アリス 3
こちらは表現を規制させていただいております。
【ノクターンノベルズ】の「皇女の猫【解放版】」に完全な形で掲載しておりますので、そちらをご覧ください。
ルイス・ギャンブリ著『革命軍の記』より
皇軍に属した貴族、それらと密接な関係を築いた者は可能な限り収監すること。
貴族専用の収容所が溢れ、収監が困難とされる場合は緊急に措置を講ずる。
収監が困難とされる場合、各員の判断で適切な措置を取ることを厳命する。
その場で銃殺せよ。ということである。
私たちは男たちの乗ってきた馬車に乗せられて屋敷を後にしました。
私の後にマリアが馬車に乗ろうとすると、男たちがそれを咎めました。
「お前は来る必要ない」
私はどきっとしてしまいます。
「ここに残った方が楽だぞ?」
「いいえ、私も行きます」
「そうかい、物好きだな」
「お嬢様とは運命を共にします」
マリアがそう言ってくれて、ほっとしました。
不躾な男たちの馬車に一人で乗るのは心細かったのです。
生まれて初めて屋敷を出ました。まさかこんな形で外に出ることになるなんて思いもしませんでした。最後に屋敷を一目見ようと後部座席の窓をのぞこうとした時、
パン、パン、パパパン
と、屋敷の方から音が聞こえました。
「ねえマリア、今何か聞こえなかった?」
「いいえ、私にはなにも」
マリアは震えていました。
「大丈夫? 顔色がよくないわ」
「大丈夫、大丈夫ですわお嬢様。私が必ずお守りします」
いつものにこやかなマリアはどこへ行ってしまったのでしょう。私は屋敷を見ることより、マリアの方が心配でずっと手を握っていてあげました。
そして私たちは高い塀に囲まれた薄汚い町に来ました。町と言っても建物が三つくらいしかありません。建物より鉄柵とそれに張り巡らされた有刺鉄線の方が多いところです。
「ここ、どこ。ねえマリア、私たちどこに連れてこられたの?」
マリアは答えませんでした。
私たちは銃を持った男たちに案内されて、狭い部屋に押し込まれました。
ベッドに燭台に洗面所、それにトイレしかない簡素な部屋です。
これではまるで刑務所です。
しばらくすると、先ほどの男の一人がやってきました。
「さっそくやってもらう」
男は鋭い目でマリアを見ました。可愛そうにマリアは震えてしまっています。
「なんなの! 私の侍女に手を出したら許さないわ! マリアは私とここにいるんだから!」
「さあ、早く来い」
男は私のことなど見えていないように言います。
「お嬢様には手を出さないと約束してください」
「それもお前次第だな」
「・・・・・・わかりました、すぐに」
マリアは私の言うことより、あの男の言うことを聞きました。
「マリア!? 何言ってるの! 行っちゃだめよ、ここは何かおかしいわ!」
「大丈夫ですよお嬢様、すぐに帰ってきますから。話をするだけです」
「ダメ! ここにいなさい! 命令よ!」
「すぐ戻ります、すぐに」
「マリア! ダメだよマリア!」
私が必死に引き留めたのにマリアは行ってしまいました。
もうわけがわかりません。
だってマリアはこれまで私の命令に逆らったことがないのです。
私は床にへたり込みました。頭が混乱してぐるぐると景色が回ります。ここは一体どこなのでしょう、私はなんのためにここへ連れてこられたのでしょう。
夜になってもマリアは戻ってきませんでした。
ルイス・ギャンブリ著『革命軍の記』より
刑務所に収監された貴族の運命は決まっている。不利な裁判を受けて下される死刑か、刑務所内で衰弱死するかである。
死を突き付けられた受刑者たちの精神は極限まで追い詰められている。耐えられずに自決を選ぶ者もいた。
だが、怒りや鬱憤が暴力を生むことも忘れてはならない。追い詰められたネズミが猫に噛みつくように、受刑者たちが団結して暴動を起こすこともある。
