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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
ソニア篇
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大切な人のために

 その日の夜、護衛たちは私を疑ったことを詫び、皆の前で私を迎え入れることを改めて宣言した。


「これまでの非礼を詫びる。お前の意思を確かめるまでは、どうしても一線を引く必要があったのだ。だが、今日から我らの一員となる。お前になら背中を預けてもよさそうだ。先刻の戦いで皆にもそれが伝わったはずだ」


 そう言うのは木剣で戦った隊長だ。名をアヒムと言った。

 長である彼がそう言うと、多くの兵達が興味津々といった具合で私に話しかけてきた。

 強さの秘訣を聞かれたり、クリステル様を救ってくれた感謝の言葉をもらった。警戒を解いた彼らは、気さくで感じのいい人ばかりだった。いつのまにか私の歓迎会ということになり、料理やお酒でもてなされた。


 隣ではアヒムが酒を手にしながら、部隊の紹介をしてくれた。お互いに慣れないうちは、軍関係の話しかしていなかったが、酒を酌み交わすにつれて私の立場も固まり、緊張が徐々にほどけていった。私は皆と意気投合して、ますます居心地がよくなった。とりわけ、隊で年齢の若いヨハンという少年とよく話した。彼は桜花人の歴史や風習が好きで、いつか桜花に行ってみたいと語った。


「桜花は偉大な国だと思うっすよ。それに美人も多い。アヤメさんのような人がたくさんいるなら、すぐにでも桜花に行きたいっす」


「桜花の女は私のように腕っぷしがいい。それでも行きたいか?」


「愛を説けば、きっと理解してくれると思うっス。アヤメさんだってそうなのでは?」


 アヒムは私とヨハンの会話を聞いて、豪快に笑った。


「まったく、こいつはべっぴんを前にすると調子がいい。悪く思わないでやってくれ」

「いや、私も楽しんでいる」

「こうみえてもヨハンは凄腕のスナイパーだ。俺達も何度こいつに助けられたかわからん」

「アヒム隊長が褒めてくれるなんて、明日は槍が降りそうっすね」


 ヨハンは赤面しながら、酒をちびちび飲んでいた。

 

 遠くの席でクリステル様とソニアが静かに食事をしているのが見えた。何回か目が合った。クリステル様は笑って手を振ってきたので、私もそれにならった。


「楽しいな、こんな夜は久しぶりだ」


 私が笑いながら言うと、隣のアヒムも嬉しそうに笑った。


「ほう、アヤメも笑うことがあるんだな」

「楽しいときは笑うさ」

「そうかそうか・・・・・・さて、そろそろ席を譲ろうかい」

「譲る?」

「ああ」


 アヒムはそう言ってヨハンと共に席を外した。

 そしていつの間に来たのか、ピアが私の隣に座る。


「いいですか?」

「ああ」


 ピアはミルクの入ったグラスを手にしていて、じっとそれを見ていた。何か思い詰めているのか、唇を噛んでむむむと唸っている。どうした、と尋ねることも憚られる。


「あの、アヤメさん」

「あ、ああ。なんだ?」

「私はビレであなたに酷いことを言いました。クリステル様と一緒にいるのが嫌でたまらないなんて」

「いや、私は恐れられて当然の力を宿していたし、あなたはクリステル様のことを思っていたからこそ――」

「それでも・・・・・・それでも、ごめんなさい。クリステル様の恩人に、傷つくことを言いました」


 彼女が言った。もわもわと心の中に広がっていた不安が消えていく。


「終わってしまったことは取り戻せませんけど、アヤメさんにきちんと謝っておきたかったんです」

「ありがとう。私もピアにきちんと礼を言っていなかった。ビレでルリを助けてくれたこと、私を診てくれたこと、改めて礼を言う」


 私が言うと、ピアもしばらくした後、笑ってくれた。


「あの、これ」


 ピアは持参した医学書を私に見せてきた。


「これは?」

「桜花国の医学書です」

「こんなに難しい本を読んでいるのか、私でも何やらさっぱりだ」

「字が難しくて読めないんです。桜花国の文字は三種類もあって――教えてくれませんか?」

「いいとも。内容はわからないが文字は読めるからな。じゃあ近くで見せてほしい、もっと傍に来てくれ」

「はい」


 ピアは嬉しそうに小さな体を擦り寄せ、本を机に広げて見せてくれた。


「これなんですけど」

「どれ?」


 私たちは顔を寄せ合い、たどたどしく文字を読み合った。私が字を読むと、小さな声でピアが復唱する。それが妙に楽しくて、ピアもそう思ってくれているようで、微笑み合いながら本を読んだ。


