痕
終わりまであと僅か。
改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございます<(_ _)>
様々な生活を送っている皆様方に、少しでもエンターテイメントをお送りできていれば幸いでございます。
しばらくして、私は一度部屋を離れることにした。
クリステル様が次に目を覚ました時に水がないのでは可愛そうだ。眠っている彼女を起こさないようにゆっくりと、僅かな音もたてないようにベッドから離れようとすると。
ぎゅっと、手を掴まれた。
見ればクリステル様が薄目を開け、名残惜しそうにしていた。
心配をかけまいと私は微笑む。
「大丈夫ですよ、今日はずっとクリステル様の傍にいます。水を入れたらすぐに戻りますから」
クリステル様は嬉しそうに微笑んで、抱きついてくる。髪からは甘い果実のような香りがした。
彼女の背中をさすって顔を上げると、部屋に置いてあった全身鏡に私たちが映っていた。鏡の中の私と目が合う。
黒髪を背に負い、無明を思わせる鳶色の瞳。闇を孕んだ死神アヤメと蔑まれていた人物は、鏡の中で心休まる微笑みを浮かべていた。
ちゅうっと首筋に湿り気を感じた。くすぐったくて思わずンッ、と声を漏らす。
クリステル様は私の首筋に、小さな唇を押し付けてきた。
「クリステル様、くすぐったい、です」
言っても止めてくれなかった。首に顔を埋め、柔らかな唇で吸い上げるようにしてくる。
「こ、これでは、動けま、せん」
それでも彼女は止めなかった。
不安なのかもしれない。風邪の時は誰しも弱気になるものだ。くすぐったくてぞくぞくするが、しばらくはこのままでいてあげようと思う。
私もこの部屋でクリステル様に抱き着いたことがある。モノノケの力を解放したせいで劣情を催し、襲い掛かってしまったのだ。あの時、彼女はそんな私を受け入れてくれた。私になら少しくらい乱暴にされてもいいとまで言ってくれた。
私とてそうだ。クリステル様のためならどんなことでも受け入れる。
「っぷぁ」
そう言って、彼女は私を解放してくれる。
少しの沈黙の後、彼女は恥ずかしそうに微笑むと自ら布団をかぶって瞳を閉じた。満足した、と言うことなのだろうか。
ふと鏡を見ると、着物を着崩して頬を染めている自分と目が合った。
なにやら、とても恥ずかしい気分になった。
「にゃ、にゃぁ」
無意識にそんなことを言ってしまい、今度こそ私の顔は真っ赤になった。クリステル様に聞かれていたらどうしよう。両耳からふしゅー、と煙でも出てしまいそうだ。着物の裾で顔を隠し、そそくさと部屋を後にした。
台所(皆はキッチンと言うが)に着くと、ソニアが机に頬杖を突きながら炭酸水の入ったグラスの縁を弄っていた。私が入ると顔を上げて炭酸水の入った瓶を勧めてきた。
「あ、アヤメちゃんおっつー」
「おっつー?」
「うん、お疲れさま~。疲れたでしょ? これ飲まない?」
「ありがとう、だがすぐに部屋に戻りたいから遠慮する」
「そっか」
ソニアは罪のない笑顔で言う。
私は彼女の脇を抜け、冷蔵庫から新しい瓶を取り出してガラスの容器に水を注いだ。
「クリステル様どう?」
「一度起きて今は寝ている。容態は昨日よりも良くなっている」
「起きられたんだね、お腹すいてるって言ってなかった? 私特製のお芋粥なんてあるけど」
「喜んでくれるだろうが、今は食欲がないそうだ」
「えー、残念」
「だが何か食べて体力をつけないと。次に目を覚ましたら言っておく」
「うんうん、そうしてくれないと私が食べちゃうよ~・・・・・・クリステル様起きた時、会合に出るとか言い出さなかった?」
瓶の口からこぼれた水が指の合間を流れ落ちた。
ソニアは小鳥のように首を傾げている。
そう。彼女はかつてクリステル様の護衛として仕えていたのだ。これまで似たようなことがあったのだろうと察する。
「ああ・・・・・・困ってしまった」
「やっぱね、実は頑固だからねー」
私たちは顔を見合わせてクスクスと笑い合う。
「ずっとクリステル様の看病任せちゃってごめんね」
「いい、私が望んだことだ」
「ふむふむ・・・・・・ってゆうかアヤメちゃん、他の人に任せる気ないでしょ?」
「――ピアならいいが」
「あはは、許してあげてよー、一晩中お薬作ったりしてたから今は泥のように眠ってるよ」
「ピアも眠ったか」
「うん、どろどろだよー」
「そうか」
「・・・・・・アヤメちゃんは眠くない?」
「大丈夫だ」
「ほんと? ちょっとは休まないと」
