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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
ソニア篇
38/170

アヤメ対ソニア 2

イチャイチャものを書くつもりが、バトルものになってしまいました。

後悔しています(泣)


アヤメとソニアの視点が入れ替わりつつ進みます。

 耳を疑った。目の前の騎士は私にクリステル様から離れろと確かに言った。

 

 ソニアの騎士としての使命は理解しているし、護衛の男たちが私の身に宿るモノノケの力に畏怖していることも知っていた。故に、なまじ事を荒立ててはならないと肝に銘じて過ごしていた。


 それなのにクリステル様の前から消えてほしいなどと。


「私はクリステル様の護衛。あの方の敵を打ち滅ぼす剣。害なす者と少しでも感じたなら排除するのが役目」


ソニアに睨まれる。


「っく」


 戦いたくはない、が、戦わねばクリステル様と引き離されてしまう。


「ソニア、クリステル様はお前を大切に思っている。そんな人を傷つけたくはない」


 ソニアは呼吸の荒くなった私を見て冷淡な口調で言った。


「心配してくれて嬉しいけど、私には傷一つつかないよ。悪いけど、アヤメちゃんに負けるとは思えない」

「私がクリステル様の傍にいるためには、あなたと戦わねばならないのか」

「うん。クリステル様のため、私も譲れないんだ」


 互いの間合いぎりぎりのところで、ソニアは歩みを止めた。

 彼女から滲み出る剣気は空間を歪めるほど。漂う空気が幾千の針となって全身に突き刺さる。これほどの戦士と出会いは数えるほどだ。


「本気なんだな?」

「本気だよ」

「そうか――ヴェルガの騎士、あなたの勝負に応じよう」

「・・・・・・構えないの?」


 そう言ったソニアが息を呑んで押し黙った。私は既に構えている。体の端から刀身の切っ先に至るまで、恐るべき殺気を迸らせつつ、呼吸を整える。


 信じたくはないが夢幻神道流は既に見破られていると見るべき。ならば、師から直伝された新天流にて勝負に臨む。新天流は異形対策猟兵部隊が学ぶ流派。人ではなく、体のでかいモノノケを相手にするために編み出された剣技である。


 人を斬るための対人術ではなく対獣術。獣相手では急所の位置も、襲い来る力も違うのだ。脱力をもっての技は剛よりも柔。加えて太刀筋を見破られないため、構えあって構えなしの剣。これが魔を宿すモノノケ達への破邪の剣となる。これを人で試したのは数回程度だが、モノノケの如き強さを連想させる騎士だ。丁度いいだろう。


 私も構え、ソニアと同様に殺気を向ける。

 殺気とは人の気、気とは人の意、意は意思なれば、これまでとこれからの生き様が濃く反映されるのが道理。


 肉体よりも先に気が触れ合い、絡み合い、やがてぶつかり合う。間合いの中で私たちの意思が重なり、それがぷつりと切れた時が豪鉄の弾ける合図となる。

 私たちが対峙して長い時間が経った。いや、卓越した剣の技量を持つ者同士のにらみ合いは、思いのほか短い時間だったかもしれない。


 これはなんだ。


 互いの気をぶつけ合った瞬間、彼女への印象は反転した。

 真剣を用いての勝負であるのに、体を縛り付けられるような、極度の緊張を感じられない。殺し合いの際に訪れる、重苦しい空気の呪縛がないのだ。


 先刻まで身を竦めるほどに浴びていた殺気が変化していく。

 これまで出会った中でもこれほどの強者はそういない。それなのに強者を前に身が竦むどころか、むしろ清々しい。


――ソニア、真剣に対峙してみてあなたのことがわかった。先刻の殺気を覇気に変えたか。誰であろうと、相手への敬意も込めるのだな。良い騎士だ。私と違ってあなたは光で溢れている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・ 


