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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
ソニア篇
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ピアの憂鬱

 ソニアはあてがわれた自室に籠り、武器の手入れをしていた。


 短銃をばらし、ガンオイルを塗って丁寧にふき取る。分解した銃を再び組み立て、次いでロングソードには砥石を滑らせる。そのような作業を続けながら、時折「うぅん」と呻くような声を上げて頬をかいた。


 桜花国の少女アヤメ。闇を孕む死神。

 ピアを含め護衛たちが彼女を信用できないのは、そのような闇をなんとはなしに感じ取っていたためではないか。得体のしれない奇怪な雰囲気に加え、にこりともしないアヤメを恐れるのは当然である。


 あれはこの世にいてはならぬ者。ソニアはそう思った。

 しかし、解せないのはクリステルの態度。皆が恐れるアヤメを優しく包み込んでいるように思えた。


 悪魔になびくような人でないことは百も承知。たとえ命の恩人であっても、魔に肩入れはするまい。


 クリステルはアヤメの中に何を見たのだろう。


 主であるクリステルが言うのならアヤメの味方をしたい。しかしピアの言うようにいまひとつ信用ならない相手であることも確かだ。


「ううぅん」


 ソニアは何度目かの呻き声を上げた。

 せっかく組み立てた銃を再び分解し、同じ作業を黙々と続ける。


 少し離れたところからピアはそれを見ていた。ソニアが武器の手入れを始めるのは、考え事に集中したい時であると知っていた。


 こんな時、ソニアは憑かれたように淡々と作業を続ける。今は何を話しかけても無駄である。


「はぁ」


 ピアはため息をつきつつ、ソニアを見て悶々とする。

 先刻、ソニアが破顔してクリステルに抱き着いた様を見た時、ずきりと体の芯を貫かれるような衝撃を覚えた。


「あんなふうに抱きつくのは私にだけと言ったのに」


 ピアはしょんぼりと肩を落として呟く。


 ピアの夢が変わったことを、ソニアは知っているだろうか。亡き父と母に変わり多くの人を救う夢が、いつの日かソニアと共に彼女の故郷へと戻り平穏の中で暮らすというものに変わった。


 ピアはこの夢をソニアに話したことはないが、いずれはそうなるだろうと思っていた。騎士の任期を終えたソニアが「一緒に私の村へ行こう」と誘ってくれるはずだと。


 ピアは思う。私ではなく、他の娘を連れ帰ると言われたらどうしよう。


――ピアちゃんは立派なお医者さんになって。私はこの娘と実家に帰るね。


 想像の中のソニアは笑顔で別れを告げるのだ。背中に嫌な汗が浮かび始める。

 ソニアに抱かれていた時は感じていた体温も、距離も、今はどこか遠いものに感じられた。


「ソニアさんがクリステル様にあんなことするからです――嘘つき」


 頬を膨らませては肩を落としため息をつく。


「嘘つき、か」


――嫌いですソニアさんなんて!


 ピア自身も嘘を言った。


 思ってもいない言葉が口から飛び出した。自分との再会を喜んでいた大切な人に向かって、酷いことを言ってしまった。


 これはしかし、ピアにも事情があった。

 ピアが医師になるための努力を続けたのは、亡き両親への思いだけではない。少しでもソニアに近づこうという理由もあった。


 出会いから今まで、ピアはソニアに助けられてばかりであった。ずっと一緒にいるためには、後ろからついていくだけでは駄目だ。並んで歩くには互いに助け合わなければならないと思ったのだ。


 護られるばかりの子供ではいられない、その思いがピアを優秀な医師にしたのである。知識も増え、少しだが背も伸びた。自分は立派にやっている、ピアはそのことをソニアに知ってほしかった。だが幼子のように扱われたので腹を立ててしまったのだ。


