アリスとアウレリア
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「はい、おしまい」
アリスはアウレリアを力から解放する。
アウレリアは床に崩れ落ちた。
「っは、っはぁ、ああ」
床に落ちてなお、アウレリアは全身を痙攣させていた。
「う、うう」
「情けない、こんなのでまいってたらこの先辛いこといっぱいあるわよ?」
「っく、バカにしないでくださる? この程度で」
「元気じゃない。ならとっとと着替えなさいよ、午後の皇務があるんでしょう」
「言われなくても――」
震える手でなんとか上体を起こした時だった。
「明日は何をして遊ぼうかしら」
「な!?・・・・・・明日って、これで終わりなんじゃ」
「何言ってるの、つれないわね
「も、もう嫌ですわこんなの、止めてください」
「お気に召さなかったのかしら」
「当たり前です!」
「あらあら、不潔なのはもうこりごりってわけ?」
「・・・・・・愛し合っているならともかくこんな」
「うん?・・・・・・ふーん、愛し合っているならいいってことね」
「っ!?」
アウレリアは自分が思わず言ってしまった言葉と、はにかみながら顔を覗き込むアリスに呆然とする。
「そういうことか・・・・・・初めて体に触れてもらって、情でも湧いちゃった?」
「違いますわ」
「私のこと好きになっちゃったんだ?」
「ちっ、違う! 違う!」
「違わないでしょ、まったくあんたは――」
言いかけたアリスがフラフラとよろめいた。
アウレリアはまた何かされるのではと身を硬くしたが、アリスは胸を押さえ、顔を歪ませてそのまま床にへたりこんでしまった。何か体の奥に詰まったものを吐き出すようにえずいた後に、苦しそうな咳をし始める。
「ごっ、ごほっごほっ」
肩を揺らして体で咳をしている。手で押えた口の隙間からは、絶え間なく空気を吸う音と吐き出す音が繰り返された。
「ア、アリス? どうしましたの?」
「う、うるさい、なんでも、なっ、ごほっごほっ!」
何でもないようには思えなかった。アリスが咳をするたび、背に負っていた銀色の髪先が落ちていく。
アウレリアの目には苦しむその姿が姉と重なった。
「しっかり、しっかりして。今人を呼びますわ」
そうしてアリスの体に触れようとした時、パチンという衝撃が頬に走った。
「なんでもないって言ってるでしょう」
アリスは近づいたアウレリアの頬を打った。
「・・・・・・でもあなた、苦しそう」
「っは・・・・・・ご立派ね皇女様、あれだけのことされておいて私を助けようだなんて」
アリスは立ち上がり、アウレリアを蹴飛ばした。
「あうっ」
「それとも何? ちょっと触られたくらいで本当に私に好意でも抱いてんじゃないでしょうね。バカじゃないの」
「――違いますわ」
「さっきからそればっかりね、何が違うのか言ってみなさいよ」
「わたくしはあなたを・・・・・・」
それだけ言ってアウレリアは顔を背けてしまった。
「困ったらすぐにだんまりね」
「どうしてですの、あなた昔はとても優しかった」
「そんなものに縋っても無駄よ、いい機会だから力で人は簡単に屈服するってあんたの体を使って証明してあげるわ。人を支配する方法、身をもって学びなさい」
「支配・・・・・・本気で言っているんですの?」
アウレリアはアリスをキッと睨む。
「私たち皇家は民に選ばれ、民に支えられていますの。この体も流れる血も民のもの――与えられたものは返さなければいけませんのよ。私は民の剣であり、盾。守りこそすれ、支配しようだなんて思いませんわ」
「また大好きなお姉さまの影響? 話にならないわね」
アリスは踵を返して去っていく。
「さっき何も学ばなかったみたいね。いいわ、明日からはもっときつくしてあげる」
アリスは乱雑に扉を開けて出て行った。
・・・・・・・・・・
「ちくしょう、不自由な体ね」
アリスは壁に手を当てながらなんとか歩を進めていた。
この三十年、エルフリーデに与えられた力を強めることはわけもなかったが、体は非常に不安定であった。病とは無縁の体であるが、精神が揺らぐとすぐにボロが出てしまうのだ。
「しっかりしなくちゃいけないのに、私もまだまだかしら」
まるで覇気を感じられない青白い顔で、よろめきながら進む。頭の芯に針で刺されるような痛みを感じる。手のひらで額に触れると熱もあるようだった。
「最悪」
「また立ち眩み?」
「っ!?」
その声は空気を縫うようにして進み、アリスの耳に届いていた。
廊下の先にエルフリーデが立っていた。
「エルフリーデ」
「あなた酷い顔よ、大丈夫なの?」
「大丈夫よ、これくらい」
「心は脆いままね、あの頃から成長なし。だから病なんて引きずるはめになるのよ」
「お説教? 私は今気分が悪いの、ほっといてくれる」
「あなたがそんなだと私の計画が崩れてしまう。とても困るのだけど」
「平気よ、エルフリーデの役には立つから・・・・・・あと約束、忘れないでよね」
「あなたの意思ならば尊重するわ。心配しないで」
「そう、よかったわ」
アリスはエルフリーデの横を過ぎていく。
「アリス」
「・・・・・・なに?」
「クリステル様を殺すために部隊を招集したわ」
「殺す? 捕まえて利用した方がよくない?」
「彼女がいると反乱軍が勢いづいてね、このまま内乱が続けば確実に戦争のための国力が失われるわ。そろそろ目障りなの・・・・・・捕まえて利用するのは、そうねえ・・・・・・暗殺部隊から逃れることができたらそれも考えましょう。それでね、居所が分からないから部隊を数十カ国に派遣することにしたけど、どこか心当たりはある?」
「なんで私に聞くの?」
「アウレリア様と話していたんでしょ。あの子、何か知ってるんじゃない?」
「心を読んだけど、何も知らないみたいよ」
「そう・・・・・・部隊は今夜中に発たせるわ、それまでに何かわかったら教えて」
「わかった」
「ねえアリス」
「何よ」
「夜は雨になりそうね」
窓の外を見る。北側には灰色の雲が腹に穴をあけており、そこから金色の光がいくつも伸びていた。その更に奥。獣のような黒雲が迫りつつあるのを見た。
アリス編これで終了となります。
全ての主人公たちが出揃いましたので、次回からはアヤメを主軸に話を進めていきます。