 ソニアはアヤメを見ていた。


――ごめんねアヤメちゃん、酷いこと言っちゃって。でも、戦うしかないんだ。


 正面に構え、静かに佇む。

 改めて見るアヤメの奇怪な殺気。その奥に何がある。


 真っ向から対峙した今、奥底に眠る闇の正体を透かし見ることができる。

 夜、無明の森の中で体を引きずって動く巨大な獣が見えた。

 猫、あれは大きな猫だ。

 その猫に睨まれ、涙を零す少女が一人。少女は涙を拭い、白鞘に収めていた刀を抜き払うと、切っ先を闇の主に向けた。

 

 そんな光景が見えた。

 触れずとも対象の理を見通すという恐るべき力は、エルフの資質があるソニアだからこそできること。


先刻、ピアに抱き着いた時はこのような力を応用していたのだ。


――ピアちゃんだったら、抱きしめただけでわかるから楽なんだけどな。


 抱きしめればより多くの理を読み取れるが、全てを読み取るにはソニア自身が心を許していること、そして対象もまた心を開いてくれていなければ不可能であった。

故にアヤメには通用しない。眼力だけで見通すには限界もあるし、触れたところで読み取れないだろう。


 しかしピアには及ばずとも、アヤメのことはおおよそ把握した。アヤメもまた自分と同じように特異な存在であることをソニアは知る。そして運命を受け入れ、抗うために生きてきたこともわかる。纏うは闇、それを払うは人としての彼女の意思。凛然と立つ姿のなんと美しいことか。


 なればこそ「いい剣士だ」との直感もあった。加えてアヤメは殺気を変化させていることが分かる。体から滲み出ているのは、剣士としての純粋な覇気。桜花国のサムライ、文化は違えど尊きものを忘れぬ誇り高い剣士。悪意を打ち付け合う戦いの中に、秩序と理念を見出せる者。


 ソニアの意思は剣に流れ込み、アヤメとの間で絡み合う覇気へと注ぎ込まれていく。

 クリステルを護るという使命こそがアヤメと戦う理由であった。だが今は存分に彼女と戯れてみたいという願望に変わりつつあった。


 かつて少女たちは一人だった。

 かたやあまりに禍々しい闇を孕んでいたため、かたやあまりにも眩しすぎた故に孤独となった。

 数奇な運命を辿り出会った二人は今、それぞれの意思を込めた剣を握る。

 そして、

・・・・・・・・・・・・・・・・・ 


「ゆくぞ」


 瞬撃。

 向けていた殺気を引き戻し、間髪入れずに間合いを一歩で詰める。殺気が弾ける時が剣を打つ合図となることが多いが、あえて機を外し相手の隙を突く。

ここにきて私の気は未だ静のまま。猛りもなければ剣筋を読まれにくく、この空域と一体化し相手の目を欺くことも可能。


 全身の捻りを用いて刃を放つ。この時のみ豪の気合が色濃くなる。ソニアの目には視界から消えた私が、突然現れたように映るはず。

 気づいた時にはもう遅い。ソニアの首めがけて横なぐりに刃を放つ。空を斬り裂き、かき回された大気が烈風となって荒れ狂う。全霊を込めた一撃だ。


 その刹那、空宇に閃光と火花が散り、金属が噛み合う音が響き渡った。ソニアの剣が白光の如く光り、私の刃を受け止めている。

 恐るべき眼力。一瞬のうちに太刀筋を見極め、受け止めるとは。


「優しいね」


 ソニアは言う。私の刀は峰を返していた。所謂峰打ちである。


「優しくはない、峰打ちでも骨は折れるぞ」

「確かに当たったら痛そう。凄い一撃だった」

「賞賛するにはまだ早いぞ。私がクリステル様をどう思っているのか知りたいのだろう? 私があの方を想う気持ちを伝えるのに、一撃では不足だ。到底、語り尽くせない」


 私は切っ先に力を込める。刀身がソニアの剣に食らいつき、チリチリと刃から火花が躍り出た。圧をかけられたソニアの足が地面に沈み、その場に縫いとめられる。


「剣が重いなんて久しぶり、すごい力だね」


 声が軽い。友人と茶でも飲み交わしているようだ。ソニアは笑っていた。

 ソニアは噛み合う剣を巧みに滑らせ、私の体制を崩す。

その場で反転し、遠心力を加えて横薙ぎの一閃を放ってきた。


 受け止める、打ち返す、払う、避ける。幾つもの戦略が浮かぶが、本能が回避することを選択。後方へ飛んで剣を交わしたが、ソニアの剣が生んだ烈風に吹き飛ばされてしまった。

