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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
アリス篇
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捕らわれのアウレリア

前回のアリス過去編から30年後。

話は現在に戻ります。

『もののけのアヤメ』の話と同時進行という形になります。スネチカでアヤメがクリステルを襲っている時、ヴェルガではこんなことが起きていました。

現在


 ヴェルガ国皇居にてアウレリア・シェファーは姉であるクリステル・シェファーと連絡を取っていた。

 

数分前、アウレリアは陽が青空の真上にまで昇るのを見計らって自室に戻り、スネチカにいる姉へ連絡を入れた。ヴェルガが正午ならば、スネチカは丁度夕刻なのである。

 

アウレリアの自室には秘密があった。特定の本を抜き差しすると、本棚の奥から通信機が現れる。本棚の裏に通信機が隠してあることは父ですら知らない。たとえ知っていたとしても、彼女でなければ開けることはできない。

 

この時代、電波傍受技術は既に確立していたが、雑音が多く情報を得るには不十分であった。また電波傍受技術と同時に電波法も定められており、無線電波傍受は重罪とされていた。どのような内容であれ、盗聴記録を公表すれば良くて終身刑である。

 

そのような法律もあり、加えてここは皇居。軍事基地でもないここを盗聴する者などまずいない。故に通信機の存在はアウレリアが交信をしているところを直接見られでもしない限り、まず発見されない。

アウレリアは慎重な性格である。お供には着替えをするからと言い、部屋に鍵をかけて昼間でもカーテンで窓を覆った。そして姉との交信時間は五分と決めていた。


そして今、アウレリアは姉の身を案じていた。


「お姉さま? どうかなさいまして?」

『う、ううん。なんでもない――ひゃんっ!?』

「どうしたんですの、様子がおかしいですわ」

『ごめんね、アウレリ、ア、少し待って』


 姉の様子がどうにもおかしい。

 声が上ずっているし、受話器の奥で嬌声に近いものが聞こえることもある。

 解せずに首を傾げていると、通話が切れてしまった。


「なんなんですのお姉さまったら」


 声からして命にかかわるような事態に陥っていたわけではないようだった。もっとそれとは別の。駄々をこねる子供に眉を顰めるようなものであった気がする。

 ともあれ、重要なことは聞けた。ソニアが無事合流し、スネチカでの会合はうまくいった。


 ソニアがついているのであれば、まず心配はないだろうとアウレリアは思った。そうして通信機を再び本棚の裏に隠したときであった。


「愛しのお姉さまとの連絡は終わったの?」


 アウレリアはぎくっとして冷たい声のする方へ向き直る。

 そこには銀髪の魔女が立っていた。


「アリス、いつからそこにいましたの?」

「今さっきよ。気づかなかった?」


 メルリスの正装であるコルセットをやや不遠慮にはだけさせ、プリーツがぴっちりと収まった腰に手を当てている。威圧と不快さを織り交ぜたような表情である。


「・・・・・・あなた、教育がなっていませんわ。いくらわたくしの護衛だからと言ってノックもせず勝手にわたくしの部屋へ入ってくるなんて」

「私はソニアの代わりでしょう。あなたの身辺警護を任されてるんだから、常に傍にいるのは当たり前。それを忘れてコソコソしている方がなっていないんじゃない?」


 数か月前、ソニアはアウレリア護衛の任を解かれ、極秘裏にクリステルの護衛となるべく皇居を発った。そのため、新たな護衛としてアリスが選ばれていたのである。


「ソニアには察しや思いやりがありましたわ、護衛だからと言ってこういうことは許されませんわよ」

「質問に答えてくれてないわよ、話をはぐらかさないで」

「あっ」


 アリスが手をかざすとアウレリアの体が浮き上がった。


「クリステル様と連絡を取っていたんでしょう? ねぇ、アウレリア様」

「きゃあっ」


 宙空にあったアウレリアの体は不可視の力にぐいっと引っ張られるようにしてアリスの眼前に運ばれる。


「う、うぅ」

「あら怯えちゃって、かわいいところあるじゃない。ねえ、体を拘束される気分はどう?」

「いいわけないでしょう。あと、怯えてなんていませんわ」


 唇を歪ませて笑うアリスに一瞬臆したアウレリアだが、すぐに常のような気丈さを取り戻した。


「あなた、わたくしを誰だと思っていますの。主を堂々と睨みつけて、得体のしれない力で体を縛るなんて、この不埒者!」


 アウレリアはアリスを睨みつけて言った。

 この場でどちらが優位であるかはアウレリアもわかっている。しかし、相手を無理やり押さえつけるような力に屈してはならないと思った。何より生来の気の強さ、自尊心が怯えることを許さなかった。文字通り手も足も出ないが、せめて気構えだけでも示しておく必要はあるのだ、と。


