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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
アリス篇
40/170

アリス

「皇女の猫」の主人公最後の一人アリスの物語になります。

時系列で言うと、アヤメたちの話から30年ほど前の話になります。

 拝啓、お父様へ

 元気にしていますか。

 私は元気ですけど、お父様に会えなくて寂しいです。

 戦争が終わったら早く帰ってきてください。

 今年の冬は大雪が降りました。屋敷の周りは雪で覆われてしまって、女中たちが買い出しに行けないなどと大慌てしていました。私は買い出しよりもお父様の方が心配でした。

 もし、こんな時にお父様が帰ってきたら大変。せっかく帰ってきてくれても、雪のせいで屋敷に入れないのです。そんなの悲しいですもの。だから、その時は私も雪かきを手伝いました。


 今は春の日差しで、あんなに硬かった雪も淡く溶けて消えました。屋敷への道になんの障害もありません。いつでも帰ってこれますよ。

私の部屋の窓からお父様の乗る馬車が見える日を楽しみにしています。

そういえばお母さまが



「お嬢様」


 声をかけられて、私は動かしていたペンを止めます。

 振り向くとメイドのマリアが立っていました。

 お父様に手紙を書いている時は邪魔をしないで、と言っておいたのに。少しむっとしてしまいます。


「なあにマリア、今手紙を書いてるのよ」

「ごめんなさいねお嬢様、ちょっとよろしいですか」

「嫌よ、集中したいの」

「ちょっとだけ、ちょっとだけですから」

「あっ、やっ、ちょっと」


 マリアは私の手を取り、ずんずん歩いていきます。問答無用でなされるがままです。


「なんなのよもう」

「仕立て屋がドレスの寸法をしたいと言っているのです」

「この前やったばかりじゃない」

「お嬢様は育ちざかりですからその度に寸法しないと――初めてお会いした時はこのくらいでしたのに」


 マリアは自分の腰に手を当てて言います。


「今はどんどん大きくなられて。お嬢様の寸法を見るたび、嬉しいような悲しいような気分になりますわ。身長と共にそのうち胸も大きくなられて、やがては殿方のもとへ」

「どれだけ先の話をしているのよ」

「こんなにも可愛らしいお嬢様を手に入れる幸せな殿方はどこの誰なのでしょう。できればお嬢様をずっとこのお屋敷から出したくありません。どこの馬の骨とも知れない男にお嬢様の純潔を奪われるくらいなら、いっそ泣かせてでも私が」

「なにわけわかんないこと言ってるのよバカバカぁ! 手紙を書かせて!」


 マリアは私が七歳の時に屋敷へやってきました。今日からお前の世話をする人だよ、とお父様が言うとマリアはぺこりと頭を下げました。

 メイド服を着た人は何人も見てきましたが、マリアは特別似合っていました。


「初めましてお嬢様、今日からお世話をさせていただきますマリアと申します」


 マリアが笑って言うと部屋の空気がほっこりと温かく、そして明るくなった気がしたのを覚えています。

綺麗な人だったので、きっと淑やかに慎ましい性格だと思っていたのに。


「お嬢様の金髪には純白のドレスが映えることでしょう。しかし今のようなランジェリー姿もたまりません」


 今マリアは私の寸法を見て鼻の穴を膨らませています。胸の前で両手を握りしめてハアハア言っています。


「うるさいよマリア、気が散るでしょ」

「お嬢様が下着姿になどなるからです」

「寸法するんだから仕方ないでしょ!」

「まあ、怒る姿も可愛らしい」

「・・・・・・」


 これなのです。せっかく綺麗な人だと思ったのに中身はちょっと変態さんなのです。

 マリアとは五年の付き合いになりますが、年を重ねるごとに症状が悪化している気がします。

 彼女の行動に苦悩していると、仕立て屋が寸法を終えました。


「終わりましたわね。さあお嬢様、お着換えですよ」


 着替えの時など隙あらばぺたぺたひっついてきて、私のことを可愛い可愛いといって撫でまわしてきます。


「もう! 変なところさわらないで! 早く着せてよ」

「だってお嬢様が動き回るからうまく着せられないのです」

「マリアが触るからくすぐったいの! 早くしてよ、手紙を書くんだから」

「手紙は午後の教養を終えてからにしてくださいませ」

「え!? いやよ!」

「毎日の日課というのは続けてこそです。今日はヴェルガ語の読み書きと計算などいかがですか?」

「いやいや! 手紙を書く!」

「そうですか。いつも努力されているお嬢様にプリンなど作ろうと思っておりましたが、お勉強をしないとなると」

「ぷっ、ぷりん!?」


 プリンは私の大好物です。

 マリアは素っ気なく顔を背けて、目だけで私の様子を伺います。とても意地悪な目でした。


「わかったわよ、ちゃんとお勉強するわ」


 誇り高い貴族、ヴェイン・ボークラーク家の娘である私が食べ物に釣られてしまうなんて。けど、お勉強は必要なことなのです。決してプリンのためだけにマリアの言うことを聞いたわけではありません。

 それに、教養の時間はそれほど嫌ではありませんでした。マリアがわかりやすく教えてくれるからです。


 私は生まれてからこの屋敷を出たことがありません。だから外の世界を知りません。

 マリアは勉強に関連付けて外のことを色々と話してくれます。遥か彼方の異国では聞いたこともない言語が使われており、その民族特有の奥ゆかしさが現れること。名のある設計士が息を呑む建造物を作ったが、その人は私と同じ年の頃には足し算もできなかったこと。