 互いに指を字に滑らせていると、時折指がくっつき合い、絡まることもあった。私が笑うとピアも笑った。


「桜花語は表現に長けていますね。ヴェルガ語では訳せないような言葉が多いです。よくこんな言葉を思いつくなと感心してしまいます」

「お国の言葉を褒めてもらうのは嬉しいが、理解しようとなるとなかなかに難儀だろうな」

「えへへ、そうですね。難しいです」

「そういえば、先ほど少し話したのだがソニアは桜花語を習得しているらしいが」

「・・・・・・はい」

「私では教え方が下手かもしれないが、その時はソニアにも――」

「それは駄目です」


 ピアは顔を伏せて言った。


「ピア?」

「ソニアさんに助けてもらうわけにはいかないんです」


 伏し目がちに彼女は言う。


「この命は父と母にもらい、そしてソニアさんに繋いで頂きました。私はソニアさんに助けられてここにいます。ソニアさんからはもらってばかりで――もうソニアさんには頼らず、支えてあげられるようになりたいから」


「そうだったか」


「助けてもらったら、昔の私と同じです。失望されたくありません・・・・・・大人になりたいと、そう思っていますが。アヤメさん、意地を張るのはかえって子供のようでしょうか?」


「いいや。自分のできること(わきま)えたうえで、強く生きようとするのは立派だ。そこには理念がある。だがピア、ソニアが何か抱えていてあなたに相談してくれなかったらどう思う?」


「それは、相談してほしいと思いますが」


「そういうことだ。桜花の軍人で親しき者との絆こそ至宝だと言った人がいるが、その通りだ。ソニアは誰よりピアのことを大切に思っている」


「ソ、ソニアさんがそう言ったんですか!?」


「いや、剣を交えてみてわかったんだ。ソニアはクリステル様の護衛の他に剣を取る理由があると。それはあなたのことだとな――私も大切な人の前で弱みは見せまいとしてきたが、それは違うとわかった。弱みを見せ合える人がいるのは幸せなことだと思う」


ビレでのこと。私はクリステル様の前で涙を流したことを恥じた。

その時、あの方は悲しみを分けてほしいと言った。

心配をさせてしまったと気負う私を抱き締めた彼女は嬉しそうだった。


桜花で彼女が悩みを打ち明けてくれたとき、遠かった距離が縮まるのを感じて嬉しかったことを思い出した。

愛しいからこそ、全てを受け止めたいのだ。それを学んだ。


ピアは息を詰まらせたような顔をして私を見ていた。


 うっかりと答えてしまってから、クリステル様への思いを話してしまったと気づく。



「い、いや、私はただ、人間関係は信頼が大切で、信頼を置いている人に頼るのは甘えではないと言いたくてな」


 しどろもどろになって答えた。ピアは何も言わない。

 これ以上この話をしても不利なことしか言えないと悟った私は返答に困ってしまう。


「あの、もう一つだけ相談があります。キスについてなんですけど」

「なな、なんだと!?」

「キス、です。接吻、口付け、ベーゼとも言います」

「他の人に聞いてくれ、私は上手く答えられない」


 誤魔化すために酒の入ったグラスをこくこくと飲む。


「アヤメさんはクリステル様とキスをする時に息を止めますか?」

「ぶふぉっ」


 盛大に酒を吹き出してしまった。


「な、なななな!?」

「キスをする時って息を止めるものなんでしょうか? こういうことを聞けるのはアヤメさんしかいません。ソニアさんには聞けないですし、主であるクリステル様にこのような不躾な質問はできませんし」

「ま、待て、待て待て。いつから――気づいていた?」

「え? クリステル様とは恋人で、えっちなこともしていることですか?」

「――っほ――」


 思考を無くした時「ぐうの音も出ないと」言うが、私の場合は「っほ」であるらしい。


「まさか気づかれていないと思っていたんですか? あれだけクリステル様とイチャイチャしているんだから誰しも察しますよ」

「う・・・・・・うぅ」

「そういえば、告白はどちらからしたんですか?」

「それは、その――というか、クリステル様を恋人だなどと。私は叱責されると思ったが」

「どうしてです?」

「身分があまりにも違いすぎる」

「あなたはクリステル様を助けてくれた。クリステル様もあなたを受け入れて、とっても嬉しそうにしています。誰に恥じることも、叱られるようなこともしていないと思います」

「そうなのだろうか」

「そうですよ――それで告白はどちらから? キスの時に息は止めるものですか?」

「い、いや、もうこの話はやめないか?」

「嫌です」


 年端も行かない少女に追い詰められていく私。

 好奇心は猫を殺すと言う。知的好奇心旺盛なピアの容赦ない質問に、恥ずかしさのあまり悶え死にしそうだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「あら? なんだかアヤメさんが可愛らしいことになっているような気が」