刑務官たちはそれを恐れていたが、思いもよらぬ形でこの問題は解決する。収容する貴族たちの数と刑務所の数が比例しなかったため、男女の区別なく収監するにいたったのだが、そこで男たちは独自の方法で鬱積を発散させていた。
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二日後の昼にマリアが変わり果てた姿で戻ってきました。
顔が赤く腫れあがり、歯が折れた口からはひゅーひゅーとかすれた息が聞こえます。左手には指が二本ありませんでした。そしてあちこちに包帯を巻かれ、その包帯には血が滲んでいます。
「マリア!」
男たちがマリアを乱暴にベッドへ放り投げました。
「ど、どうしたの、なにがあったの、ひどい、こんなっこんなの!!」
「お、おじょう、さま」
「マリア! しっかり! 私よ! 私はここよ!」
「よかっ・・・・・・おじょさま・・・ご無事で」
「何言ってるの! あなたが!!」
マリアは潰れていない方の目で私を見て、僅かに微笑みました。
どうして彼女がこんな目に合わなければならないのでしょう。無力な私は、マリアの頭を撫でてあげることしかできません。
「こいつはもうダメだな、時間の問題だ」
男たちが下賤な笑いをしながら言いました。
「そうだな、今日あたり死んでしまいそうだ。そうなれば次は――」
私の中でかつてないほどの怒りがこみ上げてきました。
「何をしたの、私の侍女に何をしたの!」
目の奥が熱かったけど、頭はひんやりしていました。本当に強い怒りを覚えると、こんなふうに感じるのだと私は知りました。
「すぐわかるさお嬢ちゃん、そいつが死んだら次はお前だ」
男たちはそう言って出ていきました。
次は私?
マリア、あなたはなにをされたの。どんな苦しい目にあってきたの。
「なんでもいい、次は私も行く。マリアを一人になんてさせないんだから、絶対にさせないんだから」
目から大粒の涙がボロボロと零れ落ちました。
悔しくてなりません。大好きなマリアにこんなことをされて、それなのに私は無力なのです。
鼻をすすっていると、マリアが何か呟きました。
「助、け、ない、わ、私ではとても・・・・・・お許しください」
「なあにマリア、ちゃんと聞こえているわ。大丈夫よ」
「もう助からない、ならばいっそ私の手で」
私がマリアの手を取って、涙を拭った時でした。
ガバっとマリアが起き上がり、私に覆いかぶさってきたのです。
「あっ・・・がっ・・・」
マリアの手が私の首を絞めます。
「があ・・・がっ・・・」
「ひっ、ひぐっ、お許しください、お嬢様、ふぐっ、あなたを救えなかったことをお許しください」
マリアは泣いていました。
大好きなマリアが私を殺そうとしている。それを理解することを私は拒みました。だから抵抗もしませんでした。こんなことをマリアがするはずがないから。
私はその時、無意識に彼女の涙を拭おうとそっと頬に触れたのです。命を奪われようとする人間の行動ではありません。
泣かないでマリア、私と一緒にいて。そう心で語り掛け、微笑みました。
マリアはハッとして、自分の手を見ました。おぞましいものでも見るような目でした。
「あ、ああ、あああ!? 私はなんという、ことを!」
「あがっ、げほっげほっ」
マリアの手が離れ、私は咳き込みます。頭がぼーっとして何も考えられませんでした。
「ああああああ! あああああああああああああ!!!」
マリアは頭を抱えて叫びました。
「マリア、マリア」
助けたいのに、触れてあげたいのに、ぐったりとした意識ではうまく動けません。
「何を騒いでいる!」
鍵が外され、外から刑務官たちが入ってきました。
「お願い! お嬢様だけは! この方だけは助けてあげて! なんでもするからお願いよ! 私はどうなってもいいから! お嬢様には触れないで!」
マリアは捉えられ、部屋から引きずり出されてしまいます。
「やめ、て、マリアを連れて行かないで!」
そしてまた私は一人になりました。