 世界には大勢の人がいて、様々な出来事が起きているんだ。私はうきうきしながら彼女の話を聞いていました。


 勉強の後は夕食です。貴族にはご飯の食べ方にも作法があります。マナー教師達に囲まれながら食べても、ちっともおいしくありません。


 夕食が終わればお風呂。お風呂の入り方に作法はありません。


「なによあのマナー教師。ちょっとフォークの使い方を間違えたくらいでうるさいのよ、えい!」


 私は湯船のお湯をマリアに浴びせます。


「お嬢様、私に八つ当たりはやめてください」

「いいじゃない、この時くらいしか遊べないんだもん」

「なら仕返しです、えい」

「うぷっ、やったわねマリア」


 マリアと一緒にお風呂に入るのは好きです。私と一緒に遊んでくれるのはマリアだけです。

 でもちょっと困ることもあります。自分で洗うからいいと言っても、マリアは私の体を洗うことを頑として譲らないのです。手つきがいやらしくて、くすぐったくて、疲れてしまいます。


 マリアは私の肌が柔らかくて艶々していると褒めてくれます。でも、私はマリアの肌の方が綺麗に思えます。

 お風呂の後は眠る時間です。


 今日も私はマリアを部屋に呼んで、同じベッドで一緒に寝てもらいます。貴族の娘は一人で寝なければならないのに。お父様にばれたらすごく怒られるでしょう。


「そんなの関係ありませんわ。私の主人はお嬢様です、主人の望みを叶えることが私の使命ですから」


 マリアは優しく微笑んで言ってくれます。だから私もつい甘えてしまうのです。

 お父様は貴族の務めとして戦争に行き、まだ帰ってきてくれません。お母さまは何か用事でもあるのかよく外出し、最近ではほとんど屋敷に帰ってきません。


「ねえ、マリア」

「はいなんでしょう」

「マリアは結婚とかするの?」

「結婚ですか? どうして急にそんなことを」

「今日ね、マナー教師が言ってたの。十六を過ぎた女性はすぐに結婚すべきだって、マリアはもう十七歳でしょう? だから結婚しちゃうのかなあって」


 私はとても不安でした。

 もしマリアが結婚することになれば、屋敷を出て行ってしまうかもしれません。そうなれば私はこの広く冷たい屋敷に一人ぼっちです。お父様もお母さまもいなくて、マリアまでもいなくなってしまったらどうしたらいいのかわかりません。


「しませんよ」


 マリアは言います。


「ヴェイン・ボークラーク家に来れたことを誇りに思っておりますし、なによりお嬢様に出会えたことが嬉しいのです。ずっと、ずっとお嬢様と一緒にいたいです。ですから、これからもどうか私を御そばにおいてください」


 私はマリアに抱き着いてしまいました。だって嬉しくて、愛しくて、たまらなかったのです。私もずっと一緒にいたいよ、と伝えるとマリアはキスをしてくれました。


 このからっぽのお屋敷の中で、マリアだけが暖かいのです。

 マリアは私の友達で、先生で、家族で、そして大切な恋人でした。


「ねえマリア、今日もアリスの話をして」

「はい、ええとどこまで話しましたか」


 “アリス”とはマリアが子供のころに聞いたという童話です。

 神様と人の間に生まれた少女アリスは、その力を使って人を正しい方向に導くのです。私はその物語に夢中でした。


「どうして人はアリスを嫌うの? かわいそうだわ」


 アリスは銀色の髪というだけで不吉な少女とされ、村人から意地悪をされてしまうのです。


「人は自分とは違うものを恐れるのです。けど、アリスは人を信じることをやめません。そして自分こそ、人を正しく導くことができると信じているのです」

「人を導く」

「お嬢様も誇り高いヴェイン・ボークラーク家の血を引いています。いつかあなたもアリスのように人を導くのですよ」


 その日聞いた話でアリスは鏡の世界に迷い込み、鏡から出てきた怪人に手を掴まれて赤い部屋に引きずり込まれてしまいました。恐くなった私はマリアにしがみつきました。




・・・・・・・・・


 ルイス・ギャンブリ著『革命軍の記』より


 1901年 セルシア国


 数年に及んだ内戦、セルシア帝国革命が終焉。

 革命軍が皇家の住まう城にまで押し寄せ、後に「赤の間」と呼ばれる部屋で射殺された者は以下の十名である。

 

皇帝 グレウス・シルドア三世

皇妃 アビゲイル・ブラウン

皇女 シンシア・ブラウン

   マティルダ・ブラウン

   ジゼル・ブラウン


皇太子 クラーク・シルドア


皇軍 エフリダス・ユニシス

   ハンナ・ヴァリエイル

   コンスタンティン・ヴェイン・ボークラーク


皇太子グラディス・シルドアのみ死体を確認できず。行方不明。


 臨時政府の考案した条例が可決後、速やかに発令される。

 皇軍に従属した者、またはその一族。如何なる理由であれこれらを収監すべし。皇族復興を目論む不安因子は残してはならない。この命令で多くの貴族たちが命を落とすことになる。


気が付けばかなりのお話に膨れ上がりました。

皆様、貴重なお時間を割いて皇女の猫をここまでお読みいただきまして、ありがとうございます! 


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