闇夜
ある縁により、一人の娘が身籠った。
父となった青年は産まれる子が大業を成すようにと願をかけた。母となった娘は産まれる子が幸せならばそれで良いと願をかけた。
産まれてきたのは双子であった。
『闇と刑罰の魔王ガルティナスは五人の人間と契りを交わし、子を孕ませたが、その全てが双子であり、魔王の子は十子となった。十人の闇子は地上の救世主を滅ぼし、地の底の闇を運ぶ者となる』
双子は忌み子。冥界より遣わされた、災いを運ぶ魔物。
地方に根付く独自の神法は、双子を否定していた。
村の司祭や祈祷師が双子を祓うためにやってきたが、青年はそれを否定した。
この子たちには何かあれば皆を護るようにと願をかけています、成長すればきっと皆さんのお力になれます。
が、そう言った青年は落雷を受けて跡形もなく消え去ってしまった。
やはり双子が災いを呼んだ、と責められるのは残された娘。
あまりの悲しみに娘は病に伏した。
そしてまだ赤子である双子に、来る日も来る日も恨み言を吐きかけた。
それがどのように感応したのかは定かでないが、夜になると双子の部屋から異音がするようになった。
生後間もない双子は歩くことすらできないはずであるが、奇妙な異音は止むことがなかった。
・・・・・・・・・・
「議員が次々にあの屋敷へ入っていったわ」
「あの屋敷に何かあるのかしら? 私たちを倒せるほどの武器があるとは思えないけど・・・・・・本当にクリステル様がいるのかも」
「ええきっとそうよ、クリステル様があそこにいるから助けを求めているのだわ」
「こわーい双子がきたー、って?」
「そうよ、きっとそうだわ。うふふ、まるで雨に降られて巣穴へ逃げる蟻ね」
「ねえ、ジェニーはクリステル様のこと好き?」
「私クリステル様大好きよ、あんなに可愛らしい方は他にいないもの。ジェミーは?」
「私も大好き・・・・・・ねえ聞いてジェニー、エルフリーデ様はクリステル様を殺せと言ったけど。それって死んだことにして私たちのものにしてしまってもいいってことよね」
「素晴らしいわジェミー。そうよそうよ、要はこの世から消せばいいんでしょ? ずっと私たちの館に閉じ込めていればいいんだわ」
「そうしたらずっと一緒に暮らせるわね」
「あぁ、あんなに綺麗な方と一緒に暮らせるなんて――駄目、想像しただけで濡れちゃう」
「まあ、悪い子」
双子はクスクスと微笑み合う。
森の茂みから見る先にはクリステル達のいる屋敷があった。窓から洩れる光。その奥で数人が動いているのを感知する。
双子を含めた数名のヴェルガ軍暗殺部隊は正規の部隊ではない。兵隊と武器の数に物を言わせ、相手を叩き潰すということはしない。銃声、悲鳴、軍靴を響かせて任を全うするのでない。闇に乗じ、音もなく、誰に気づかれることもなく、任務を迅速にこなすことに長けている。
「じゃあ行きましょうか」
「時間が惜しいわ」
双子は連れてきた暗殺部隊に指示を出す。
「「突入、標的以外の全てを殺して」」
六名の暗殺部隊は各々が見出した潜入ルートへと向かった。ある者はワイヤーを用いて屋根の上へ、ある者は無音のまま壁を斬り裂いて屋敷へ侵入していく。
そのような経緯で部隊が屋敷へ侵入してから数秒後には、全ての窓から灯りが消えた。
「さすが、もう電源を落としたわ」
「これで屋敷は真っ暗。私たちの出番ね」
双子は意気揚々と歩き出し、堂々と正面玄関から入った。
淡黄色の大理石と赤い絨毯で彩られた広間。しんと静まり返った屋敷は、先ほど外から見ていた時と違って人の気配がしなかった。
「あら、もうほとんど殺してしまったのかしら」
「・・・・・・ちょっと手ごたえがなさすぎない? 報告して」
ジェミーがそう言うと、天井に張り付いていた部隊の一人が素早く降りてくる。
「大広間から続く三部屋は無人」
続いて隣の部屋から現れた部隊の一人が報告する。