 

 その最中、私は見た。ソニアが振り払った剣の軌跡を追うようにして地面が抉れている。空宇だけでなく、大地にまで痕跡を残すか。

 しなやかに着地して、すぐさま構えなおすと再び間合いを詰める。

 戛然と鉄の打ち合う音が響く。一合、二合と空を断ち、刃を斬り結ぶ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・ 


 周りの護衛兵達は刃を交わす乙女たちを見て、どれほどの闘いに身を置いてきたのか力量を察した。かくまで激しい剣士の闘いは、畏怖しつつも瞳を凝らし見る価値があった。


「もう囲いはよい。引け、巻き込まれるぞ」


 隊長である男が命じるまで、皆が阿呆の如く口を開けて見入っていた。


「早くしろ」


 我に返った兵たちは慌てて身を引いた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・ 


 なんて研ぎ澄まされた剣技。


ソニアはアヤメへ惜しみない称賛を送っていた。


 アヤメが打ち込んでくる瞬間、裂帛の気が静寂した空気をかき乱し、下から上へ突き上げる。彼女の纏う丈の短い着物が風に煽られるまでは見えるが、その後は空気がはじける音と足元から舞った雪しか見えない。

 

 斬りかかる瞬間。ほんの一瞬垣間見える剛の気を感知して剣を向けると、戛然に遅れてアヤメの姿がようやく目視できる。

 

 速い。


 これまでの剣戟、ここまで躱し、打ち返されるとは思わなかった。素早く機転の利いた敏捷性、太刀筋を瞬時に見極める目はヴェルガの優秀な騎士達の上をいく。戦場では恐らく先兵。斬り込み隊としてさぞや重宝されたことだろう。

 

 全力でなければやられる。


全力、か。


全力を出せるなんて。こんなにも心が躍るのは久方ぶりだ。ソニアは心を踊らせた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


ソニアが後方へ飛んだ。

先には森、多くの木々が生えそろっている。戦術を変えるつもりか。木の多い場所では常のような戦いが難しくなる。


ここで決める。

後方へ引いたのは体勢を立て直すため、攻めるなら今しかない。

 上段から打ち込んで剣先を崩し、隙を生んで胴に打ち込む!


静の気を反転。剛にかえて相手が怯んだ隙をつく。


「けりをつけるぞ!」


ソニアは尚も後退している。

その時である


「うっ」


ソニアは背後に木があることに気づかず、背中を打った。私の勢いに僅かでも怯んだ故か。

この気を逃してはならない。


狙いはソニアの握るロングソード。あの厄介な武器を叩き落とす。


すかさず間合いを詰め、峰を返して上段から斬り込む。


「おっと、危ない」

「な!?」


 降り下ろした刃はソニアの剣ではなく、彼女の背後にあった木の枝を切り落としたのみ。

神速とも言える速度で打ち込んだにも関わらず、私の刃は彼女に届かなかった。

 体半分、僅かに逸らしただけで避けられた。もう剣筋を読むか。


「受けてたら危なかったよ」


 烈の気迫で斬りかかる私の刃をこうも軽々と躱すとは。驚いたのも束の間、ソニアの剣が真っ向から唐竹に振り下ろされる。

 あッと周りにいた護衛たちが声を上げる。

 

まずい! 避けなければ!

 受けが間に合わずかろうじて躱したが、損じて左肩に鋭い痛みを感じる。傷は浅いが、先に斬られたということに衝撃を受ける。


 尚も彼女の攻撃は続く。夢幻神道流水月突き、木の葉返し、はたまた見たこともない型からの袈裟切り、大横なぎ、と畳みかけるような刃が襲い来る。その悉くを躱し、弾いて距離を取る。


 私の刀は安物の雑刀ではないが、ソニアのロングソードをそう何度も受け止めるわけにはいかない。もともとロングソードと刀では鉄の密度が違う。例えるのなら斧と包丁だ。刀は易々と折られてしまうだろう。


