇はファルクスの剣によって跡形もなく消え去ったらしい。


助かった、そう思ってからは眩暈も悪寒も消え去っていた。ただ、体の重みが消えない。誰かを背に負っているようだ。それでもひとまずは――

ほっと胸を撫で下ろしていると、いつのまにかソニアが目前に迫っていた。


「やあ」

「うっ、うわっ!」

「今助けてあげるからね」


彼女が私の腕を掴んで胸元に引くと、双子の手からはするりと抜けることができた。私がモノノケの力でもがいても断ち切れなかった闇をいとも容易く打ち破った光の騎士。彼女には驚かされてばかりだ。


「どうやったんだ・・・・・・」


双子は私をもう一度掴もうとしたが、ソニアが剣先でそっと手を払うと双子の手はぱたりと床に落ちてそれきり動かなくなった。


「ん? ファルクスの剣でね。これってエルフの守護星ルシリの輝きを閉じ込めてあるから――あ、ルシリの輝きっていうのはね」


 得意げに語るソニアを見てはっとした。


「いや、待てソニア」


 クリステル様達を護る役目のソニアがなぜここにいるのか。一瞬だけ唖然としてしまったが、すぐに怒りがわいてきた。


「どうしてここにいるんだ?」

「あー、うん」


 彼女は怒られた子供のように身をすぼめる。


「えと、ごめん、助けに来ちゃった」


 冷然と睨む私の問いに彼女は困ったような笑みを浮かべて言う。謝罪の言葉の裏にこうすることが当然、というような含みを感じる。

 私は咄嗟に詰め寄った。


「何をしているんだ! あなたにはあなたの役目があったはずだろう!」

「うん、ごめん」

「私にかまっている暇などないはずだ! 皆は――」

「皆がさ、アヤメちゃんを一人にできないって」

「・・・・・・な、なんだと」

「アヤメちゃんもさ一緒じゃないと駄目だって。クリステル様もピアちゃんも、アヒム隊長さんも、議員の人たちも。だから戻って来ちゃった」

「バカな」


 酷いことを言われたわけではない。

 それなのにソニアの言葉が私の心を爪でひっかく。悔しいのか、恥ずかしいのかわからないが、気持ちが溢れて鼻の奥がツンと刺激される。


「わ、私は一人でも自分を守れる」

「うん、知ってる」

「私なんかに気を取られて、クリステル様達を危険に晒すなど・・・・・・私たちはこの戦いに勝たねばならないのだろう? ならば、酷な選択を受け入れなければならない時もある。勝つために」

「そうだね。勝つためにあなたが必要だから――みんなあなたのことが好きだから、だから来たんだよ」


 微笑んで言うソニアは私の言うことを一顧だにしない。


「さ、行こう? みんな待ってるから」

「あっ」


そうして私の手を取り、廊下を走り出した。

ソニアの言葉で再び呆気にとられていた私の足はおぼつかない。


「ん? ほいっ」


 その一声の間にソニアは私を抱き上げ、優しく包み込みながら走る。


「こ、こら! 降ろせ、走れる」

「やーだよー、ぶー」

「ふざけている時ではな――」

「アヤメちゃんが無事でよかった。エルダールとルシリの加護の祝福を」


 言うと同時にソニアが私の頭に口づけをした。ソニアの唇が触れると、胸の底でわだかまっていた色々なものが剥がれ落ちた。体が軽くなったようで、気分もいい。


「治ったでしょ?」

「あっ」

「祓っといたからさ。さ、戻ろう」


 歯を覗かせて微笑むソニアに私は何も言い返せなくなった。

 頭の猫耳がやんわりと折れてしまったようだ。それを見たソニアは耳慣れない猫の品種の名を上げ、それとそっくりで可愛いと言って笑った。



ジェミーとジェニー


好きなもの:夜、暗闇、かわいい女の子(ソニア以外)

嫌いなもの:光、ソニア


非常に好戦的。アヤメは威嚇として暗殺部隊の一人を殺したが、逆に双子の興味を引くこととなり対決。

日没後は力が増す。そうなればソニアの光をも封じることができる。そのような傲りもあり、警告するアヤメを無視して戦いました。

致命傷を受けるも、並々ならぬ意志で闇を操りましたが

ソニアの完璧な不意打ちで光に呑まれて敗北。


元々はソニアの短編で出てくる人物達でした。

ソニアが大っ嫌い。その気持ちも上乗せされ、短編では善戦するも、似た属性を持つアヤメには完敗。


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