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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
衝突篇
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アヤメ対双子

そう双子が言った時、暗殺部隊が発砲した。

 

銃口が閃光し、そこから飛び出した弾が空を裂いて少女に襲い掛かる。その刹那、少女は地を蹴って飛んだ。鼻先や肩ごしを鋭い銃弾がかすめたが、少女はいずれも臆さずに駆け抜けていく。

 

その素早さに暗殺部隊は少女を見失い、助けを乞う目を双子に向けるしかなかった。


 闇の中で唯一、双子の双眸が少女の動きを見切っていた。

並みの者なら、この銃弾の嵐にはひとたまりもないはず。やはりものが違うと歓喜の笑みをこぼす。

 

 双子には救い難い習癖があった。人間を殊更に痛めつけることに悦をもよおすのだ。

 悪癖を向ける相手は美しい女性に限られた。

 美しい女性を殴り、叩き、引き裂いたりすることに無上の喜びを覚えた。 それは従順な者にするよりも、敵意をむき出しにしている相手に向けるとより一層の快感になる。体をいくら壊そうと、折れぬ心で耐える美女。その際の表情を見ていると、言い難い快楽の波が体中を駆け巡るのである。

 先刻の闘いでローラの首を一撃ではねたことに悔恨があった二人は、この少女を使って悪癖を発散させようとしていた。

 この少女はローラよりも上をいく。

 美しい! それに強い!

 今や双子は口元を吊り上げて笑いながら、体に流れる血を熱くしていた。


「最後の警告だ、去れ!」


 壁を蹴って二階へと駆けあがった少女が言う。


「くどい子ね」

「鈍い子だわ」


 双子が少女へ手をかざすと、影の中から無数の手が現れた。無数の手は、とぐろを巻いて鎌首をもたげる蛇に等しく一気に襲い掛かった。


「足を握りつぶすわ」

「私は手をもぎ取るわ」


 双子は嫌らしい笑みと共にそう言って影を放ったが、次の瞬間には少女が忽然と消えていた。双子が放った必殺の影は虚しく空を切っていたのである。

 闇の中で敵を見失った。初めての経験が双子の頭蓋に焼き付けられる。

 あの奇怪な剣士はどこへ行ったのか、しばし音もなく時間が流れた。


 と、風のそよぎ一つない室内にヒュオッとした突風が吹いた。


 仄暗い屋敷に突如として現れた風に双子たちは思わず足を止める。目を凝らすが、大気の揺るぎはない。いつのまにか目の前に刀を握る少女がいた。


「我が一剣は万剣に等しい。お前たちなど、束になってこようと敵ではない」


 サムライの少女の言葉は、暗殺者たちのこめかみに静脈を浮き立たせた。

 追い詰められているのはどちらか明白である。その対象が吠えたのだ。


「さっさと仕留めるわよジェニー」

「ええ、ジェミー。こんな態度の悪い子はお仕置きよね」


 暗殺部隊のそれぞれが改めて武器を構えて動いた時。唐突に皆の表情が激しく歪み、手にした武器は床に落ちた。


 耐えがたい激痛に襲われた者たちが痛みの出どころに触れようとした瞬間、ズズ、と、まるで石像が切り落とされたかのように、上半身が横滑りにずれていき、ぼたりと地面に崩れ落ちた。