「嘘つきは、お互いさまでしたね」


 言いつつ見ると、ソニアの机に置かれていたカップが空になっている。

 ピアはティーポットに熱い紅茶を入れ、ソニアの机に向かった。


「少し休んだらどうですか? ずっと呻り通しでは考えもまとまりませんよ?」


 カップに紅茶を注ぎつつ言うが返事がない。見るとソニアは短銃の手入れを終え、横にあるロングソードに再び手を伸ばそうとしていた。


「聞いてるんですかソニアさん」


 口を尖らせたピアはロングソードを取り上げて言うが、


「あっ!?」


 ソニアは無言のまま、ロングソードの代わりにピアの手を掴んで引き寄せた。


「ううぅん――あれ、ピアちゃんだ。いつの間に」


 無表情だったソニアがぱあっと笑顔を咲かせた。


「お茶を淹れに来たんです」

「ありがと、ピアちゃんのお茶おいしくて好きだよ」

「そ、そうですか。どうも」


 胸がキュンとする。好き、という言葉に過敏に反応してしまうピアだった。その一言だけで胸が温かくなってしまうあたり、自分も単純な人間だなと思ってしまう。


「ふふ、ピアちゃんいい笑顔だね」


 言われて笑みがこぼれていたことに気づく。


「こ、こほん。お茶の淹れ方はきちんと練習したので、おいしくて当然です。これを飲んで少し休憩してください、旅の疲れもあるでしょうから」

「平気平気、ちょっと考え事してるだけだから休憩と一緒だよ」

「駄目です、考えすぎも体に毒ですよ」


 ソニアはしばし呻った後、ポンと手を叩いて頷いた。


「そうだね、お医者さんの言うことはきちんと聞かないとね」

「そうです」

「じゃあちょっと休憩」


 ソニアはひょいとピアを持ち上げて、自らの膝に座らせた。

 そうして後ろから抱き着いたり、ピアの髪を結んでいじったりし始める。


「何してるんですか」

「ピアちゃんを愛でて、硬くなった頭をほぐしているのさ」

「人の髪で遊ばないでください」

「むむ、じゃあ匂いを嗅ぐだけにする」

「やめてください、どうせ他の娘にも――」


 ピアは言いかけて口をつぐんだ。


「ん? 他の人にはしないよ?」

「嘘です――だってクリステル様に。あんなに親しげに抱きしめていたじゃないですか」


 ぷりぷりしているピアを見てソニアは首を傾げる。


「やきもち?」

「ちっ、ちがいますっ!」


 ピアはうがーと両手を上げて怒り出した。


「頭にきました! 他の娘と好きなだけイチャイチャしてればいいんです! どうせ私なんてちんちくりんですから!」

「そんなこと言わないでよー。妬かなくてもいいのに」

「妬いてません!」

「私にとってピアちゃんは特別だよ。親しい人への挨拶と、大切な人への抱擁は全く別なんだから」

「何が違うんです?」

「お、興味ありだね? ふふーん、私の隠された能力を特別に教えてあげよう」


 ソニアはピアを持ち上げ、くるりと体の向きを反転させる。これまで背中を抱きしめられていたピアは、ソニアと向き合う形となり改めて膝の上に座らされた。


「いくね」


 ソニアは目を閉じて、ゆっくりとピアの体を引き寄せた。ふわっと互いの甘い香りが混ざり合うと同時に肌が重なる。


「目の前は真っ暗。でもピアちゃんの匂いがする、肌の温みも段々と伝わってくる。息遣いも胸の鼓動の音もやがては消えて、私たちは一緒になる。こうしてぎゅってすると、あなたのことがわかる」


 ソニアはピアの髪を撫で、少しだけ抱く腕に力を込める。


「最後に会った時から背が三センチ伸びたでしょ?」

「え」


 ソニアの言った数は現在のピアの身長と符合していた。


「育ち盛りだもんね。あれ? 前と匂いが違う・・・・・・それに目を閉じてるのに、ピアちゃんの体が輝いて見える。医学に関する知識や生きていくうえでの知識が増えたんだね」