「キッチン、客間、いずれも無人」
そのようにして散っていった部隊は次々と双子の下へ舞い戻った。
「二階の四部屋は無人」
「地下室、無人」
報告の全てが屋敷に人がいないということである。双子は首をひねった。
「どういうこと? 屋敷の灯りを落としたのは誰?」
「私が配線用遮断器へ向かいましてございます。しかし、私が着いた時には既に遮断機は破壊されておりました」
「破壊?」
「は。鋭利な刃物で破壊された痕跡が」
「灯りはあなた達が落としたのではない? では誰が」
「まあいいわ。屋敷をくまなく探しましょう、どこかに隠し部屋や隠し通路があるはずよ」
そう言った時、双子たちは気配を感じた。ハッとした彼女たちが見れば、そこには暗殺部隊の一人が足元のおぼつかない様子でフラフラと立っている。
「なによいきなり」
「どうしたの?」
双子の問いに答えることなく、暗殺者はがっくりと膝を落として前に突っ伏した。見れば左肩から背骨にかけて、深々と斬られている。
いつの間に仲間が斬られた! そう思っていると――
「去れ」
見ればそこには黒髪を負った少女が一人。
頭に猫の耳を携え、背後には尾が生えている。その手には暗闇でも浮き出るほどの白刃が握られていた。
突如として出現したのか、初めからその場に立っていたのか。全員が息を呑んだ。
「私たちを追えば斬る」
この屋敷に入って初めて感じた気配は人のものではなかった。暗殺部隊は短剣や銃口を黒い少女に向ける。
「嬉しいわ――上物よジェニー」
ジェミーはレース編みのパーティーグローブを両手に嵌めた。五指の先には鋭利な鉤爪がついている。
「久々に楽しめそうね」
ジェニーは死神を連想させるような、身の丈ほどもある鎌を握った。
「足の丈が短い着物――桜花の軍人よね」
「サムライって言うのよね。戦争で戦ったもの・・・・・・ああ、それにしてもなんて可愛らしい子なのかしら」
「ええ、この子とっても綺麗。クリステル様と同じくらい綺麗ね」
「それに強いわ、並みの戦士では敵わないでしょうね」
殺気を漂わせ、寸毫微塵の隙も無い少女に双子は茫然と息を呑む。と、同時に凄艶で美しい顔を見て血を求める心が狂いあがった。
「白くて綺麗な足――頬ずりをしたい」
「あの胸、きっと柔らかいわ、優しく包んで、先端は噛みちぎって」
「舌を切って保存しておきたいわ、舐めたい時に好きなだけ舐めるの」
「美しい髪を見て、手触りがいいに違いないわ。首に巻いておきたいわ」
「やりましょう」
「ええ、早くやりましょう」
今や双子の目には少女しか映っていない。
「私たちと闇の前では誰もが無力――荒れ狂う闇を我が眼前に、全てを包み無に帰す闇を我が宿敵に」
「私たちの闇は猛々しく揚々と、魔の契りにて得た闇の嵐、我が障害に必定の敗北を」
双子が唱えると室内の闇がうねった。
影や闇はどんよりと停滞するものと思っている者にとってこの光景は著しい恐怖を植え付ける。
双子は獲物を前にした豹狼の如く力を漲らせ、昂然と必勝の気概を惜しみなく滾らせていた。
「それが答えか、外道ども」
妖しい勝利の笑みを浮かべる双子を前に、少女は静かに述べるのみ。
「夜陰に乗じて殺める類の術か。その術で罪のない人を何人殺した・・・・・・貴様らが背負う業で空気が濁っているぞ」
罪を犯した者は業を背負う。現世で犯した罪、例えば他者に与えた苦痛や植え付けた憎しみが多いほどに、業は圧し掛かってくる。寿命が尽きる時、業が重すぎれば地の底へ転落するのが道理である。
暗闇の中、双子たちが纏う業の焔が立ち上っているのを霊猫の目が的確に見抜いていた。
「何をわけのわからないことを言っているのかしら」
「罪のない人なんてこの世にいやしないのに」
双子は微笑み合っていたが、すぐさま両目をカッと見開いた。
「「さあ楽しみましょう」」