 双子を除いた全員が腰から上を失っていたのである。佇立する腰からは血が勢いよく吹き出し、一瞬で周囲を血の海にした。



「損じたか」


 サムライの少女は言う


「ジェニー?」

「平気よ、お母さまが守って下さったわ」


 双子の周囲で闇が蠢く。


「二度目はないぞ・・・・・・まだやるか?」

「私たちを脅すつもり?」

「あなたの速さは見破ったわ、部下を倒した程度でいい気にならないで。我が闇よ、嵐となりて――」


 トッ、とジェニーの体が揺れた。

 少女は豪秒の間もなく距離を詰め、刀の先端で正確にジェニーの心臓を貫いていた。


「っか、っふ」

「ジェニー!?」


 叫ぶ間もなく、少女はジェミーの手許に躍り込んで真っ向から斬り下げた。


「っきゃ、ぁぁあ」


 ジェミーの胸元から飛び出した血しぶきを浴び、少女はぎりっと歯を噛みしめたのである。



・・・・・・・・・・


 桜花国のサムライが用いる夢幻神道流に、秘刀七太刀なる奥義あり。


 七太刀の一“篝火様之事”は無念無想の気をもって神速の一閃を放つ奥義。刃が走る様は、まるで弾けた火の粉が明滅するまでの僅かな間の如くである。

 かつて夢幻神道流を極めしサムライが罪人を処する際、生き試しにてこの奥義を用いると、斬られた罪人はしばし何事もなかったかのような顔つきで呆然とした。数分遅れて苦悶の表情を浮かべた罪人は、石のようにその場から動かず。

 不信に思った役人が触れると、罪人の右肩から左腰に掛けてスッと刀傷が現れ、夕映えの如く赤々とした血を吹き出したという。



 アヤメは奥義“篝火様之事”を会得していた。

 術理を理解したのは数年前。かつてある者の放った一閃を目の当たりにしたためである。


 その者は桜花の姫、怪王、修羅の君、と数々の異名を持つが、皆からは(あま)(ひめ)と呼ばれていた。

 天姫はモノノケの王であり、桜花国軍元帥でもある。頭も切れるが、剣の腕も桜花国一を謳っていた。


 天姫の剣を垣間見た時、奥義とはかように凄まじいものか、と記憶に刻み込んだ。

 それ以来、アヤメは天姫の鍛錬を模倣する。重量のある木剣で型の素振りを繰り返し、酷烈な寒さを迎えた山に籠り瞑想した。来る日も来る日も肉体と精神の修練を繰り返す内に、ある幻影が現れるようになる。


 瞼を閉じると仄暗い世界に天姫の影が現れるのだ。そして篝火様之事に至る構えをこちらへ向けてくる。刃が閃くと同時に見える剣光。それが見えた時には斬られていた。

 修練を積めば奥義を会得することも不可能でないはず。そう信じていたアヤメの心は日々、挫かれていった。


――とても敵わない、私では会得できない


 無念至極。そう思うことが多くなっていった。

 そんなある日、天姫は思い悩むアヤメに口を開いた。


「よお死神、見ておったぞ。ぬしはわらわの修練を真似ておるのだろ? うん?」

「天姫様、私は死神などでは・・・・・・ただ、人を守るために剣を学びたいだけです」

「ほざきおるわ死神めが――まあよいわ、わらわにとっては些細なことじゃ。それよりぬしが奥義を会得できるかどうかの方が大いに興味がある。で、どうじゃ。わらわが見る限り、ここ最近は進歩がないようじゃが、やはり無理か?」

「そんなことは・・・・・・いえ、そうかもしれません。私のような未熟者に、奥義など」

「たわけ。ぬしの力は既に盤石。会得できんのは何を斬るかわかっておらんからじゃ」

「な、なにを斬るとは?」

「ぬしはできぬものと迷っておるのじゃろう。斬るのはぬし自身の心に潜む迷いじゃ」


 その言葉は深く、心に染みた。

 次の日からアヤメは山に籠り、座禅を組んだ。雨に降られ、風にさらされてもひたすらに無心を貫いた。


 奥義会得は不可能、と囁くもう一人の自分を黙殺。教えを胸に潜め、雑念を払う。

 半年後のある朝、アヤメは再び瞼を閉じて幻影と対峙していた。


――できる、私にも


 幻影は奥義の構えを保ちつつ間合いへと迫り、そして――

 アヤメは閉じていた眼を開いた。


 その時、池から飛び立った蠅がアヤメの眼前を通り過ぎたが、何かに胴を断ち切られて地に落ちた。

山を下りたアヤメを一目見るなり、天姫は笑みを浮かべる。


「成ったの」


 天姫はアヤメに術許しを与えた。

 篝火様之事は神速の一閃。加えて今のアヤメにはモノノケの力を解放することにより、疾風の如き速度をも上乗せされている。

 剣と体共に、その速度は常人が見破ることは敵わない。





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