 これも当たっていた。とある西側諸国の外科医が医術を学ぶため東へ渡っていたが、ピアはその医師としばし行動を共にしていた。外科医としての力は高まり、更に東の国に伝わる骨子術などの秘中を学んでいたのである。


 ソニアと別れて数か月、死に物狂いで医療の知識を増やしたことはまだ話していなかったはずだ。


「ど、どうしてわかるんです?」

「これが大切な人への抱擁でわかることです、他の人には抱き着いても何一つわかりませーん」

「答えになっていません」


 ソニアはピアから手を離し、頭をそっと撫でた。


「辛いこともあっただろうに。頑張ったね、えらいえらい」


 ソニアは笑みを解いて、慎重な顔つきで言った。


「クリステル様の護衛。大変なことだと思うけど、一緒に頑張ろうね。誰よりピアちゃんを頼りにしてるんだから」


 一緒に、という言葉がピアの心に響いた。


「・・・・・・その、ソニアさん」

「ん?」

「私の気持ちまでも筒抜けなんでしょうか?」

「ピアちゃんのことならなんでもわかるよ」

「あなたのことを嫌いだなんて言って、反省していることもわかっていますか?」

「それを本心と誤解しちゃうくらいの短い付き合いでもないし、関係でもないけどね」

「ごめんなさい。私はソニアさんのこと大好きですから」

「うん、私も好きだよ」

「なら、仕切り直しをしましょう」

「そうだね」


 改めて抱擁を交わした二人は、この先も互いを助け合っていくことを誓う。

 ピアの憂慮は泡のように消えていく。未来を危惧した自分が愚かでならなかった。


 ソニアを見る。美しい赤髪の下に光る翡翠色の双眸。愛すべき者を見つめるその瞳の色に深く魅せられた。私は愛されている、幸せ者だ。それがわかると心の底からこみ上げてくるものがあった。


「あ! ピアちゃんにおみやげあったんだよ」


 ソニアはピアを降ろし、バックの中からこれまでの国で仕入れた品を取り出し始めた。


「これも、あとこれもピアちゃんに」


 広げだすと、かなりの量になった。地図がかさばったから捨てたと聞いていたが、これらの方がよほどかさばっていたに違いない。地図よりもこちらを捨てたほうが身軽になっただろう。


 もしそう言ったら「なんでそんなこと言うの」としょんぼりしてしまうのだろう。ピアはくすりと吹き出した。


「合流もできたしおみやげも渡せたし、今夜はぐっすり眠れそう~」


 ソニアもくすくす笑っている。小難しい顔をしていた面影はなかった。


「ソニアさんのベッドはあれです。羽毛であつらえた高級品ですよ」

「え、ピアちゃんのは?」

「私のはあっちです」


 ピアが少し離れたベッドを指さすと、ソニアの眉が八の字に歪む。


「ええ!? どうして!? 一緒に寝よう?」

「ベッドが二つあるのに一緒に寝なくても」

「久々に会えたんだから今日くらい一緒に寝てくれてもいいじゃない、私がお願いしてもダメ?」


 潤んだ瞳であざとく近づくソニアだが、ピアはこれに弱かった。


「――まあ、そこまで言うのでしたら」

「やった! 抱き枕確保できたから今夜は安眠確定だな~」

「私は枕要員なんですか!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ピアと触れ合ったことで、ソニアの中にひらめくものがあった。

 あのアヤメという少女ともこうして触れ合わなければならないだろう。彼女の真意を理解するにはそうするのが一番であると思った。

 互いに剣士、触れ合い方は心得ている。先刻は僅かに対峙しただけで彼女の心を透かし見ることができた。剣を持って戦うとなればより多くのことが知れるに違いないのだ。



最近は皆イチャイチャばかりです。そろそろどつこうかと思ってます

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