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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
アリス篇
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アリス 2

その日はどこか特別で、何かが起こりそうな予感がしていました。

 

一週間も降り続いた雨がやんで、空は飛び切りの光を振りまいていました。春の日差しが眩しくて、ぽかぽかと温かくて。庭の新緑も生命に満ち溢れています。


「お出かけもしないのに、こんなに綺麗なドレスを着ても意味ないわ」


 薔薇色のドレスはとても素敵です。けど、この屋敷にいる限りは普段着になってしまいます。素敵なドレスは特別な時に着たいのです。


「そうおっしゃらずに、今日は特別な日になるかもしれませんよ?」


 マリアは甘い声で言います。


「赤い薔薇色のドレス、襟元と裾に白のレース編み、スカートにはフリル、それにボタンも見てください、琥珀石を研磨して薔薇の形になっているんですよ――ああ、お嬢様可愛い! 素敵ですよ!」

「これマリアが仕立てたものよね」

「そうです! 早くお嬢様に着ていただきたくて。やっぱり似合います、お嬢様は真珠のように白い肌をお持ちなので、真紅のドレスがきっと似合うと思っていました」

「私はマリアの着せ替え人形じゃないんだからね!」

「きゃっ、プリプリしているお嬢様も可愛いですわ」

「・・・・・・」


 この人、絶対結婚できません。心配した私が愚かでした。


そんなふうに話した後、マリアと共に勉強をしていてふと窓を見ると馬車が向かってくるのが見えました。私は嬉しくて飛び上がりました。


「見てマリア! 馬車よ! お父様が帰ってきたんだ!」

「馬車ですか、まあほんとに! よかったですねお嬢様!」

「うん! うん! お父様にやっと会えるわ!」


 マリアに抱き着いている間も笑みが抑えられません。私はお父様が帰ってくるのをずっと待っていたのです。マリアが言った通り、特別な日になりました。

 お父様が帰ってきたと知ったらお母さまも屋敷に戻ってきてくれる。そうしたら家族みんなでおいしい料理を前に食卓を囲むのです。


「さあ、早く出迎えに参りましょう。コンスタンティン様は一番にお嬢様の顔を見たいはずです」

「うん! 行こうマリア!」


 マリアの手を取って階段を駆け下ります。淑女たるもの、なんて気にしていられません。

 私は息を鎮めながら、玄関が開かれるのを今か今かと待ちかまえました。


「お嬢様、髪が」


 私の乱れた髪をマリアが櫛ですいてくれました。


「さあできた、金色の髪がいつもより輝いて見えますよ」

「ありがとう」


 マリアを含めたメイドも屋敷の主を出迎えるため、玄関に勢揃いしていました。

 お父様、私も大きくなりました。貴族の娘らしく教養を備え、こうしてきちんと立つことができています。

 私はマリアの手を握りました。

 マリアのおかげです。マリアがいたから私は。ちゃんとそのことも話します。そしてずっとマリアを私の傍に置いていただけるように。


 バン、とドアが乱暴に開けられました。


 私たちは揃ってびくりと震え、目の前の光景に唖然としました。知らない男の人たちが銃を手に、屋敷へ押し入ってきたのです。


 恐い、というより、わけがわかりませんでした。

 マリアを見上げると、私と同じように呆けています。周りのメイドたちも同じでした。


「無礼者!」


 気が付くと私は前に出て叫んでいました。


「この屋敷はヴェイン・ボークラーク家のもの。それを知ってのこと?」


 こんなふうに屋敷に入ってくるのは悪い人たちです。お父様とお母さまがいない今、屋敷の主は私。だからこそ主らしく振舞わねばならないと思いました。


「小娘、ヴェイン・ボークラーク家で間違いないのだな?」


 男の一人が言いました。まるで蛇が口をきいたような、陰湿な声でした。


「小娘っ!? この私を小娘ですってっ――」


 答えようとしたら、マリアが私をかばうように前に出ました。


「ここはヴェイン・ボークラーク家ですが。御用の赴きは?」


 男たちはマリアを見て嫌な笑みを浮かべます。


「あんたに話がある」


 男はマリアを指名しました。


「お嬢様、ここは私に」


 私は部屋に下がるように言われてしまいます。


「嫌よ、私がちゃんと話すわ。この屋敷の主は私よ」

「もちろんでございます。なればこそ、お嬢様はお部屋に。このような下賤な者と話す役目は私が請け負います。どうかここは私にやらせてください、どうか」


 マリアは言いました。


「う、うん」


 こんなに怖い顔をしたマリアは初めて見ました。

 それに、ここまで言われては私も引き下がるしかありません。ここで私が駄々をこねれば、マリアの覚悟を踏みにじることになると思ったのです。


 私は一人で部屋に戻り、膝を抱えました。

 そうしていると今更ながら体が震えてきました。あの男の人たちは誰なのでしょう、マリアは大丈夫なのでしょうか。


 恐いですお父様。私はどうしたら――


 しばらくすると、マリアが部屋にやってきました。


「マリアっ! 大丈夫!? ひどいことされなかった?」


 あまりに青い顔をしていたので、私は心配になりました。


「大丈夫ですよお嬢様」


 ちっとも大丈夫そうに見えません。


「お嬢様、これから私の話すことをよく聞いてください」


 マリアは膝を折って、私と目線を合わせました。


「なに?」

「ご当主様は――いえ、なんでもありません」

「もう、なによ? ちゃんと教えて」

「戦火が、戦火が迫っているのです。ここにいるのは危険です、あの男たちはそれを知らせに来てくれたのです」

「戦火って、ここも戦場になるってこと?」

「そうです。ですから私たちは避難しなくては、あの者たちが案内してくれます」

「ダメよ、お父様とお母さまが留守の間は私がここを守らないと」

「お嬢様、どうか聞き分けてください」

「いいえ、ヴェイン・ボークラーク家の娘として私は」


 急にマリアが私を抱きしめました。


「マリア?」


「ヴェイン・ボークラーク家という名より、この屋敷より、何より大切なことがあります。それはお嬢様が生きていること。あなたの命こそ、なによりお父様とお母さまが護りたいものなのです」


 マリアは泣いていました。


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