「たッ」


 剣先にばかり注意していたため、間合いに踏み込んだ彼女が私の着物の裾を掴んだことに気づかず、反応が遅れた。

 ソニアは軽々と私を持ち上げ、そのまま勢い衰えず大岩へ投げ飛ばした。


この速度で岩に直撃しては骨の一本ではすむまいと、空中で身をひるがえし、横向きに岩へ着地。ひとまず危機を脱した。が、顔を上げるとソニアの剣先が目前に迫っていた。


「っく!」


 無理やりに上半身を捻った。彼女の剣は岩を貫いただけでなく、勢い凄まじく砕くまでに至る。飛び散った破片が降り注ぎ、頬が切れた。


「なんて力だ」


 切れた頬に熱を感じる。あふれ出た血が鱗粉のように舞ったその先。

 ソニアの剣が岩に食い込んでいるのが見える。

 伸びきった腕は隙だらけ。


 勝機。

 

 しかし、


「とおりやぁああ!」


 ソニアは岩ごと持ち上げるように剣先を上げる。

 バキッ、ビシッ、と悲鳴を上げる岩。罅入った先から剣が現れ、そのまま私に叩きつけられる。


――速い! 速すぎで柄から先の刀身が見えない!


 受けでは刀身ごと真っ二つにされかねない。

 素早く持ち手を反転、峰に掌底を添えて衝撃に対応、気合の一合もって正面から斬り受ける。


「はあぁっ!」


 ガギッと鋭く金属がぶつかり合う音がして剣同士、真正面から激しくぶつかり合う。

 危なかった。此度の一撃、僅かでも判断を誤れば無事では済まなかっただろう。ロングソードとの鍔迫りは得策ではない。重量がある分、あちらが有利。


「ふっ」


 剛を柔でいなす。刃先を返し、その場から素早く引く。

 ふぅー、と熱い息を吐いて気を静める。ソニアはこれまでの闘いで、息切れもなければ汗一つかいていない。こちらは肝を冷やした。背中を冷たい汗が流れている。


 ここにきて私の刀には罅一つ入っていないが、やはり刀で受け止めるのは危険だ。ソニアの怪力に加え、鉄密度が十分なロングソードを受け止めれば、私の刀はいずれ折れるか曲がるかだ。先ほども掌底を添えていなければどうなっていたか。


「これでもだめか」


「うん?」


 ソニアは言う。


「えっとね、私の技をこんなに避けた人ってアヤメちゃんが初めてだよ」


 まるで気のしれた友人に語り掛けるように言うと気さくに微笑んだ。

 私もほっと一息つく。


「そうか、私もソニアのような強い剣士は初めてだ」

「なんだか楽しくなってきちゃった」


 彼女は笑った。一歩間違えれば死ぬかもしれない勝負の中で、彼女は心の底から笑っているように見える。


「呆れるな。この勝負の致死率はかなりのものだと思うが?」

「うん、わかってるけどさ。アヤメちゃんのことだんだんわかってきたし、私も久しぶりに剣を持って本気になれてるし――楽しいね、アヤメちゃん」

「楽しい、か」


 共に剣を青眼に構え、睨み合いが続く。


――剣よりも銃が主流になった時代にこれほどの使い手。身に纏う気配。あなたも私と同じ者なのだろう。


 恐らくはソニアもそう感じているに違いない。戦いの中で奇妙な友情が育まれつつあるようだ。このような経験は初めてだが、憎しみと苦しみで溢れた戦場に、咲く花があるのかもしれない。


「さあ、続けようアヤメちゃん」


「無論だソニア、決着はついていない」


 さてどうする。

これまで私が仕掛けた剣は全て防がれた。

そしてこれからも全て未然に防がれることが想像できる。

捨て身で挑むか。いや、それもダメだ。

本能が捨て身の一撃で踏み込むことを拒否している。必殺の一撃を容易には許さぬという何かが、ソニアの中にあるのだ。


「このような境地だがな」


 風のそよぎ一つない静寂な、冬の気に満ちた中で彼女の全身は澄み切っていた。荒々しい戦いの中で見る人間の狂気というものは欠片も存在しない。黎明の空で瞬く星のように瞳が煌いているのだ。