「鍛えている」
「耐えられるだけで睡眠不要ってわけじゃないでしょ? 辛くなったら言ってくれれば変わるからね」
「・・・・・・」
数秒の静寂。
その後にソニアはようやく理解して答えた。
「ああ、大丈夫だよ。もうクリステル様に抱き着いたりしないからさ」
「・・・・・・まあ、本当に辛くなったら頼むことにする」
私の心を読めるのか「うわ、今の感じ絶対頼む気ないよね」と言って笑った。
つられて私も微笑む。
「だいたいさ今の二人の間に誰かが入り込むなんて無理だよ。クリステル様もアヤメちゃんのこと大好きだからね」
そう言われれば言われたで返答に困ってしまう。気まずくなって視線を逸らす。
「そそ、そんなことを声に出して言わないでくれ」
「だってー、ほらここ見てみ」
ソニアは自分の首筋をちょんとつついて、小さな手鏡を手渡してきた。意図が分からずに鏡で首筋を見ると。
「こっ、これは」
「クリステル様のマーキングだね」
先刻、クリステル様が口づけをくれた個所に小さな痕が。
「うぅ、うぅぅ」
下腹からむず痒い何かが全身に行き渡った。くすぐったいようで、甘いようで。骨身に沁みとおるような悦を覚えるが、同時に気恥ずかしくて悶えてしまう。
「アヤメちゃん照れちゃって可愛い」
「うぅ」
「でもそれは見えないようにしといた方がいいと思うな」
「うぅぅ」
「あはは、嬉し恥ずかしなのはわかったからさ、とりあえず意味もなく私を叩くのは止めよう。普通に痛いよー」
「はっ!? す、すまない」
「いいよいいよ。アヤメちゃんてお人形さんみたいに無表情な時が多いけど、クリステル様が絡むと顔に赤みがさして可愛いよ」
これはきっと私をバカにしている。
首を絞めたくなるような衝動に駆られるが、私はなんとか耐える。
何かソニアに言い返そうとした時。
ふと私たちは顔を上げ、台所の壁をじっと見つめた。
よくは判らないが、壁の先にある森の方から何かが蠢いているのを感じた。
「いるね」
ソニアが言う。
「ソニアも感じたか?」
「うん、アヤメちゃんもこういうのわかるんだ?」
「僅かだがな」
「襲ってくる気配はないけど、見られてるって嫌な感じ」
私たちは顔を顰めつつ、それぞれの武器の柄から手を放した。
「私は最初にここに着いた時――そう。ピアちゃんを抱えて森を抜けてきた時から小さい違和感みたいなのを感じてたけど」
「私が感じたのはここ最近だ。モノノケの力を解放することにまだ不慣れだから、余計な雑音の類まで感知してしまっていると思っていたが」
「・・・・・・ここ、あまりいい場所じゃないね。クリステル様が治ったらすぐに出たほうがいい」
「そうだな。この気配、最近はますます強くなる一方だ――恐らく向こうも私たちを感じ始めているだろう」
「だね」
およそ100年前。スネチカの開拓者達が街の規模を広げるために森へ入った。
山小屋に寝泊まりしながら、毎日数十余りの木を斧で斬り倒していった。
そんなある日の朝、開拓者たちは外に繋いでいた犬たちの声で目を覚ました。何かを威嚇して吠えているようだった。
外に出てみると犬たちは凄まじい形相である。何に吠えているのかと、牙を向けている先に目を向けてみるが、そこには鬱蒼と茂った森があるのみ。
獣でも出たかと、各々が武器を手にした時、突然犬たちが後ずさり始めた。そして吠えるのをやめて身を震わせている。犬たちは森の奥を凝視している。
ずん、と大地が揺れた。
開拓者たちは数メートルもある木の隙間からこちらを覗き見る、巨大な人型の何かを見た。
おまけ
【どっきり】
クリステル「アヤメさんなんて大嫌いです!」
アヤメ「・・・・・・」ずがーん
クリステル「え、ええと・・・・・・嘘だからね、こういう企画で」
アヤメ「・・・・・・」ずがーん
クリステル「ア、アヤメさん? ・・・・・・た、大変!? アヤメさんが息してない!」
アヤメ「・・・・・・」ずがーん
・・・・・・
ピア「ソニアさんなんて大嫌いです!」
ソニア「お? うん、私もピアちゃん大好きだよ~」
ピア「え? き、嫌いと言ったんです!」
ソニア「うんうん、だから私もピアちゃん大好きだから♪」
ピア「心を読まないでください! 企画が台無しです!」
・・・・・・
アウレリア「アリスなんて大嫌いですわ!」
アリス「・・・・・・」
アウレリア「な、なんとか言ってくださいまし。大嫌いと言っていますの」
アリス「あんたさ・・・・・・大好きとしか聞こえないから」
アウレリア「・・・・・・」
なぜなのか