「ふぅん」


 アリスは吊り上げていた口角を戻す。


 エルフリーデの側近であったアリスは、彼女と同様の力を我が物としていた。その力をいかんなく発揮し、功績を称えられた彼女は今やメルリスの一人である。

 多くの軍人がアリスを評価していたが、一部では癇癖の危うさを問う者もいた。気に入らないことがあれば、理屈に合わない怒りを孕む節があった。そうして力を振るう彼女は敵味方を問わず、見る者全ての心胆を寒からしめていたのである。


「気に入らないわ、アウレリア」


 アリスはアウレリアの髪を乱雑に掴むと、瞳を覗き込んだ。


「いたっ、いたい」

「私の目を見なさい、クリステルと連絡を取っていたわね」


 鼻先で顔が向かい合う。

 アリスは瞳を肥大させ、皇女になおも迫った。

 一方のアウレリアは息を呑む。


目の前には怪しく光る二つの眼。その奥には憤怒の炎が燃えているのが分かる。ぐさりと刺すような視線は殺気をも帯びていた。鼓動が跳ねて悪寒が走る。

目に敵意を持ちながらもアリスの表情は暗いのだ。人形のように無機質な表情が、余計に不安を煽る。


「そんなことしていませんわ」


 精いっぱいの抵抗であった。

 生身のまま流氷の浮かぶ海に放り出されたような寒さと、全身を突きさされるような痛みの中で発した反撃である。


「私ね嘘が大嫌いなの」

「わたくしもですわ」

「強情ね」

「あなたは不敬ですわよ」

「ふん、まあいいわ」


 アリスは興味を無くしたのか、アウレリアを縛っていた力を解いた。


「きゃっ! いっ!」


 宙空で制止していたアリスは床に落ちた。


 この力から解放された時はアリスを睨みつけて、主を脅したことを叱ってやるつもりであった。しかし、誰かを背負っているように体が重く、足が震えて力が入らない。張り詰めていた重圧からの解放。予想以上に体力を奪われていて何もできない。


 アウレリアは精神的疲労のあまり深いため息を吐く。手にはじわりと汗が滲み、口の中はカラカラに乾いていた。


「クリステルはスネチカにいるのね」

「っ!」


 アリスの言葉にアウレリアは驚愕の声を発しそうになった。

 見上げるとアリスは先刻と違い、意地悪い笑みを携えている。

 アリスの言うことは的中している。しかし、どうしてバレたのか理解できない。


 会話を聞かれたのか。違う、先刻の会話でスネチカという地名は出していない。ではここ数か月の通信を盗聴されていたのか。ノックもせずに部屋に入るアリスだ、電波法など意に介さず盗聴を強行したのかもしれない。様々な憶測がアウレリアの脳裏をかすめては消えていく。


「なにを言っているんですの?」


 アウレリアが瞬時に出した結論は動揺を見せないことであった。疑問や不安は目まぐるしく頭の中で蠢いているが、平静を装うことに努めた。心が乱れれば相手の思うつぼ、ただのかまかけである可能性も十分にあるのだ。


「スネチカにいるんでしょう? クリステルは反乱軍の要、あそこは追放した議員や軍人が多くいる。あんたたちはその情報を隠してたみたいだけど、気づかないとでも思ったの?」

「か、勝手な憶測を」

「憶測じゃないわ、あなたの心に聞いたんだもの」

「心ですって?」

「驚いた? 私って心が読めるのよ。特にあんたみたいにわかりやすい女の心を読むのは得意なの」

「妙な力を持っているのは知っていますけど、心が読めるだなんて嘘ですわ」

「あら、なら試してみる?」

「結構です、わたくし暇ではありませんの。午後の皇務も残って――」

「お姉さまが大好きなんでしょ? どうしてかしら」

「す、好きではありません――」

「小さい頃からずっと一緒で、母親のようにも思ってるのね。母親・・・・・・そう、お母さんが死んだ時に慰めてくれたのはクリステルだけだったの」

「なっ、なんですって」

「お母さんが死んだ夜はずっと泣いていたんでしょ? そしたら大好きなお姉さまが来てくれて、一晩中よしよししてくれたのね。知らなかったわ、あんたも泣くことあるのね」

「・・・・・・」

「あはは、お姉さまが大好きって言葉であなたの中に浮かんだ光景を話しただけよ」


 大事にしまい込んでいた過去の思い出。姉と自分だけが唯一共有していた秘密が読み取られた。


「クリステルの名前を出すと、あんたずいぶん心が乱れるのね。おかげでよくわかるわ」

「あっ」

「まだシラをきる? このままエルフリーデに報告してこようかしら。クリステルはスネチカにいるって伝えたらどうなるかな」

「やめて! やめてよ!」


 アウレリアは思わず叫んだ。

 気づいた時にはもう遅い。自ら真実であると吐露したようなものだ。


「ふふ、バカね。認めたようなものよ」


今週は毎日投稿してみようと思います


できるかどうかわかりませんが頑張ります!

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