「ソニアといると不思議と私も心地いい」


 これほどの境地だが、それが嫌ではない。

 左右に分かれた私たちは再び間合いを詰めた。

 目にもとまらぬ迅速さで戦う私たち。時折、互いの刃が触れ合って白い火花が舞う。それは一瞬の輝きを見せる流星の如く美しい光に映った。


 白雪の上で舞い上がり、刃で触れ合っていると、流れる雲の中に身を置くような心地よさを覚える。いつからだろう、先ほどまでは必死に戦っていたのに、今はソニアと手を取り合い、共に空を舞っているようだ。


 剣の秘奥に達した者のみが見る世界。心の乱れは消え去り、霞がかっていた世界の中、鮮烈な対手の姿のみが見える。

ソニアの剣は美しい。太刀筋に小賢しさや、汚さが微塵もない。全ての技に一心込められているからだろう。剣には人柄が出るものだ。


 剣をもっての勝負では、全力で挑む他ない。命を懸けたやり取りで出し惜しみなど出来るはずもないのだから、必然的に己の性格がそのまま剣に映される。何人も刃先の前では、追えど払えど断ち切れぬ闇に呑まれるもの。だが、ソニアの剣気は澄み切っている。体から光を生み出すかのような清々しさなのだ。


「綺麗な剣だな」


 私は刀を下段に構えて走る。ソニアは上段に構え、私と並行して走る。戦いの中で呼吸と速度が重なり、旋回しつつ打ち込む。

 両目を閉じるように半眼となり、数秒の間をもってかっと大きく見開き、音もなく、風のそよぎも置き去りにして、ソニアの左肩めがけて下から上への逆風の太刀を放つ。剣の穂先が稲妻の如く走り、彼女の肩を峰で打った。