 遠く離れた席で、クリステルが何かを受信していた。


「あ、ピアちゃん楽しそー。何話してるんだろう」


 ソニアは指をくわえてピアとアヤメを遠目に見ていた。自らも加わろうと席を立とうとしたが、


「二人にしてあげてください」


 クリステルがソニアの裾を掴んで椅子へ引き戻す。


「でもでも、クリステル様。ピアちゃんが楽しそうで」

「いいのです。アヤメさんに謝りたいと言っていましたから、今水を差すのは無粋ですよ」

「うう、でも、でもぉ」


 ソニアはカタカタと椅子を鳴らして落ち着かない。


「ソニアの好きなケーキがありますよ」

「うぅ、ケーキ」


 ケーキをむしゃむしゃと咀嚼しつつ、ちらちらと視線だけはピアとアヤメの方へ向けている。


「少し落ち着いてください、アヤメさんに食べられてしまうわけではありませんよ?」

「すっごく楽しそう、二人で指なんか絡めて笑ってたし、今はピアちゃんがアヤメちゃんに迫ってるし」

「っ!?」


 思わずクリステルも振り返る。

 しかし、彼女は自分を戒めてすぐにテーブルへ向き直った。


 幼少よりクリステルの周りには「大人」しかいなかった。そして「大人」であることを義務付けられ、生活態度も皇女に相応しい振る舞いをするよう教えられた。病で寝たきりの期間が長かったが、そういった教育は毎日のようにあったのだ。


 クリステルが学んだ「大人」は悲しみや苦しみを抑え、表に出さないことであった。アヤメが他の誰かと楽しそうにしていても、今は耐えるべきだと思っていた。


「仲よくなれてよかったではないですか。あなたたちには争いなく仲よく過ごしてほしいのです。そのためにも今は見守りましょう」

「仲よく、ですね。クリステル様、アヤメちゃんとのことまだ怒ってます?」

「いいえ。けれど、もう二度と私に無断で彼女と戦わないでください」

「はい、決して戦いません」

「よかった」


 それから俯いたクリステルは何事か考え始めた。ソニアが首を傾げていると、


「さあ景気づけにケーキをどうぞ」


 クリステルは真っ赤な顔をソニアに向けてそう言った。

 なんというか、凄くぎこちない口調で。

 ソニアはきょとんとする。


「なんです今の?」

「じょ、冗談を言ってみたんです。景気とケーキをかけた、高度なテクニックを用いた冗談ですよ」


 クリステルはますます顔を真っ赤にして不器用そうに唇を震わせている。


「どうして」

「ええと――アヤメさんとのこと、私も言いすぎました。ごめんなさい、あなたなりに考えてくれていたのに。ですから、和ませようと」

「・・・・・・っぷ、あははははは」


 抱えていたものが崩壊し、ソニアは声を出して笑った。


「そ、そんなに笑わなくても」


 クリステルは恥ずかしそうに俯き、腕の前で両手を組む。


「笑いすぎです、何事かと思われてしまいます」

「だってクリステル様が可愛いんですもの、あはは――面白かったですよ、本当です。アヤメちゃんにも聞かせてあげてください」

「アヤメさんの前で恥をかきたくありません」


 クリステルはぷい、と顔を背ける。


「クリステル様がしてくれることなら何でも喜ぶと思いますけど。あの子はクリステル様のことが大好きなんですね、戦ってそれがよくわかりました。もしよければアヤメちゃんとの出会いを改めて聞かせてほしいです」

「私たちの出会いですか、ふふ、桜花でのことですね。えへへ」

「え、なんです今の笑顔!? 皇室ではそんな笑顔見たことありませんでしたけど!?」

「アヤメさん優しいんです、それに凄く綺麗で」

「うわぁ・・・・・・それアヤメちゃんも同じこと誰かに言ってそう」

「不器用な所もあるけど、素敵な人なのです」

「デレデレじゃないですか、クリステル様すっごいのろけようとしてません?」

「あ、あなたこそピアとはどうなんですか!」

「え、いやピアちゃんとは」


 クリステルの勢いに押され、ソニアはたじたじになる。


「ピアちゃん立派になりましたね。ちょっと見ないうちに大人びていて、初めて会った頃はなにかと震えてることが多かったのに。凄く嬉しいんです、このままあの子とずっと一緒にいられたらと思います」

「ソニアだってデレデレしているじゃないですか」


 いつの間にか彼女たちの会話には花が咲いていた。クリステルはアヤメとの、ソニアはピアとの出会いを話して、悲しかったことは慰め合い、喜ばしいことは手を合わせて笑い合った。


「私たちも、そしてヴェルガの民も皆ずっとこうしていられるといいですね」

「はい。ヴェルガのため、私も力を尽くします」

「お願いしますね、ソニア」


 クリステルが笑うと、つられてソニアも笑った。


ようやくひと段落つきました。

ソニア篇はこれで終了となります。

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