「うッ」


 打たれざまに放ったソニアの剣が私の胴へ伸びたが、瞬足をもってその場から霞の如く消え、一撃を逃れた。


「左肩、これで分けだな」

「うん、やられた」


 えへへ、と彼女は笑う。


「まだ本気じゃないでしょ?」

「それはソニアも同じだろう?」

「えへ、わかる?」

「これだけ打ち合えばわかる。ソニアの人柄もな」

「私もアヤメちゃんのことだいぶわかった」

「ふっ・・・・・・さて」

「だね、そろそろ」


 ビュンと空を切って、私は構える。


「改めて名乗ろう、誉れあるヴェルガの騎士よ。桜花国異形対策猟兵部隊アヤメ、推して参る」


 ザン、と剣を地に突き刺してソニアは笑う。


「うん、名乗りをあげてくれたこと。それを称賛と受けとるよ。ヴェルガ国メルリス騎士団ソニア、受けて立つからね!」


 双方が再び剣を手に地を踏み出さんとした時だった。


「何をしているのですか!」


 兵達が一気に怯むのがわかった。クリステル様とピアが騒ぎを聞きつけて来たらしい。

 熱く滾っていた周囲の空気が一変する。

 聞いたこともない鋭い声。我らが主、クリステル様の愛しい声は棘を帯びていた。彼女の言葉で、私の戦意は霧の如く霧散してしまった。


 私とソニアは戦闘中にも拘らず、剣を下げて相手ではなく主を見る。


「これはどういうことです、アヤメさんに何かしたのですか? 私の命の恩人に――」


 クリステル様は左肩と頬から血を流す私を見て息を呑んだ。


「クリステル様」

「アヤメさん」


 クリステル様は取り返しのつかないことをしたように涙ぐむ。

 愛しい人の痛切な涙は、戦いで火照っていた感情を急激に冷やしていく。

 部屋で待っているはずの私が斬り合いをしていると知り、彼女は何を思っているのだろう。


「ソニア、ここまでだ」


 私は刃を白鞘に収める。


「クリステル様に見てほしくない」

「あらら、楽しかったのにね」

「同意しよう。剣の闘いで狂気の他に見えるものがあるとは思わなかったからな。この勝負、また次の機会に」

「ううん、もう平気――打ち合う内に、あなたの闇はほつれた。アヤメちゃんのことよーくわかったよ」


 ソニアは剣を天に向けて言う。

 赤と銀の鋼の刀身、その切っ先が雲を割った。その先の空は紫に染まり始めていた。


 濃厚な雲は開かれ、残滓めいた茜の色が光の粒となって降り注いでくる。吹き抜ける微かな風に乗って、空から舞い降りた光の滴が辺りを覆う。


「エルダールは闇を払い、光を紡ぐ。ファルクスの剣はその鍵となる」


 ソニアが言うと、ロングソードが答えるようにして光り始める。


「ソニア様の封魔の剣が」

「ああ、あれこそ極光」


 気づけば周りの兵たちが左ひざを立て、片膝をついている。

 儀式めいた様。ソニアが彼らより階級が上だと察するが、この光り輝く神秘的な剣を見て頭を垂れない者がいるだろうか。


「ソニアはエルフの魂を宿しているんだよ。エルフの目は曇りなき眼で万物を透かし見るの」


 クリステル様が私の手を握ってくれる。


「えるふ?」


「うん。そして極光を纏う意思持つ剣、ファルクスには悪の滅びを願う言葉が刻まれている。だからこの世の悪しか罰せない」


 言われて気づく。

 斬られた左肩の傷がもう治りかけている。


「こ、これは」


 ソニアは驚いている私に微笑みかけて言う。


「ごめんねアヤメちゃん、私の目だけでは見えなかったから剣の力を借りるしかなかったんだ――ねえみんな。桜花国のサムライ、アヤメちゃんを受け入れて、クリステル様を守護しよう。アヤメちゃんは大丈夫、私が保証するから」


 反論する者はいない。

 皆が頭を下げ、その無言は肯定と取るに足るものだった。


「危ないことしてごめんね」


 ソニアは剣を大地に突き刺して、片膝をついた。


「ソニア」

「無礼をお許しください。私たちの主の守護のため、力をお貸しください」

「頭を上げてくれ、急にこのような――」


 ソニアは頭を上げなかった。

 それは周りの皆も同じ。

 クリステル様が手を強く握ってきたので彼女を見る。

 美しい彼女は、私を真っすぐに見ていた。


「・・・・・・ああ。この命続く限り、このお方をお守りする。貴殿らと運命を共にすることをここに誓おう」


 ソニアは顔を上げ、見たこともないように無邪気に笑った。これほどの剣士が、ひなたの中で笑う少女のようであった。


「ありがとう」


 ソニアが剣を鞘に納めると、その場の空気までもが収まるように感じた。

 剣の光は消え去り、辺りには茜を帯びた空の光が戻る。雪と木々の香りを微かに含んだ空気を吸い込み、私は夢見心地のまましばらく呆然と立ち尽くした。


 あの光はまやかしではない。天の光、まさしく極光なのだろう。

 私はかつて、桜花国で炎を背負った仏を斬ったことがある。狐のモノノケが化けたまやかしの天神であった。その時に見た光とまるで違うのだ。

 ソニアとは何者で、エルフとはなんなのか。


「アヤメさん。ああ、頬に傷が」


 クリステル様の声で我に返る。彼女は私の頬にできた傷を見て狼狽している。


「あ、これは岩の破片で。かすり傷です、すぐに治りますよ」

「そんな・・・綺麗な顔なのに・・・・・・これはソニアが?」

「はい。あ、いえ、けどあの、クリステル様?」


 その時、クリステル様の体に鬼が宿った。

 察した兵たちはすごすごと屋敷へ引き返して行き、勝手な判断で動いたソニアを叱りつけようとしていたピアもずりずりと後ずさった。


「一件落着だね! ねえ聞いてくださいクリステル様! アヤメちゃんってば凄いんですよ! ねえアヤメちゃん、またやろうよ! 今度は木剣でもいいからさ!」


 うきうきした様子で話すその姿が逆鱗に触れたらしい。


「ソニア!!!!」


「はい!」


 雷に打たれたソニアは直立する。

 クリステル様が本気で怒るところを初めて見た。


イチャイチャな百合要素はそのうち帰ってきます!

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